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2010.02.21 (Sun)

男色>> SM >>シュールリアリズム

『ウラグラ! ベスト・オブ・裏モノの神様』 P.48

神●性の悩み、というものを最初に感じたのはお前の場合、いつごろ
だな?
唐●そうですね。小学校5年生くらいでしょうかね。
神●どういう悩みじゃ。オナニーを覚えてやめられない、ということか?
唐●そんなんじゃありません。「オレはこの年代にしては性のことを知り
すぎているのではないだろうか」という悩みなんです。
神●そりゃまたゼイタクというか、マセてるというか、ユニークな悩みだな。
唐●なにしろ、その当時、私ゃ親父の書棚から『漫画読本』『りべらる』
などというオトナ雑誌を引っ張り出して読みふけっていたし、近くの書店
が『ガーリー』とか『土曜漫画』などというエロ雑誌を子供マンガの横に
平積みしてあり、読み放題でしたからね。
神●性教育はそういう雑誌で覚えたか。
唐●学校で教える性教育などのレベルではチャンチャラおかしかった
ですね。他の同級生が子供を作る方法についてカンカンガクガクして
いるときに、こちらはSMとかゲイとかを知ってましたから。
神●マセガキであったわけじゃ。
唐●いや早熟であったとはお世辞にも言えませんな。女の子の友達は
男よりも多かったくらいだったけど、手も握ったことはなかったし。女の子
の友達が多かったのは「カラサワくんなら安全だから」と認識されていた
からじゃないですか。
神●要するに知識欲の方が性欲より先んじておったわけじゃ。典型的
オタクじゃな。
唐●でも、私は女の子ばかりでなく、男の子にも大人気でしたよ。性に
ついての好奇心旺盛な質問に、なんでも答えてやってましたから。なに
しろ、教室じゅうで一番エッチ、と言われていた番長が、セックスという
ものを一緒の布団で寝るだけのことと思っていたんですから、今から思う
てえと未開な国でしたねえ。


語るたびになぜか変わる、小学校時代の番長との思い出話」に引用した箇所と重複
するが、唐沢俊一の語る、自分が「小学校5年生くらい」だったときの思い出について。

これに対して、以下は『古本マニア雑学ノート 2冊目』で唐沢俊一の語っている中学生
時代。

『古本マニア雑学ノート 2冊目』 P.138

 エロに興味がなくなったわけではないが、すでに、中学くらいになると、
エロ本は自分で買い出すヤツが出てくる。もっと積極的に、エロ写真や
エロ雑誌を通販などで買うヤツも出てくる。こういう連中相手では、せい
ぜいが『漫画読本』あたりからの仕入れでしかない僕の性知識など、
子供じみていて、お話にならなかった。


『ウラグラ! ベスト・オブ・裏モノの神様』によると、小学5年生の頃には、親の書棚に
『漫画読本』の他に『りべらる』もあったという話で、近所の書店では「『ガーリー』とか
『土曜漫画』などというエロ雑誌を〈略〉読み放題でしたからね」とも書いているのに、
こちらではずいぶん控えめな (?) 自己申告になっていて、「エロ雑誌を通販などで買う
ヤツ」と比べたら、「僕の性知識など、子供じみていて、お話にならなかった」ということ
になっている。

つまり、以前のエントリーでいう小学校時代の番長との思い出話と同様、少なくとも片方
は嘘で、両方嘘の可能性もある、と。

また、近くの書店では「エロ雑誌を子供マンガの横に平積みしてあり、読み放題」とか
いうのは、以下の「三流エロ雑誌(『ガーリー』だったか、『ジッパー』だったか)を無性
に読みたくなり、ついに万引き」との告白とも矛盾する。

別冊宝島360 『レトロおもちゃ大図鑑』 P.120 ~ P.121

 ここのオヤジはちょっと変わった人で、われわれ子どもが来ると小声で、
「エッチなマンガが入ったよ。読みたいだろう。ほら」
 と、ニヤニヤ笑ってわれわれに差し出した。
〈略〉
 僕はここで、生涯唯一の万引きを経験している。小学校6年のことだ。
オヤジにいろいろエッチなマンガを読まさせられて発情したから、というの
ではないが、普通の本と同じ棚に並べられていた、三流エロ雑誌(『ガー
リー』だったか、『ジッパー』だったか)を無性に読みたくなり、ついに万引き
を決意した。
〈略〉
 店を出てべつに駆け出しもせず、家に持って帰ってコッソリとそれを読ん
だ。写真マンガみたいなのがあって、女が強盗にピストルを突きつけられて
全部服を脱ぎ、強姦されるが、女があまりに強くて強盗のほうでヘバって
御用になってしまう、というくだらないものだったのを覚えている。


……この別冊宝島は、レトロおもちゃだ駄菓子屋だという話を集めたムックのはずなの
だが、掲載されている唐沢俊一の文章は、三流エロ雑誌の万引き告白 (と、その本の
内容報告) はするわ、北海道の雪はパウダースノーだという常識の転覆を試みるわ
「タバコもシンナーも駄菓子屋で覚えた!?」との珍説をとなえるわと、イヤな方向にのみ
サービス精神を発揮し過ぎである……。


話を『ウラグラ! ベスト・オブ・裏モノの神様』の記述に戻すと、「小学校5年生くらい」
で「こちらはSMとかゲイとかを知ってましたから」とも、この本には書いてある。

しかし、『古本マニア雑学ノート 2冊目』の記述では、「男も、男にとってその性欲の対象
となるのだ」と唐沢俊一が知ったのは中学生になってからという話になっていて、ここでも
2 冊の本の記述は食い違う。

『古本マニア雑学ノート 2冊目』 P.141 ~ P.143

 武田肇という人の書いた『半ズボンの神話』という小説がある。第二書房
という、かの有名なゲイ雑誌『薔薇族』を出している出版社から出ている本
だ。この出版社から出ている他の本には、長編ホモ・ロマン『紫の薔薇』、
ホモ写真集『脱いだ男たち』、ホモ生活の教科書ともいうべき『ホモ・テク
ニック』などがある。まさかに、いたいけな(笑)中学生がそういうものを知っ
ているわけもない。〈略〉
 今はもうなくなってしまったが、大通駅近くの小さい書店だった。たまたま
そこの棚にあった本を手にとって、裏表紙から開き、作者プロフィールのと
ころを見たら、そこに「詩人」とあったのである。詩人の書いた本なら詩集だ
ろう、というので、何も考えずに買った。そして、家に帰って開いてみたら、
あにはからんや、詩集どころか、それは男の子たちのヌード写真が載って
いる、少年愛小説だった。
 少年愛小説といっても、今日びはやりの耽美小説のように、ハードな男
同士のセックス・シーンが出てくるわけではない。ただ、主人公の少年が、
キャンプ場で雨に降られてずぶぬれになり、伯父さんの車にひろわれて、
その車中で口で犯される、というシーンがあった。ここを読んで、僕は衝撃
を受けた。
 セックスというものは、男が女にするばかりではない、男も、男にとって
その性欲の対象となるのだ。それを知ったとき、人間という存在のリム
(境界線)が、一挙にどーんと広がったような気がした。そして、いろいろ
調べてみると、世の中にはそういう不思議な性欲を持っている人々のため
の雑誌まで出ている、ということがわかった。
「これは、さっそく買わねばならない」
 こういうのを知識欲の奴隷、とでもいうのか。悲壮な決意をして書店
(札幌駅地下にあった弘栄堂書店だったと思う)に出かけ、手近にあった
ゲイ専門誌『さぶ』を手にとった(まだ、背が丸綴じだった頃だ)。悪いこと
にレジにいたのは女性の店員さんだったが、別に変な顔をせずに包んで
くれたのは、彼女もそもそも、この雑誌がそういう雑誌だということを知らな
かったのではないか。


ええと、万引きした三流エロ雑誌のそれより、ずいぶん迫力のある内容紹介でもあるし、

×こういうのを知識欲の奴隷 ○こういうのを性欲の奴隷

とやったらダメかしら。性欲よりも知識欲の線でいきたいらしいのだが、記述をクドクドと
長くすればするほど、かえって説得力がなくなるのではないかと思ったりもした。

『古本マニア雑学ノート 2冊目』 P.142 には『半ズボンの神話』 (「第二書房 昭和47年」
とのこと) の表紙の写真もあり、まあ確かにこれなら間違えて買う可能性はありそう。
なので、唐沢俊一の記述がここまでクドくなければ、詩集と間違えたという話も、もっと
素直に信じることができたと思うのだが……。

ちなみに、http://bungaku.cocolog-nifty.com/barazoku/2005/07/post_bc3f.html
『半ズボンの神話』の表紙を見ることができる。また、唐沢俊一の、半ズボンや少年愛
への強いこだわりに興味のある方 (いるのか?) は、以下のエントリーを参照のこと。

唐沢俊一にとっては『血と薔薇』>>>『少年期ハードスペシャル』か
通過儀礼を上手く通過できなかったのは他でもないあなただったんですね唐沢俊一
 先生
せっかく猿から進化したんだからマウンティングへの固執もほどほどにね


それはさておき、『古本マニア雑学ノート 2冊目』に唐沢俊一の書いている「ゲイ専門誌
『さぶ』を手にとった」というのは、1958 年生まれの唐沢俊一の中学生時代の体験とし
てありうるかどうかは微妙である。『さぶ』の創刊は 1974 年で、唐沢俊一は 16 歳の
計算となるので。(ただし、小学校ダブり説をとるなら話は別)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/さぶ_(雑誌)
>「さぶ」は、日本で薔薇族に続き出版された男性同性愛者向け雑誌(ゲイ雑誌)であ
>る。SMを中心とした雑誌アブハンター増刊号として、サン出版より1974年11月に創
>刊。当初3号まで隔月発行であったが、1975年6月号(4号)より月刊化された。


http://www.badi.jp/kiji/nw0112221.html
> 28年の歴史を持つサン出版のゲイ雑誌『さぶ』が、12/21発売の2002年2月号で
>最終号を迎えた。



唐沢俊一の中学生時代の話は、さらに続く。『さぶ』に載っている林月光名義の挿絵が、
『少年マガジン』に挿絵を描いていた石原豪人の絵だということを発見して、こう述べる。

『古本マニア雑学ノート 2冊目』 P.146

“あの”石原豪人がイラストを描いていた、ということをつながりに、それ
からの僕は『さぶ』を平気な顔して買い求められるようになり、また同じ
ように同系列のゲイ雑誌『薔薇族』を、またその後に出た『アドン』を買う
ようになった。
 とはいえ、それで僕にゲイとしての感覚が目覚めた、ということはない。


「石原豪人」については、「『もっと男色絵を!』という魂の叫びですね、わかります」の
エントリーを参照のこと。

「それで僕にゲイとしての感覚が目覚めた、ということはない」は、このエントリーに引用
した、「筆者は大学に入ったばかりのころで、高い高いと悲鳴をあげながら、乏しい小遣
いをはたいて苦心してこのテの出版物を買い集めていた。別にホモだったわけではな
い。こういう、日の当たらない世界の出版物は、その時に買っておかないと後からでは
まず手に入らないという情況だったのだ。純粋な裏モノコレクターとしての心情である。」
とのくだりを思い起こさせる。まあ、文字数と説得力が反比例との傾向はあるが。

それと、当時の社会状況として気になるのは、その手の雑誌が中高生に「平気な顔して
買い求められるようになり」という存在だったのかということ。表紙だけみると『アドン』は
買いやすそうで、『さぶ』や『薔薇族』は号によるという感じかなあ。本屋がユルかったり、
唐沢俊一の外見が老けていたりという話ならば、ゲイ雑誌以外のエロ雑誌も結構楽に
入手できたということはないのかな、と思ったりもする。

- http://lonestar.sakura.ne.jp/blog/archives/2004/09/post_48.html
- http://bibibi.bi-bi-bi.net/?eid=49978
- http://www.pot.co.jp/fushimi/%e3%81%84%e3%81%9f%e3%81%a0%e3%81%84%e3%81%9f%e3%81%94%e6%9c%ac%e3%80%8c%e3%82%a2%e3%83%89%e3%83%b3%e3%80%8d%e3%80%8c%e3%81%95%e3%81%b6%e3%80%8d.html

さらにどうでもよい話になっていくのだけど、『古本マニア雑学ノート 2冊目』では最初に
『さぶ』、次に『薔薇族』、『アドン』という順番になっているが、裏モノ日記では、『薔薇族』
そして『さぶ』や『アドン』の順になっている。

http://www.tobunken.com/diary/diary20050210000000.html
> 高校一年(中学三年?)の頃、初めて知った『薔薇族』という存在。当時からサブ
>カルチャーの世界に興味を持ち、
>「世界の文化的な極限を極めたい」
> という知的欲求にかられるままに、アングラやヒッピーといった辺境文化関係の資料
>を追い求めていた(一方で超正統派の文化も押さえていたことが今思うとよかった と
>思う)私が、忘れもしない札幌駅の書店弘栄堂で見つけ、手にとって「これは(一般人
>にとって)極北のカルチャーかも」
> と衝撃を受けたのが『薔薇族』だった。逡巡の末に思い切って買い求め、ポルノ雑誌
>を買ったときの数倍ドキドキしながら、自分の部屋の灯りをわざわざ消して、卓上 蛍
>光灯の下で読みふけったときの興奮を今でも思い出す。

> 自分の性衝動とはまったくリンクしないのに、その記事の中ではあからさまな性的興
>奮対象として男性の肉体のことが賞美されているというその不思議な感覚。そして読
>了したあとで得た結論というのが、
>「懸隔はあるが理解不能ではない世界だな」
> ということであった。

> そして、そのころハマっていた唐十郎や渋澤龍彦の世界を理解するには、この雑誌
>に代表されるゲイ・カルチャーの世界をもっとよく知らないといけないのだな、ということ
>を、おぼろげながら理解し、それからは半ば堂々と(いや、やはり抵抗はあったが)
>『薔薇族』『さぶ』『アドン』の三大誌は(そのとき々々でどれを買うかはバ ラつきがあっ
>たが)購読し続けてきた。


上記の裏モノ日記に書かれている言い訳 (?) は、「世界の文化的な極限を極めたい」に、
「極北のカルチャーかも」で、「唐十郎や渋澤龍彦の世界を理解するには」である。

書いていることが、そのときによってコロコロ変わるあたりが、さすが唐沢俊一だなあと
思わせる。

実は「site:www.tobunken.com "さぶ"」のついでに「site:www.tobunken.com 漫画読本」
で検索したら、以下の日記が見つかったりした。今度は『漫画読本』と「医学書」の組み
合わせによる「裏の性知識大王だった」との設定らしい。(←投げやり)

http://www.tobunken.com/diary/diary20020226000000.html
>さっき話題に出たので記憶から掘り起こされたためだが、そこから今度はこの替え歌
>の、ハレンチ学園の十兵衛の歌に追憶が及んだ。“♪十兵衛は私よ、小学生だけど、
>ボインがでかい……”と、小学4年生のとき、通っていたK小学校開校以来のスケベ
>少年と言われていた藤田くんが歌っていたっけ。もっとも、その藤田くんにして、男女
>のセックスがどのようなやり方で行われるかについてはきわめて象徴的なイメージ
>(男女が性器と性器をちょんとくっつける、という程度の)しか持っていなかった。当時
>のガキなどというのは可愛らしいものであった。私はそのころ、『漫画読本』などは言う
>に及ばず、親の書棚にあった医学書まで読破して、温泉ストリップの花電車のバリ
>エーションから初夜のベッドでの下着の脱ぎ方、避妊、堕胎のノウハウまで心得てい
>て、実は裏の性知識大王だったのだが、オモテには一切そういうことを出さないイイ子
>で通っていた。ヤなガキだったわけである。


どのバージョンを採用するとしても、「ヤなガキ」……というよりキモいガキというイメージ
だけはいっさいブレることがないのは、大したものだといえるかもしれない。もしかしたら、
唐沢俊一の目指したのは、利発な子どもだった自分というイメージの確立だったのかも
しれないのだが。


さて、『ウラグラ! ベスト・オブ・裏モノの神様』には、「こちらはSMとかゲイとかを知って
ましたから」とか書いてあるので、せっかくだからSMについても……とは思ったのだが、
これについては、あまり材料がない。

『受験で上京したばかりの高校生』が SM 緊縛画集にハマった様子」のエントリーで
以前引用したことのある、「この中川のシュールで非日本的でどこか人をくったユーモア
がある画風に魅せられたとき、私はまだ受験で上京したばかりの高校生だった。さて、
それからこの画家の他の絵が見たい、と勢い込んで古書店めぐりが始まり」、「いわば
中川彩子こそ、私の古書集めの原点」くらいしか思いつくものがない。

若い頃の唐沢俊一についての話という縛りをはずしても、軽いギャグとしての言及以外
には、最後に引用する裏モノ日記の記述と、「『もっと男色絵を!』という魂の叫びですね、
わかります
」の中の「河出書房の『石原豪人~「エロス」と「怪奇」を描いたイラストレー
ター』でも、 林月光はSM画家、としての紹介文を載せていて、ホモ雑誌のイラストにつ
いてはほとんど触れていない。」が加わるくらいか。

まとめると、藤野一友 (=中川彩子) については、もっと SM の挿絵画家としの側面を
語るべきだと主張し、石原豪人 (=林月光) については、男色絵への言及が少ないと
不満をもらす唐沢俊一にとっては、男色>> SM >>シュールリアリズムということに
なるのではないかと思う。何かイヤなまとめのような気もするが。

http://www.tobunken.com/diary/diary20001124000000.html
> SM評論家の濡木痴夢男氏が、私の『古本マニア雑学ノート』に怒っている。別 に
>濡木氏の悪口を言ったわけでなく、『古本~』の中で、私のSM緊縛関係の本のコレク
>ションを“脳天気”と言っていたから、であるらしい。濡木氏のようにSMの美学に人生
>を賭けている人にとっては、それは大変に失礼なことにあたるだろう。しかし当該書を
>通読していただければわかると思うが、私の語彙の中で、“脳天気”というコトバは蔑
>視の言葉ではない(だから、普通の意味と区別するために“能天気”ではなく“脳天
>気”を使っているのだ)。従来の知の大系に組み入れられることのないない猥雑なパ
>ワーと、そして大いなる趣味性を持っているものを指して、脳天気、という新たな価値
>大系を設定しているのである。・・・・・・もっとも、ある程度以上の年代の人で、かつこれ
>まで世の冷たい視線に堪えてSMをコレクションしてきた人に、こういう言い訳はわ
>かってもらえまい。一応弁解の手紙は送ろうと思うが、あとは価値観の相違、というこ
>とになってしまうだろう。これもやむを得ないか。



追記: 「アトン」 (私の入力ミス) を「アドン」に訂正しました。(_ _);
コメント欄で指摘してくださったお二方 (非公開分含む)、ありがとうございました。



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>とにかく「ホモ」はまずいというので機械的に全部「ゲイ」に置き換えさせた

「長編ホモ・ロマン『紫の薔薇』、 ホモ写真集『脱いだ男たち』、ホモ生活の教科書ともいうべき『ホモ・テクニック』などがある」との記述があるので、これはナシですね。

「長編ホモ・ロマン」と『ホモ・テクニック』の箇所は置き換えるわけにもいかないので残したという解釈が可能ですが、『脱いだ男たち』は表紙に「STRIPPED GUYS」と書かれているし、「男性ヌード写真集」にすればよいだけ (それにそっちの方がわかりやすい) だし、差別語うんぬんを意識していたとしたら、ここを「ホモ写真集」にしておくはずがないということで。

http://www8.ocn.ne.jp/~furyuu/tokusyuu6.htm
>紫の薔薇 逞しき角刈り野郎 長編ホモロマン 早坂友二 新装版初版
>第二書房 1973 2000 売切

http://bungaku.cocolog-nifty.com/barazoku/2005/04/index.html
>1972年の4月に刊行された『脱いだ男たち』は、日本で最初の男性ヌード
>写真集だった。


>藤岡真さん
ああ、「シスターボーイ」という単語には覚えがあります。

それと、雑誌などで、なよっとして女性的な言動の男性 (服装はスカートまではいかなくてグループサウンズ風) を「女の腐ったの」みたいな表現をしていた記憶もあります。陰湿な性格を非難する用法とは、また別に。
トンデモない一行知識 |  2010年02月23日(火) 20:27 |  URL |  【コメント編集】

●シスターボーイ

松沢呉一様

 デボラ・カー、ジョン・カー主演の映画『お茶と同情』でジョン・カーが演じた「なよっとした男の子」がシスター・ボーイと呼ばれて流行語になったのが1957年のことです。日本では、丸山明宏=シスター・ボーイでしたが、ここにゲイというニュアンスは差ほど濃くなかったのではと記憶しています。
藤岡真 |  2010年02月23日(火) 06:56 |  URL |  【コメント編集】

>NNTさん
『蓮と刀』は未読なので、ググっただけで適当なことを書きます (←おい) が、
http://media.excite.co.jp/book/interview/200308/p01.html
あたりを見ると、“オタク第一世代 ”にかなり影響を与えた一冊かもですね。

岸田秀は唐沢俊一に「記録本能」というものを発明させましたが (いや岸田秀のせいではないのですが)、
http://tondemonai2.web.fc2.com/357.html
橋本治の影響もかなり受けているかなと思えてきました。コピーの際の劣化があるので、どれだけ原型をとどめているかは別にして。
http://tondemonai2.blog114.fc2.com/blog-entry-168.html
トンデモない一行知識 |  2010年02月22日(月) 22:08 |  URL |  【コメント編集】

本文内の追記の通り、入力ミスしてしまっていた「アトン」 を「アドン」に訂正しました。(_ _);

>松沢呉一さん
>テレビで丸山明宏(美輪明宏)が活躍していたため、ゲイボーイという言葉は
>広く認知

これには思い至りませんでした。ピーターの頃には、物心がついていたのですが……。

>「薔薇族」を今の用法に合わせて「ゲイ雑誌」とするのはいいとしても、
>当時はホモ雑誌であり、あの当時を語る際に、言葉がアバウトなのは
>ひっかかります。

難しいですね……今の感覚では、差別語となっている「ホモ」を使うのは避けたいという心理がはたらくものですし。

と、珍しく (?) 唐沢俊一をフォローしようとしたのですが、裏モノ日記を検索したら、歴史的文脈がどうのこうのというのとは関係のなさそうなところでも、「ホモ」を使いまくりでした。「ゲイ」も同じくらい登場している (「ホモ」も「ゲイ」も 100 件以上ヒット) のですが、この 2 つを使い分けようとしているのか、使い分けているとしてその基準は何かまではチェックしていません。

想像でしかないですが、『古本マニア雑学ノート 2冊目』を出しているダイヤモンド社が、とにかく「ホモ」はまずいというので機械的に全部「ゲイ」に置き換えさせた可能性もあるかと思います。
トンデモない一行知識 |  2010年02月22日(月) 21:40 |  URL |  【コメント編集】

橋本治先生の『蓮と刀』を何となく思い出しました…。
読みなおそうと思います…。
NNT |  2010年02月22日(月) 21:30 |  URL |  【コメント編集】

●ゲイとホモ

×アトン ○アドン

一読しておかしいと思えるのは「こちらはSMとかゲイとかを知ってましたから」。
テレビで丸山明宏(美輪明宏)が活躍していたため、ゲイボーイという言葉は広く認知されていて、当時の小学生も多くは知っていたかと思います。家庭内でもゲイボーイって言葉は使われてましたからね。
中性的な男を意味するゲイと区別するために同性愛者たちは「ホモ」と自称。したがって、ここでは「ホモ」じゃなければおかしい。
「薔薇族」を今の用法に合わせて「ゲイ雑誌」とするのはいいとしても、当時はホモ雑誌であり、あの当時を語る際に、言葉がアバウトなのはひっかかります。これに限らず、なにごとにおいてもアバウトですから、いつもの通りってことですけど。

松沢呉一 |  2010年02月22日(月) 05:25 |  URL |  【コメント編集】

●管理人のみ閲覧できます

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 |  2010年02月22日(月) 01:59 |   |  【コメント編集】

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