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2010.02.20 (Sat)

SF ファンでない者にもしっかり影響をあたえているのが浅倉久志の凄さでもある

裏モノ日記 2010年 02月 16日(火曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20100216181209.html

また訃報。SF翻訳家・浅倉久志氏死去。79歳。

SFファンとしてはフィリップ・K・ディック、ジェイムズ・
ティプトリーjr.J・A・エフィンジャー等の翻訳者としてまず、
語らねばならないのだろうが、私はなんといっても浅倉氏の訳業で最も
評価されるべきなのは『ユーモア・スケッチ傑作展』1~3だと思っている。
初めて読んだとき、面白いというよりは驚愕し、笑いというものに
まったく知らなかった新しい地平があるということを知って興奮した。
……いや、それまでにも日本でこういうユーモア・エッセイは
例えば『新青年』誌などでしょっちゅう紹介されていたし、私も
ジョージ・ミケシュやジェイムズ・サーバーなどのファンであったが、
それらの翻訳に、どれもやや、居心地の悪さを感じていた
ことは事実である。

浅倉氏がユーモア・スケッチの翻訳のお手本としていた
井上一夫訳『アメリカほら話』(筑摩書房)、これも私は大好き
な本なのだが、これにもどこかに、その違和感はあった。
論理から逸脱した者たちを笑うのが基本の日本の笑いと、
論理そのものがどんどん逸脱していく英米の笑いとの
差が、日本語に直す時点でどうしても表に浮かび上がってきて
しまうのだろう。

その、居心地の悪さが浅倉氏の翻訳にはなかった。
これは浅倉氏が、SFという論理の文学の翻訳者であったため
だと思う。論理の飛躍を、読者に気付かせないように書くと
SFになり、読者に呈示しながら書くとユーモア・スケッチになる。
SFとユーモア・スケッチは兄弟なのだ。
そのことを教えてくれた人として、浅倉氏の存在は偉大だった。
惜しむらくは“ユーモア・スケッチ”という語(浅倉氏の考案)が、
その内容を正確に日本の読者に伝えるものではなかった、ということで
ある。日本ではユーモアという語意に、そういう狂気にさえ近い論理の
笑いという意味あいが薄いのだ。それかあらぬか、早川文庫版の再編集本
からはタイトルにユーモア・スケッチという語は外されてしまっている。
晩年まで訳業のスピードをゆるめなかったお忙しい浅倉氏であったが、
これでやっと、ゆっくりする時間が出来た。願わくは、あちらの方で
じっくりと、ユーモア・スケッチを表すいい訳語を考えていただきたいと
切に願う。

それにしても、柴野拓美氏といい、今年はSF界に訃報が続くなあ。
黙祷。


×ジェイムズ・ティプトリーjr.J・A・エフィンジャー
○ジェイムズ・ティプトリー・Jr、G・A・エフィンジャー または
 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア、ジョージ・アレック・エフィンジャー
×ユーモア・スケッチという語は外されてしまっている
○ユーモア・スケッチという語はサブタイトルにまわっている

「カート・ヴォネガットは?ハーラン・エリスンは?ウィリアム・ギブスンは?」、「コードウェ
イナー・スミスもテッド・チャンもだよ」と2ちゃんねるのスレで嘆いている人たちの気持ち
はよくわかるし、R・A・ラファティは、ジャック・ヴァンスはとか、列挙しはじめるとキリが
ないので、そういう人たちには Togetter にまとめられている「追悼・浅倉久志」がお勧め
かも。人によっては、何かと涙腺が刺激される可能性があるので注意のこと、だけど。

http://twitter.com/PKAnzug/status/9278937566
>浅倉久志氏は、原文に正確でありながら最初から日本語で書かれたかのような読み
>やすい翻訳を得意とし、時には「詩的」とさえ言える名文を数多く残された名翻訳家で
>した。合掌。

7:59 PM Feb 18th Beakで

ここにあげられている海外作家の名前や作品を眺めれば、ああ、あれもそうか、これも
そうかと思いあたる人も多いのではないかと。浅倉久志が翻訳した作品は数多く、作家
も多岐にわたり、それらの作家や作品に、それぞれの思い入れをもつ人もまた数多い。

それらの作家をすべて列挙というのも難しいだろうから、浅倉久志の翻訳した作家から
3 人ほど選んで名前をあげるというのはありだと思うし、唐沢俊一が選んだ 3 人という
のも、それはそれでありだとは思う。(←偉そう)

ティプトリーとエフィンジャーの名前は微妙に間違えるわ、彼らの名前を「.」で区切って
表記するわのひどいものではなかったら、もっとよかったとは思うけど。

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のフィリップ・K・ディック、『たったひとつの冴えた
やりかた』のジェイムズ・ティプトリー・ジュニア (個人的には『接続された女』が大好き)、
『重力が衰えるとき』のジョージ・アレック・エフィンジャー (George Alec Effinger だから
「J・A・エフィンジャー」にはならないよ、と)。

……しかし、気になるのは、これらの作家・作品について、唐沢俊一が語ったことって、
今までほとんどなかったのではないかということ。

たとえば、裏モノ日記を検索してみても、ティプトリーについて言及しているのは、2010
年 02月 16日の日記のみ。他の唐沢俊一の書いたものの中に、その名前を見かけた
覚えもない。一冊も読んでいない可能性すらある。

ディックについても、以下に引用する 2007年 12月 20日の裏モノ日記でちらりと言及
しているくらいのもので、唐沢俊一の他の著作でも見かけた覚えがないのはティプトリー
と同じ。

http://www.tobunken.com/diary/diary20071220131057.html
>脚本のハンプトン・フィンチャーの顔が痩せた大島渚そっくり。
>彼がそもそもディックの原作に惚れ込み、映画化には向かないと
>言われた『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を映画化しようと
>言い出して、プロデューサーのマイケル・ディーレイを強硬に
>説得してこの企画はスタートしたのだが、“これが自分の映画だ”
>と主張する栄誉は雇われ監督のスコットに奪われてしまった。


アーサー・C・クラークを『そんなに読まれていた作家だったか』ってのも、なあ……
のエントリーに以前引用した、「そんなに読まれていた作家だったか。 まあ、あの映画
があるからなあ。」との一節を思い出してイヤな気分になるような言及のし方である。

映画化にしか興味がないのかという感じだし、その映画についても小説のときと同様、
作品そのものについては特に何も語ろうとしないのが唐沢俊一なんだよなあ……。

エフィンジャーについては、裏モノ日記 2002年 4月 30日に記述がある。ここでは正しく
「G・A・エフィンジャー」となっている。唐沢俊一も、自分の過去の日記をチェックしておき
さえすれば、「J・A・エフィンジャー」などと間違えなくてすんだかもしれない。

http://www.tobunken.com/diary/diary20020430000000.html
> もうひとつ訃報、これは新聞(読売30日付朝刊)には載っておらずネットで知ったの
>だがSF作家G・A・エフィンジャー死去、55歳。悲運のSF作家と言われていたが、こ
>の早逝で悲運にもトドメがさされたという感じである。代表作・『重力が衰えるとき』
>(ハヤカワ文庫)は内容も凄かったが、訳者の解説に引用されている、アーバー・ハウ
>ス版のハーラン・エリスンの推薦文がもの凄く、感動のあまり一度読んだきりで全文を
>暗記してしまったほどである。後半を引用してみる。
>「よろしい、今回はこう言おう。たのむからおれの忠告を聞いて、『重力が衰えるとき』
>を買え。この小説はスケートをはいた蜘蛛のようにクレージーな、とてつもない傑作
>だ。これほど言ってもわからないなら、こっちにも考えがある。おまえの子供らと飼い犬
>は、われわれが預かった。いますぐこの本を買って読み、舌を巻いて感嘆せよ。さもな
>くば・・・・・・」
> ・・・・・・およそ、本をお他人様に勧めようというなら、ここまで言わないとダメ、という
>見本のような文章である。私の文章宝鑑の中の一つ。なお、なぜエフィンジャーが悲
>運の作家なのかは、『重力が衰えるとき』の解説(浅倉久志)を読んでいただきたい
>が、ざっとしたことはここで。

>http://home.catv.ne.jp/dd/fmizo/gravity.html

これも、『重力が衰えるとき』そのものについてはほとんど語っていないぞ、と。でも、
まあ、唐沢俊一が引用している「ハーラン・エリスンの推薦文」は確かに「もの凄く」て、
感動したとかいうその気持ちはわかるような気がすごくするので、他の場合であったら、
このような記述もありだと思う。「G・A・エフィンジャー死去」に際して書く文章としては、
ちょっとどうかと思うけど……。

参考:
- http://dabensya.sakura.ne.jp/meimonku/monku184.htm

ただ、このハーラン・エリスンの推薦文を解説に引用することを選び、翻訳してくれたの
が、浅倉久志だったということは注目に値すると思う。小説本体以外の翻訳・紹介にも、
多大な功績があった人でもあるのだ。


で、実は唐沢俊一の裏モノ日記には、浅倉久志の翻訳した小説作品そのものについて
語っている日も一応ある。「ほんとうは SF 作家になりたかった唐沢俊一?」のエントリー
に引用したことのある 2008年 11月 6日の日記。ここに登場のマイクル・クライトンの
『アンドロメダ病原体』や『ターミナル・マン』を、翻訳したのも浅倉久志なのだ。

http://www.amazon.co.jp/dp/4150102082
>アンドロメダ病原体 (ハヤカワ文庫 SF (208)) (文庫)
>マイクル・クライトン (著), 浅倉 久志 (著)


http://www.amazon.co.jp/dp/4150406928
>ターミナル・マン (ハヤカワ文庫NV) (文庫)
>マイクル クライトン (著), Michael Crichton (原著), 浅倉 久志 (翻訳)


http://www.tobunken.com/diary/diary20081106155713.html
>起きたらマイクル・クライトン死去の報。
〈略〉
>それで、これは、と思ってすぐ次作の『ターミナル・マン』も
>買って読んだがこれはちょっと……だった。
>この二つの作品のどこが違うかというと、『アンドロメダ病原体』
>の方は小説としての面白さを犠牲にしても、設定の謎とその論理的
>謎解きを追求しており、『ターミナル・マン』は小説らしい
>クライマックスが設定の延長上に用意されている。


『アンドロメダ病原体』が「小説としての面白さを犠牲」しているとかいうのには反論したく
なるが、まあおいといて。

イヤになるのは、唐沢俊一の日記に出てくる数少ない SF 作家や作品についての言及
が、どれもこれも訃報がらみであること。誰それが「死去の報」がなければ、その手の
ことはめったに話題にしないけど、訃報があれば「SFファンとしては」と自称するあたり
が……。

×SFファンとしては ○ SF関係者の訃報の際にはSFファンのふりをする者としては

と赤を入れたくなる。


そして、かなり腹立たしい「ユーモア・スケッチ」問題。

訃報のあった日やその翌日あたりまで、Twitter での「浅倉久志」検索結果をぼーっ
と見ていた――また、これがすごい勢いで増えていっていた――その中には、好きな作品
として、「ユーモア・スケッチ」をあげているツイートもかなり目についた。

それもあって、唐沢俊一が書いた『ユーモア・スケッチ傑作展』という題を見たときには、
よい意味で「あ、そうきたのか」と一瞬思ったりしたのだ。

……書かれていたのは、『アメリカほら話』の翻訳者井上一夫を漠然と貶す言葉だった
り、唐沢俊一以外の勝手な思い込みによる「“ユーモア・スケッチ”という語(浅倉氏の
考案)が、その内容を正確に日本の読者に伝えるものではなかった」との難癖であり、
「早川文庫版の再編集本からはタイトルにユーモア・スケッチという語は外されてしまっ
ている」のは「そのせいかあらぬか」とかいうデマだったわけだが。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%E6%A1%BC%A5%E2%A5%A2%A1%A6%A5%B9%A5%B1%A5%C3%A5%C1
>ユーモア・スケッチゆーもあすけっち(読書)
>かつての、アメリカのジャズ・エイジの「ニューヨーカー」の全盛期などに、特に流行し
>た、エッセイや短編小説などで、アメリカ伝統の「ほら話」(トール・テール)的な人を
>食ったユーモア、発想を基点とし、「生真面目で洗練された文体」で、物語がナンセン
>スに暴走するもの。
>あきらかに、前提が間違っているのに、作者がそれに気づかないふりをして、物語が
>進行していくもの。「物語でない」事物を無理やり物語仕立てにするもの。ナンセンス
>なハウツー物。などがある。
>戦前の「新青年」などにも、盛んに翻訳された。
>翻訳家の浅倉久志が、日本で独自に命名した名前で、浅倉は長期に渡りこの種の
>作品を「ミステリマガジン」に不定期に翻訳、連載し、後に単行本にまとめられた。


早川書房から 1991 年に発行されている「ユーモア・スケッチ」の 3 冊。2 冊は文庫で
『すべてはイブからはじまった―ユーモア・スケッチブック』は単行本のようだ。
(→追記参照)

http://www.amazon.co.jp/dp/4150406383
>エンサイクロペディア国の恋 (ハヤカワ文庫NV―ユーモア・スケッチ) (文庫)
>ロバート ベンチリー (著), 浅倉 久志


http://www.amazon.co.jp/dp/4150406391/
>忘れられたバッハ (ハヤカワ文庫NV―ユーモア・スケッチ) (文庫)
>フランク サリヴァン (著), 浅倉 久志


http://www.amazon.co.jp/dp/4152034912/
>すべてはイブからはじまった―ユーモア・スケッチブック (単行本)
>リチャード アーマー (著), ロバート ベンチリー (著), 浅倉 久志



それにしても、「願わくは、あちらの方でじっくりと、ユーモア・スケッチを表すいい訳語
を考えていただきたい」には、「あんた、何様?」と本気で思った。

浅倉久志と同等以上の翻訳家でなければめったに口に出せないような偉そうなことを、
英語も日本語もダメであること、そこらへんの素人以下の唐沢俊一がいうのもすごいし、
それでもいいたかったのならば、浅倉久志の生きているうちにいうべきことだったろう。

もはや読者に届ける術もなくなった「いい訳語」を、「あちらの方でじっくりと」「考えて
いただきたい」と指図するのは、人としてどうかと本気で思う。


追記: コメント欄の指摘の通り、文庫の 2 冊が唐沢俊一が日記でいう「早川文庫版の
再編集本」であり、単行本の『すべてはイブからはじまった―ユーモア・スケッチブック』
の方は、 「再編集本」ではなく、「『ユーモア・スケッチ傑作展』に続く新アンソロジー」
(「BOOK」データ ベースより)。まぎらわしかったら、ご容赦です。(_ _)

単行本を含めて 1991 年刊の 3 冊を並べたのは、「“ユーモア・スケッチ”という語(浅倉
氏の考案)が、その内容を正確に日本の読者に伝えるものではなかった」という反省の
ようなものがあったとすれば、文庫版の再編集本と同年に出した単行本のタイトルも、
その影響を受ける対象になりうるだろうと考えたため。

また、単なる主観に過ぎないが、「ユーモアという語意に、そういう狂気にさえ近い論理
の笑いという意味あいが薄い」には、やはり違和感がぬぐえない (それをいうなら「語意」
ではなく「語感」 ではないかというのを、おいといても)。

「アメリカ伝統の『ほら話』(トール・テール)的な」で 「狂気にさえ近い」といえば、個人的
にはラファティを真っ先に思い浮かべるけど、あれも 「ユーモア」といわれるのが通常で
あるし、それが適切でないとしたらでは何が適切な言葉なのか、英単語レベルでも示さ
れていないのも問題と思う。


追記 2: 唐沢俊一は、『トンデモ一行知識の世界』の「まえがき」 (P.3) に、 「ウッディ・
アレンの書いた短編小説に、動物病院の待合室で読んだ雑誌に載っていた一行知識の
『サンドイッチはサンドイッチ伯爵が発明した』という文章から、むちゃくちゃに想像力を
かきたてられ、ついに遭ったこともないサンドイッチ伯爵の一代記を書き上げてしまうと
いう話がある」と紹介している。

これは、ウッディ・アレンの短編集『これでおあいこ』に収録されている「蒸気機関なに
するものぞ」という話のことで、これも実は浅倉久志訳。




More...

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1266476253/167-
-------
167 :無名草子さん:2010/02/19(金) 06:53:51
>また訃報。SF翻訳家・浅倉久志氏死去。79歳。

>SFファンとしてはフィリップ・K・ディック、ジェイムズ・
>ティプトリーjr.J・A・エフィンジャー等の翻訳者としてまず、
>語らねばならないのだろうが、私はなんといっても浅倉氏の訳業で最も
>評価されるべきなのは『ユーモア・スケッチ傑作展』1~3だと思っている。

…もしかしてそれ以外は読んでいないから書けないだけってことはないですよね?テンテー。

171 :無名草子さん:2010/02/19(金) 06:58:55
>>167
ええと……カート・ヴォネガットは?ハーラン・エリスンは?ウィリアム・ギブスンは?
まあギブスンは黒丸尚のイメージが強いけど、朝倉さんの方が数は多かったりするんだな。

174 :無名草子さん:2010/02/19(金) 07:15:53
コードウェイナー・スミスもテッド・チャンもだよ。絶対読んでないよな。
こんなもんまで知ってる自慢なんて、ど~~でもいい。
愛のないやつはSFのこと言うの禁止!!

176 :無名草子さん:2010/02/19(金) 07:22:53
造詣の深いミステリーとSFの著名人の追悼文を書いて両方のファンを怒らせるテンテー、素敵ですね(棒)

181 :無名草子さん:2010/02/19(金) 07:58:08
>>167
浅倉久志氏の訃報に触れた16日の日記より

>私はなんといっても浅倉氏の訳業で最も評価されるべきなのは
>『ユーモア・スケッチ傑作展』1~3だと思っている。

>……いや、それまでにも日本でこういうユーモア・エッセイは

>浅倉氏がユーモア・スケッチの翻訳のお手本としていた

>読者に呈示しながら書くとユーモア・スケッチになる

>惜しむらくは“ユーモア・スケッチ”という語(浅倉氏の考案)が

>日本ではユーモアという語意に、

>早川文庫版の再編集本からはタイトルにユーモア・スケッチという語は

>じっくりと、ユーモア・スケッチを表すいい訳語を

ざっと8ユーモア。
とにかく『ユーモア・スケッチ傑作展』にだけ絞って、しかも内容には
何ら具体的に触れないという恐るべき追討文。読んでないねw

182 :無名草子さん:2010/02/19(金) 08:11:47
悪文の見本みたいな文章だなw

何年文章で食ってんだこの緑ハゲは?

183 :無名草子さん:2010/02/19(金) 08:24:42
>>181
内容について全く触れずにあれこれ言うのもテンテーの特徴だね。
内容に触れないなんてただのいちゃもんだ。
よくまぁ批評家とか評論家づら出来るもんだよね。

186 :無名草子さん:2010/02/19(金) 08:50:55
>>181
普通、ああいうアンソロジーを紹介したら、どれがいちばん好きという話になるはずなんだが。
手元にないのでタイトルが曖昧なんだが、「逆行魔」と「いかに絶滅するか」が好き。

188 :無名草子さん:2010/02/19(金) 09:03:39
>>186
普通は「アレは○○で良かった。コレも××で良かった。しかし私はナニが△△で好きだった」
って話を持っていくもんだよね。名作、人気作はそれはそれで抑えつつ、でも俺はここも見落として
ないんだぞ、っていう。枝葉末節「しか」語らない(語れない)ヒョーロンカなんぞいらんわw

314 :無名草子さん:2010/02/19(金) 18:12:35
>>201
おそらく読んでない。
読んでいたらあれを

>……いや、それまでにも日本でこういうユーモア・エッセイは
>浅倉氏がユーモア・スケッチの翻訳のお手本としていた

などと、エッセイ呼ばわりするはずがない。
エッセイ「も」含んだアンソロジーなんだから。
(http://homepage2.nifty.com/te2/b/b001.htm
に収録作品一覧がある)


あと日記の内容だが、なんだかこれに似てないか?
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%E6%A1%BC%A5%E2%A5%A2%A1%A6%A5%B9%A5%B1%A5%C3%A5%C1

316 :無名草子さん:2010/02/19(金) 18:16:29
>惜しむらくは“ユーモア・スケッチ”という語(浅倉氏の考案)が、
>その内容を正確に日本の読者に伝えるものではなかった、ということで
>ある。日本ではユーモアという語意に、そういう狂気にさえ近い論理の
>笑いという意味あいが薄いのだ。それかあらぬか、早川文庫版の再編集本
>からはタイトルにユーモア・スケッチという語は外されてしまっている。

再編集版って↓の事だよね?
サブタイトルに回ってるだけだよね?
浅倉さんの意志に反してそういう処置になったの?


http://homepage1.nifty.com/ta/0ha/haya/an.htm

『すべてはイブからはじまった -ユーモア・スケッチブック』
* Ed/Tr:浅倉久志(Hisashi Asakura) Pb:早川書房(Hayakawa Shobo)
* Co:浅倉久志(Hisashi Asakura) 1991/10/31

『エンサイクロペディア国の恋 -ユーモア・スケッチ抱腹篇』
* Ed:浅倉久志(Hisashi Asakura) Pb:ハヤカワ文庫(Hayakawa bunko)NV638
* Co:作家紹介/集録作品原題/浅倉久志(Hisashi Asakura) 1991/11/30

『忘れられたバッハ -ユーモア・スケッチ絶倒篇』
* Ed:浅倉久志(Hisashi Asakura) Pb:ハヤカワ文庫(Hayakawa bunko)NV639
* Co:作家紹介/集録作品原題/浅倉久志(Hisashi Asakura) 1991/11/30

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Comment

>岡田K一さん
どうもです。(_ _)

そうですね、井上一夫氏についてや、「論理的笑い」うんぬんも、『ぼくがカンガルーに出会ったころ』に載っているそうなので、ちゃんとそれをネタ元にしていたという話かもしれないと思えてきました。

# もし、そうなら書名をあげておいてくれと思いますが、おいといて。

この本も、ツイートで紹介している人が確かいました。この件を抜きにしても面白そうな本と思うので、入手しようかと思っています。

http://short-short.blog.so-net.ne.jp/archive/20091120
>浅倉久志とユーモアSFと言えば、小松左京・石川喬司監修『SFファンタ
>ジア5 風刺編』学研(78)に掲載された「SFの笑いを演じる主役たち」
>「SF状況劇場(シチュエーション・コメディ)ご案内」「SFの論理的
>笑いとは?」を非常に楽しく読んだことを思い出します。浅倉久志が
>さまざまな作品例を挙げて、SFにおけるユーモアを論じた名エッセイです。
>エッセイ集『ぼくがカンガルーに出会ったころ』国書刊行会(06)に収録
>されていますので、読まれていない方は、ぜひ。
〈略〉
>『ぼくがカンガルーに出会ったころ』で浅倉久志は「筑摩書房の世界ユーモア
>全集別巻として出た、井上一夫編訳の『アメリカほら話』。ぼくが『ユーモア・
>スケッチ傑作展』をまとめることができたのも、この本のおかげといえる」と
>書いています(212ページ)。


>なお、はてなキーワードの「ユーモア・スケッチ」を作成したのも、実は私
>なのです。

をを、そうだったのですか。(尊敬の目)
トンデモない一行知識 |  2010年02月22日(月) 06:52 |  URL |  【コメント編集】

>唐沢俊一はもしかして、下記の記事で『ユーモア・スケッチ>傑作展』という書名を目にして:
>その後で、ググって、はてなダイアリーを見つけて、ただそれだけで適当に書いただけではないかという。

一応、WIKIPEDIAにも、はてなキーワードにも載っていない、井上一夫訳『アメリカほら話』の話を書いているので・・。(ちなみに、この本は私も大好きですが)

そこまでは、疑わなくてもいいかと思います。ユーモア・スケッチは、元々、唐沢のアンテナにひっかかりそうな内容ですから。

なお、はてなキーワードの「ユーモア・スケッチ」を作成したのも、実は私なのです。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%E6%A1%BC%A5%E2%A5%A2%A1%A6%A5%B9%A5%B1%A5%C3%A5%C1
岡田K一 |  2010年02月21日(日) 23:32 |  URL |  【コメント編集】

>杉江松恋さん
>『すべてはイブからはじまった』は『ユーモア・スケッチ傑作展』
>刊行後に「ミステリ・マガジン」に浅倉さんが訳載した分から採られた
>新しいアンソロジーです。

ご指摘ありがとうございます。(_ _) そうですね、この件につきましては、読む人の誤解を避けるために、後で本文に追記しようと思います。
トンデモない一行知識 |  2010年02月21日(日) 11:48 |  URL |  【コメント編集】

>藤岡真さん
あ、そうかもしれないです。<微妙にネタバレ
私が最初にティプトリーを読んだ頃にはすでに、解説などでネタバレがデフォでしたけど――と言い訳 (?)。
トンデモない一行知識 |  2010年02月21日(日) 11:34 |  URL |  【コメント編集】

●『すべてはイブからはじまった』の件

ユーモア・スケッチの一愛好家です。
ええと、すでにご存じのことかもしれませんが念のため。
1991年に刊行された三冊のうち、文庫の二冊は単行本の再編集版で、『すべてはイブからはじまった』は『ユーモア・スケッチ傑作展』刊行後に「ミステリ・マガジン」に浅倉さんが訳載した分から採られた新しいアンソロジーです。上の316の無名草子さんは間違えていますね。
杉江松恋 |  2010年02月21日(日) 11:26 |  URL |  【コメント編集】

>彼女が実際に書いたのは

って、微妙にネタばらしですね(ネタじゃないか)。
藤岡真 |  2010年02月21日(日) 00:55 |  URL |  【コメント編集】

●輝かしい未来がちゃんと待ってて……

>ラーオさん
>「接続された女」ですか!仲間だ!!わたしもこの作品が一番好きです。

(・∀・)人(・∀・)ナカーマ

好きな作品でもありますし、私にとっては、一番最初に「翻訳者」の存在を意識した作品でもあるのです。

「聞け、ゾンビー。俺を信じろ。」ってカッコイイー! ……あれっ、でも、この小説の作者のティプトリーさんは外人で、彼女が実際に書いたのは英語の文章で、自分を今シビれさせているこの文章を実際に書いたのは――という感じで。

http://tinyurl.com/y9l82l7 http://tinyurl.com/ylm2k3x
トンデモない一行知識 |  2010年02月20日(土) 23:56 |  URL |  【コメント編集】

書棚や段ボールに仕舞い込んだ本を漁ってひろげると、浅倉久志だらけと言ってもいいくらい。明らかにわたしの一部分は浅倉久志で出来ています。
不愉快すぎるので、唐沢について言うのはよしておきます。
ところで一行さんがティプトリー好きなのは分かっていましたが「接続された女」ですか!仲間だ!!わたしもこの作品が一番好きです。
「アバター」の紹介番組を見て「『接続された女』みたいだけどどうよ」とぶつくさ言っているのです。
ラーオ |  2010年02月20日(土) 22:41 |  URL |  【コメント編集】

●「クローム襲撃」もパロったことあるやつ

http://togetter.com/li/6043 まとめ人です。

まとめ、お疲れ様です & ありがとうございます。まとめの中のこれ↓

http://twitter.com/GreatDismal/status/9190078945
>RT @hosakanorihisa: @GreatDismal Hisashi ASAKURA
> the Japanese Translater is Dead. He translate Burning
> Chrome to Spook Country. [Very sad!]

にも、もう何といいますか……ですよ。

>ユーモア・スケッチの思い出を語る方も多数いた

そうなんです。そのため唐沢俊一の日記に『ユーモア・スケッチ傑作展』の名を見たときは、好感度の針をぐぐっと上げてしまったというのは本文に書いた通りなのですが、今はちょっとイヤな推測をしています。

唐沢俊一はもしかして、下記の記事で『ユーモア・スケッチ傑作展』という書名を目にして:

http://www.tsogen.co.jp/news/2010/02/10021618.html
>浅倉先生単独で、また伊藤典夫先生との共編で多くのSFアンソロジーを
>編纂されましたが、特にユーモア小説・ユーモアSFがお好きで『ユーモア・
>スケッチ傑作展』(早川書房)や『世界ユーモアSF傑作選』(講談社文庫)
>といったアンソロジーも編まれています。

その後で、ググって、はてなダイアリーを見つけて、ただそれだけで適当に書いただけではないかという。

2ちゃんねるのスレに名無しさんが書き込んでいるこれ↓ですね。

>あと日記の内容だが、なんだかこれに似てないか?
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%E6%A1%BC%A5%E2%A5%A2%A1%A6%A5%B9%A5%B1%A5%C3%A5%C1

私が、上記のページにたどりついたのは、上記の書き込みを見る前。普通にググると、行き着くページのひとつですし……。

ただ、「ユーモアという語意に、そういう狂気にさえ近い論理の笑いという意味あいが薄い」うんぬんとか、他の元ネタからとってきたんじゃないかという部分もありますね。
トンデモない一行知識 |  2010年02月20日(土) 21:27 |  URL |  【コメント編集】

●ご紹介ありがとうございます

http://togetter.com/li/6043 まとめ人です。ご紹介してくださり、ありがとうございます。

今回のTwitter上ので追悼文を読んでも、ユーモア・スケッチの思い出を語る方も多数いたのですよね。ですので、わざわざ唐沢俊一が、妙な宣伝をしてくれなくてもと思いました。

ところで、WIKIPEDIA「浅倉久志」での、ユーモア・スケッチの記述を書いたのも私ですが。
「はじめて話すけど…―小森収インタビュー集」に収録されている、元「ミステリマガジン」編集長・各務三郎氏へのインタビューによると、浅倉・各務のお二人で相談して決めた名前のようです。

こまかいことですが、補足ということで。WIKIPEDIAの記述も直しておきます。
岡田K一 |  2010年02月20日(土) 18:52 |  URL |  【コメント編集】

●翻訳リストだけでもちょっと涙腺が刺激されたり

>藤岡真さん
http://togetter.com/li/6043 やツイッターでの「浅倉久志」の検索結果を見て思ったのですが、好きだった作品をつぶやくだけでも追悼としては充分ではないかと。唐沢俊一にも今回は大人しく、作家名と作品名の列挙だけにとどめておいて欲しかったかなと思っています。

それで単なる羅列じゃないかと批判する人がもしいても、自分は全力で擁護する側にまわっていたはず。タイトルの提示だけでも、「ああ、あの作品も」と感慨にふけることができますし、タイトルそれ自体のカッコよさの紹介も有意義かと思うので、この際未読でもオッケーと許していたですね多分。

http://slashdot.jp/article.pl?sid=10/02/17/0120213
>世界の中心で愛を叫んだけもの (スコア:2, おもしろおかしい)
>Anonymous Coward : 2010年02月17日 11時03分 (#1719313)
>多分日本で一番「タイトルだけ知られてる書物」のような…

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」「たったひとつの冴えたやりかた」あたりもタイトル先行かもしれません。個人的には「乙女に映しておぼろげに」、「青をこころに、一、二と数えよ」なども印象的なタイトルと思います。

その他参考:
- http://homepage2.nifty.com/amane-s/book/list/translator/trans-asakura.html
トンデモない一行知識 |  2010年02月20日(土) 11:19 |  URL |  【コメント編集】

>人によっては、何かと涙腺が刺激される可能性があるので注意のこと

 嗚呼、まさにその通り。朝から泣いてしまいました。ここに溢れている、本物のファンの言葉に比べ、唐沢の書きなぐった空疎な文章の、なんと薄汚く下品なことか。
藤岡真 |  2010年02月20日(土) 06:13 |  URL |  【コメント編集】

>altnk さん
日本語の能力を疑いたいというか、もう疑うを通り越して能力ゼロと断定したいというか……。

「訳語」とか書いているのも何か変な感じなのですよね。そもそも何という英語の言葉を翻訳させようとしているんですか、わかりません (> <) ということで。
トンデモない一行知識 |  2010年02月20日(土) 02:20 |  URL |  【コメント編集】

●うわあ

"願わくは、あちらの方でじっくりと、ユーモア・スケッチを表すいい訳語
を考えていただきたい"

日本語の能力を疑います。
altnk |  2010年02月20日(土) 01:30 |  URL |  【コメント編集】

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