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2010.02.13 (Sat)

宇宙開発省とか担当大臣とか……ザンビアに対する讒言めいてますよ唐沢俊一先生

『史上最大のムダ知識』 P.86

1960年代、米ソ以外に、宇宙開発を計画していた国家がアフリカにあった。


アメリカもソ連も「アフリカにあった」わけではないので、「米ソ以外に、」という読点の
つけ方は少し変では。「米ソ以外に宇宙開発を計画していた国家が、アフリカにあった」
の方がよいように思う。

『史上最大のムダ知識』 P.87

 アメリカとソビエトが、威信をかけて月世界に人間を送り込もうとしていた
1960年代。世界中でもう1カ国、人間を宇宙に送り込もうとしていた国が
あった。アフリカのザンビアである。1964年に独立したザンビアの政権を
握る統一民族独立党のカウンダ大統領は、自国を世界にアピールしたい
と考え、宇宙開発省を立ち上げた。
 新興国が宇宙開発? と驚く世界のマスコミに対し、担当大臣のヌコロソ
氏は、1970年代前半までに人間を宇宙に送り込むことを誓約した。
 が、ザンビアにあった「宇宙飛行士訓練センター」は、ただの原っぱで、
訓練士たちは、ドラム缶に入って丘の上から転がるという、冗談のような
訓練を行っていた。
 その後、統一民族独立党は政権の座から転落し、宇宙開発省は、
ロケットを打ち上げることなく、閉鎖された。


Wikipedia では UNIP (United National Independence Party) は「統一民族独立党」と
なているんだけど、外務省のページでは「統一国民独立党」なんだよなあ、というのは、
まあおいといて。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/zambia/data.html
>(ヘ)UNIP(統一国民独立党):1

それより気になるのは、先の「米ソ以外に、」に続いて、「世界中でもう1カ国」とこられる
と、1960 年代に「宇宙開発を計画」していたのは、「アメリカとソビエト」以外はザンビア
だけと唐沢俊一はいいたいのか、と思えてくること。日本の「科学技術庁、航空宇宙課」
の設置は 1963 年。ザンビア独立の 1964 年よりも前なのだけど……。

http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/space_projects_1960.html
>日本の宇宙開発の歴史 1960年代
>1961(昭和36)年
>4月
>東京大学生産技術研究所、日本初の3段式K(カッパ)9L型ロケット1号機を打ち上げ。
>高度350kmに到達。
〈略〉
>1963(昭和38)年
>4月
>科学技術庁、航空宇宙課に宇宙開発室を設置。同時に航空技術研究所を航空宇宙
>技術研究所(NAL)と改称し、ロケット部を設置。 東京大学生産技術研究所、M
>(ミュー)ロケットの開発研究に着手。 気象庁、気象ロケットの開発に着手。


http://ja.wikipedia.org/wiki/宇宙開発事業団
>宇宙開発事業団(うちゅうかいはつじぎょうだん)は、宇宙開発の目的で日本政府が
>設立した特殊法人である。英文名称:National Space Development Agency of Japan,
>NASDA(ナスダ)。根拠法は「宇宙開発事業団法(廃止)」で、設立日は1969年(昭和
>44年)10月1日である。旧科学技術庁所属。1964年(昭和39年)4月に科学技術庁内
>に設置された宇宙開発推進本部が発展して発足した。2003年(平成15年)10月1日、
>航空宇宙技術研究所 (NAL) ・宇宙科学研究所 (ISAS) と統合し、独立行政法人宇宙
>航空研究開発機構 (JAXA) に改組された。


まあ、好意的に解釈すれば、有人飛行を明示的にうたったのは米ソの他はザンビアだけ
といいたかったのかもしれないし、いやそもそも米ソ以外はザンビアだけといっていない
という話かもしれないけど。

それにしても、唐沢俊一の書いている、「その後、統一民族独立党は政権の座から転落
し、宇宙開発省は、ロケットを打ち上げることなく、閉鎖された」というのは少し気になる。
カウンダ大統領は 1991 年まで大統領をやっていて、唐沢俊一のいうことにしたがえば
宇宙開発省の閉鎖は MMD の勝利した 1991 年以降ということになるはずだが、その年
まで「ロケットを打ち上げることなく」というのはあるのだろうか。日本では 1960 年代に
ロケット打ち上げに成功していたのは先に引用した通りだし、1950 年代のアメリカでは
高校生がロケットを打ち上げていたのに。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/zambia/data.html
>ケネス・デイビッド・カウンダ(初代ザンビア大統領)
>1944 年ルブワ職業訓練校校長(北部州)、その後アフリカ国民会議(ANC)ルブワ
>支部創設、ANC 事務局長、 1960 年統一国民独立党(UNIP)総裁を経て、1962 年
>北ローデシア・地方自治・福祉大臣、1964 年同首相に 就任。1964 年~1991 年
>ザンビア初代大統領。1992 年ケネス・カウンダ平和財団創設。2000 年政治活動か
>ら引退。同年ボストン大学より初代バルフォア基金アフリカ大統領に指名される。


http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/zambia/data.html
>(1)1972年以来、一党制を敷いてきたカウンダ政権(当時)は、1980年代後半からの
>民主化・複数政党制要求運動の高まりを受け、1990年に複数政党制への移行を承認。
>翌1991年の総選挙では新興政党であるMMDが大勝した。この選挙の結果、チルバ
>政権への交代もスムーズに行われたことは国際社会からも高く評価され、アフリカに
>おける民主化のモデルと言われた。


http://www.amazon.co.jp/dp/4794209371
>ロケットボーイズ〈上〉 (単行本)
〈略〉
>1957年、ソ連の人工衛星スプートニクが、アメリカの上空を横切った。夜空を見上げ、
>その輝きに魅せられた落ちこぼれ高校生四人組は考えた―このままこの炭鉱町の
>平凡な高校生のままでいいのか?そうだ、ぼくらもロケットをつくってみよう!度重なる
>打ち上げ失敗にも、父の反対や町の人々からの嘲笑にもめげず、四人はロケットづく
>りに没頭する。そして奇人だが頭のいい同級生の協力も得て、いつしか彼らはロケット
>ボーイズと呼ばれて町の人気者に。けれど、根っからの炭鉱の男である父だけは、
>認めてくれない…。のちにNASAのエンジニアになった著者が、ロケットづくりを通して
>成長を遂げていった青春時代をつづる、感動の自伝。



で、実際はどうだったのかと捜しても、たとえば「ザンビア "宇宙開発"」だと該当しそうな
情報はヒットしないし、「担当大臣のヌコロソ氏」とかいわれても、「ザンビア ヌコロソ」で
は「一致する情報は見つかりませんでした」になったりする。「ザンビア 宇宙」だと……
2001 年の皆既日食は見応えがあったのだなとは思うけど、本件とは関係ない。

- http://www.nab.co.jp/~kasugahi/2001kaiki/kaiki.htm
- http://uchukan.satsumasendai.jp/event/news/2009eclipse/pics/ishii0106-1.html


結局、日本語のページで、ザンビアの宇宙開発について述べているものは、今は存在
していないんじゃないかなあ……。やっと見つけた英語版 Wikipedia のページの方は、
"This article is an orphan, as few or no other articles link to it. Please introduce
links to this page from related articles; suggestions are available. (December 2007)"
などとも書かれていて何か微妙だし。

http://en.wikipedia.org/wiki/Edward_Makuka_Nkoloso
> Edward Makuka Nkoloso was a grade school science teacher, candidate for the
> mayoralty of Lusaka, Zambia and former activist for the independence of Zambia
> who became notorious at the time of independence when he established the
> Zambia National Academy of Science, Space Research and Philosophy, Zambia's
> first (unofficial) space program[1][2].


上記の英語版 Wikipedia の記述が正しいとすれば、唐沢俊一のいう「ヌコロソ氏」こと
Edward Makuka Nkoloso は、「担当大臣」というより単なる学校の先生だし、彼の設立
したという「Zambia National Academy of Science, Space Research and Philosophy」
は、「Zambia's first (unofficial) space program」……ええと、非公式ということはつまり、
「カウンダ大統領は、〈略〉宇宙開発省を立ち上げ」なんてレベルの話では全くないの
では。


それに、唐沢俊一は、「新興国が宇宙開発? と驚く世界のマスコミに対し」と書いて
いるけど、英語版 Wikipedia からリンクされている Times の記事は、そういう問題では
なくて、単に変わったことをいう人を紹介しているだけのようにも思えるのだけど……
気のせいだろうか。でも独立祭の不協和音みたいな扱いで書かれているし。

http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,876312-2,00.html
> During the independence festivities only one noted Zambian failed to share in all
> the harmony. He is Edward Mukuka Nkoloso, a grade-school science teacher and
> the director of Zambia's National Academy of Science, Space Research and
> Philosophy, who claimed the goings-on interfered with his space program to beat
> the U.S. and the Soviet Union to the moon. Already Nkoloso is training twelve
> Zambian astronauts, including a curvaceous 16-year-old girl, by spinning them
> around a tree in an oil drum and teaching them to walk on their hands, "the only
> way humans can walk on the moon."


「walk on their hands」は逆立ちで歩くということか。それが「the only way humans
can walk on the moon」 (人類が月面を歩くことのできる唯一の方法?) だといわれても。


さらに、英語版 Wikipedia の記述に戻ると、前述の「統一民族独立党は政権の座から
転落し、宇宙開発省は、ロケットを打ち上げることなく、閉鎖」というのも、いやそういう
問題ではないのではないか――という話に。

http://en.wikipedia.org/wiki/Edward_Makuka_Nkoloso
> He wrote an editorial for a newspaper describing his endeavors[3]. In it, he had
> described how he had requested UNESCO for a ??7,000,000 grant for his space
> program, and how he specifically instructed the missionaries to not force
> Christianity onto the native Martian inhabitants if they didn't want it. He also
> noted that the rocket, a 10x6 aluminium and copper vessel, would launch from
> the Independence Stadium on Independence Day , 1964.

> Aftermath
> Nkoloso's space program never took off the ground, particularly because of the
> lack of grants from UNESCO and the fact that the 17-year-old "spacegirl" who
> was to ride on the mission, Mata Mwambwa, had gotten pregnant and was taken
> away by her parents. Furthermore, the Zambian government distanced itself away
> from Nkoloso's endeavor[4].


ええと、ユネスコに 700 万ドルの寄付を要求したとか、火星の住人にキリスト教への
改宗を強制するべきではないとか、「ヌコロソ氏」は、かなり素敵な人だったらしい。

後日談としては、ユネスコからの寄付の不足と、"spacegirl" になるはずだった 17 歳
少女が妊娠し親に連れ戻されたことにより、宇宙開発計画は頓挫した、みたいな。


しかし、以下の Youtube の動画を見ると、唐沢俊一のいう「ドラム缶に入って丘の上
から転がるという、冗談のような訓練」というのだけは本当のようだから困る。

- http://www.youtube.com/watch?v=NL5gEpkATTA

……これを、まるで国家による正式なプロジェクトのように書くのは、まずいんじゃない
かなあと思えてくる。何かザンビアという国に対する侮辱罪に相当しそうで。

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Comment

●NoTitle

あはは。
しかし、「アフリカという国」の件の朝日書評は 2008 年 6 月で……。

http://tondemonai2.web.fc2.com/536.html

『地上最強のムダ知識』 (2007 年 4 月) の 1 年ちょっと後ですので、その間に忘れてしまったのでしょう。
トンデモない一行知識 |  2010年02月13日(土) 23:57 |  URL |  【コメント編集】

アフリカという国以外のアフリカ大陸にある国家を知っていたのですねw、唐沢氏w。
NNT |  2010年02月13日(土) 23:10 |  URL |  【コメント編集】

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