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2010.01.30 (Sat)

医者が理容師を利用していたわけでもないだろう

『史上最強のムダ知識』 P.199

 また、古代から中世にかけて、理髪師は医術家でもあった。当時の医者
は診断だけで実際の治療は滅多にせず、患者の血を抜く「瀉血」や、でき
ものを切ってウミを出す、といったことは、理容師達の担当だった。
 当時の理髪師さんは、医学と情報に長じた、最先端の職業だった。


美容店でのパーマを付随しない男性カットは本当は法律違反とな」で引用した箇所の
左のページに書かれている文章。

唐沢俊一のいう「当時の医者は診断だけで実際の治療は滅多にせず」というのを読む
と、そもそも「治療」とは何か、「患者の血を抜く『瀉血』や、できものを切ってウミを出す」
などは「理容師達の担当」だったとしても、それ以外の治療行為――投薬や手術などを
含む――について、本当に当時の医者は「滅多にせず」で過ごしていたのか、いろいろと
疑問が頭に浮かぶ。

実際は、唐沢俊一の書いているように「医者は診断」で手を動かすのは「理容師達の
担当」といったように分業化されていたわけではない模様。というか、唐沢俊一の記述
は、医者と理容師が別々の職業として存在していたことを前提とするが、中世の西欧
諸国では「理容師は外科医を兼ねて」いて、「外科医と理容師は同一の職業」であった。

中世の頃も日本では理髪師が医者の仕事をすることは特になかったが、西欧諸国では
理髪外科医 (または理容外科医、barber surgeon) が、現在の外科医や歯科医の仕事
をしていた。「理髪師の仕事と外科医の仕事が専門職としてはっきりと区別されるように
なったのは,ルイ15世(Louis XV,在位1715~1775年)の時代の1745年から」である。
「内科医と外科医とは対等にみられる」ようになるのも、このときからという。

つまり、理容師が医術家を兼ねていた時代は、古代からの「外科医は内科医よりも一段
と低い職業と見なされ」る傾向がまだ続いていた時期ともいえる。唐沢俊一は、「医学と
情報に長じた、最先端の職業だった」と持ち上げているが、当時の世間では「最先端の
職業」という目では、おそらく見られていなかっただろう。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=治療&stype=0&dtype=0
>ち‐りょう〔‐レウ〕【治療】
>[名](スル)《「ぢりょう」とも》病気やけがをなおすこと。病気や症状を治癒あるいは
>軽快させるための医療行為。療治。「歯を―する」


http://ja.wikipedia.org/wiki/治療
>呪術医の時代から科学に裏打ちされた近代医療へと医学を変化させたとされるヒポク
>ラテスは、「医師が病を治すのではなく、身体が病を治す。」と表現、患者など治療さ
>れる側の「治ろうとする身体機能」を補助するのが治療であり医療行為だとしている。
>この考えは現代にも継承されており、患者自身の治ろうとする意思を尊重する形で、
>医療方針が選択されている(→インフォームド・コンセント)。
>21世紀の現代では、生物の体の機能がより詳しく解ってきたため、より積極的な各種
>手法を導入する様式が一般的となっている。病気や疾病・怪我(外傷)などを医学的
>に観察(問診を含む)し、必要であれば各種検査(血液検査、尿検査、放射線検査
>等)を行う。結果に応じて疾患及び合併症を考慮し投薬(与薬)ないし手術など処置を
>行う。
〈略〉
>日本では人体を侵襲する治療行為は、医師免許を持つ医師または医師の指示を
>受けた看護師(やはり資格・免許を持つ)以外が行ってはならないことになっている。
>また資格を持つ救急救命士も、特定の救命措置に関して、気管挿管による気道確保
>や点滴の刺針・所定薬剤の投薬などの、所定の救急医療措置を行うことができる。
>鍼灸師(→鍼)による針治療も認められているが、こちらも資格による免許制である。
>もしも、それ以外の無資格・無免許の者がこれら侵襲性の処置を行った場合は、医師
>法違反で逮捕されることになる(自己採血や糖尿病患者のインスリン自己投与などは
>除く)。


http://ja.wikipedia.org/wiki/理容師
>中世の欧米諸国では理容師は外科的処置を行う外科医、歯科医師でもあった。その
>頃医学は内科学主流とされていたため、怪我の処置や四肢の切断等に至るまで、
>理容師がこれを行っていた。「瀉血(血抜き)」、吸角法、ヒル療法、浣腸、抜歯を行っ
>た。その為、彼らは「barber surgeon(理髪・外科医)」と呼ばれ、1094年に最初の組
>合を作った。
>理容師は1462年に、エドワード4世 (イングランド王)により、ギルド(職業組合)として
>法定化され、外科医はその30年後にギルドが出来たが、1540年にヘンリー8世によ
>り"The United Barber Surgeons Company"(理髪・外科医組合)として成された。
>〈略〉ジョージ1世時の1745年、外科医は理容と分けることが法定された。


http://www.riyo.or.jp/library/riyo_history.html
>理容の歴史
>記録によれば、理容はエジプトから始まり、ギリシア時代にヨーロッパで理容業が
>スタートしました。当時の理容師は外科医を兼ねていましたが、各国における理容師
>の歴史を調べてみても、ローマのように外科医と理容師は同一の職業でした。
〈略〉
>腕を切開して噴出させた血液を、理容外科医が、金属製の皿で受けている。 後に
>フランスの理容店の看板の基になったとされている。


http://dentaltoday.blog122.fc2.com/blog-entry-44.html
>16世紀のフランスにおける歯科医療は,主に理髪外科医によって行われた.しかし簡
>単な抜歯は,しばしばその使用人か,無資格の歯科医術者が行ったといわれる.この
>時代の歯科医術はその大部分が理髪師,または社会的に地位の低い歯科医術者に
>よって行われていた.
>また,エジプトやローマの古い記録によると,外科医は内科医よりも一段と低い職業と
>見なされ,紀元前5世紀頃から理髪師が手先の器用さから,簡単な外科手術や抜歯
>などの歯科手術を行っていたといわれる.
>理髪師の抜歯は,古代ローマだけでなく,中世にはヨーロッパやアラビア人の間にも
>広がり,外科手術を行う理髪外科医(Barber-Surgeon)という職業がほぼ確立し,そ
>の理髪外科医が行っていた.フランスでは1745年までこの制度が存続した.それ以
>後は理髪師は彼ら自身の同業組合を創立するために,理髪外科医の組合から分か
>れた.
>理髪外科医の社会的地位は外科医の下の階級であった.しかし,理髪外科医は歯科
>医術の発展に重要で,有利な職業的地位を占め,大部分の国々では特定の小手術
>を行う特権が与えられていた.
>理髪師の仕事と外科医の仕事が専門職としてはっきりと区別されるようになったの
>は,ルイ15世(Louis XV,在位1715~1775年)の時代の1745年からで,またこの時
>はじめて内科医と外科医とは対等にみられるようになった.内科医,外科医,理髪外
>科医はそれぞれ歯科医業の進歩に貢献した.他に,技能のすぐれた職人である歯科
>技工士によって歯科補綴と技工が発達した.


http://dentaltoday.blog122.fc2.com/blog-entry-50.html
>フランスの外科医アンブロワーズ・パレ(Ambroise Pare,1510~1590)は,理髪師の
>徒弟から身を興し,国王の侍医頭に任じられ,近代の外科学を確立した.パレは豊か
>な解剖学の知識を応用して外科手術法に改良を加え,外科学の基礎を固めた.そし
>てパレは,外科が,それまでは身分の低い理髪師の仕事とされていたのを一躍,内
>科と並ぶ地位にまで高め,近世外科学の父と呼ばれるようになった.彼の貢献は外
>科学だけでなく,内科学,産科学,そして歯科学にも及んでいる.


その他参考 URL:
- http://www.fukai-net.jp/dental/column/c05.html
- http://www.riyo.or.jp/library/etc_rekisi_03_01.html
- http://www.riyo.or.jp/library/etc_rekisi_03_02.html

追記: 「米」をいれてよいかどうか不明なので、「欧米諸国」を「西欧諸国」に変更。


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Comment

>一筆啓上しますさん
ああ、そのようなことだったのですか。<ヤラセ
了解しました、ご指摘ありがとうございます。
トンデモない一行知識 |  2010年02月01日(月) 10:04 |  URL |  【コメント編集】

●それは誤認です

>もっともBIGLOBとOKWaveは質問者と回答者が同じみたいなのでやらせでしょうが

 BIGLOBE・OKwaveをはじめとする質問回答サイトは、たがいに提携しているため、まったく同じデータを共有しているそうです。

http://www.okwave.co.jp/news/press_log/2008/0402.html
>NTTレゾナント(教えて!goo)、マイクロソフト(MSN相談箱)、楽天インフォシーク(みんなで解決!Q&A)等のポータルサイトや、トレンドマイクロ等のサポート部門等、50サイト以上のパートナーサイト網を構築。

なので、やらせではないと思われます。
一筆啓上します |  2010年02月01日(月) 04:57 |  URL |  【コメント編集】

●ヒルにヨルかもしれませんが

http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa937725.html

何か懐かしい名前がありますね……

>アーユルヴェーダでヒルに血を吸わせて治療する文献を読んだ事があります。
>▼青山 圭秀 (著)
>理性のゆらぎ―科学と知識のさらなる内側
>にもインドのアーユルヴェーダによるヒルによる治療の事がかかれていました。

いや別に理性をゆらがしたいと思わないですから、って感じ。
「アーユルヴェーダ」で思い出しましたが、そういえば吸血蛭って、健康アイテムっていうより美容アイテムという方が、まだわかるような気もします。
トンデモない一行知識 |  2010年01月31日(日) 17:55 |  URL |  【コメント編集】

●恐怖!吸血蛭のなんとかかんとか

この辺を見ると、ちょっとマジですか?という感じですね。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1312470753
http://okwave.jp/qa/q937725.html
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa937725.html

(もっともBIGLOBとOKWaveは質問者と回答者が同じみたいなのでやらせでしょうが)
うさぎ林檎 |  2010年01月31日(日) 16:47 |  URL |  【コメント編集】

●瀉血

>うさぎ林檎さん
>この瀉血なんて乱暴な医療の弊害故にて生まれたのが、ハーネマンの
>ホメオパシーな訳です。

( ・∀・)つ〃∩ヘェーヘェーヘェー

そういえばB級ホラー漫画でも、瀉血してたら死んじゃったとか、瀉血のふりして殺しちゃったというパターンは、たまに目にしたりします。

で、ふとググったら、瀉血って今の日本でも、結構 (?) おこなわれていたりするみたいですね。

http://web.sc.itc.keio.ac.jp/medicine/hepatology/info/04.html
>C型慢性肝炎の治療の一つに瀉血があります。〈略〉瀉血により
>ヘモグロビンを少なくすると、肝臓に溜まっていた鉄が新たな赤血球を
>作るために肝臓から抜け出て行きます。このようにして肝臓の鉄が減り、
>肝細胞の破壊が軽減すると言われています。また、瀉血により血中の
>ウイルス量も減るとする研究者もいます。

こういうの↑はよいとして、こういうの↓をみると、ちょっと怖くなります。

http://www.drmakise.com/shaketsu/index.html
トンデモない一行知識 |  2010年01月31日(日) 12:30 |  URL |  【コメント編集】

●サインポール

>うさぎ林檎さん
>理髪店の看板の色の話

サインポールのことでしたら、唐沢俊一はなぜか、この『地上最強のムダ知識』ではいっさいふれていないのですよ。

他のサイトでは別なことが書いてあるかもですが、とりあえず全理連のページから。
……って、このサイトの中だけでも、1540 年のメヤーナ・キールの理容師旗揚げと、1745 年の「理容師のユニオン(組合)と外科医のユニオンが分裂した際に」と、2 種類書かれているような。

http://www.riyo.or.jp/library/goods_history.html
>パリの外科医メヤーナ・キールが、赤・白・青のサインポールをかかげ、
>理容師として旗揚げする。
> 瀉血(しゃけつ)の時に使われた赤い棒と包帯は、軒先に吊して
>干されていたが、風によって螺旋状に巻きつき、赤白のサインポールに
>なったと言われている。

http://www.riyo.or.jp/library/etc_rekisi_03_02.html
>ところが、それまでは理容師が外科医を兼ねていたところに、今度は
>医師の中から理容師になる人が現れました。
>その人は、パリの医師、メヤーナキールで、1540年に理容師として
>デビューしました。その上、彼の門下生である医師が続々と参入して、
>理容外科医はここに全盛期を迎えるに至ったのです。
>なお、メヤーナキールは、現在でも近代理容業の祖といわれています。

http://www.riyo.or.jp/library/etc_rekisi_01_01.html
>後に、1745年にイギリスで、理容師のユニオン(組合)と外科医の
>ユニオンが分裂した際に、外科医は赤白に、理容師は青を加えることが
>定められたため、理容店の看板が今日の赤・白・青の3色になったと
>いわれています。
>この他にも、ナポレオンが最終的敗北を被ったワーテルローの戦い
>(1815)の際、野戦病院の入口にフランス国旗を旗棒に巻き付けて
>おいたものが、そのはじまりとする説もありますが、年代的にみて
>「瀉血棒説」の方が確実で信憑性の高いものであるようです。

http://www.riyo.or.jp/library/goods_history.html
>理容師と外科医の分裂により、理容師は青白、外科医は赤白に塗る
>よう定められた。
>サインポールの頭についている「玉」は、かつて理容店の看板に
>使われていた皿やコップ、壺などが変化して「玉」になったとされている。
トンデモない一行知識 |  2010年01月31日(日) 12:20 |  URL |  【コメント編集】

●ぐーるぐる

理髪店の看板の色の話なんて有名な豆知識もありますね。
この瀉血なんて乱暴な医療の弊害故にて生まれたのが、ハーネマンのホメオパシーな訳です。
理髪店はその後正しく発展したのに対し、人を助けようとして生まれたホメオパシーが進んだその後の道を考えると皮肉なものです。
うさぎ林檎 |  2010年01月31日(日) 09:00 |  URL |  【コメント編集】

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