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2010.01.26 (Tue)

黙して語らざるには忍びないから憤怒を籍りて書くのである (by 徳南晴一郎)

裏モノ日記 2010年 01月 23日(土曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20100123174456.html

帰宅、1時半就寝。徳南晴一郎氏死去の報あり。
その人生の、世の中というもの、運命というものへの親和力のなさは
自伝『孤客』にあきらかで、異常な読後感のあったことを思い出す。
孤客とは誰がつけた書名が知らないが、まことに実をついた
タイトルであるなあ、と読んでため息をついたものであった。
晩年に意外な評価を受けたことは徳南氏にとってどういう
意味があったのか。他者の伺い知られることではないと思うが、
今は慎んで黙祷を捧げたい。

http://megalodon.jp/2010-0126-0107-29/www.tobunken.com/diary/diary20100123174456.html

×誰がつけた書名が知らないが ○誰がつけた書名か知らないが

2ちゃんねるのスレには、「でも”実をつく”って表現、初めて聞いたぞ」という突っ込みも
(Read More 参照)。確かに「"実をついた"」と二重引用符つきでググった結果 7 件を
みると、これも違うんじゃないかという気がする。

しかし、唐沢俊一のこの日記は、余計なことをあまり書いていないのはよいとして、必要
なことまで省略してしまっているような。徳南晴一郎が実際には昨年 2009年 12月 24日
に亡くなっていたという話も、彼がかつて貸本漫画家であったこと、『怪談 人間時計』等
の作品でカルトな人気を博していたこと、そして唐沢俊一著の小説『血で描く』と『怪談
人間時計』のつながりも、日記ではいっさい語られないままである。

どうしてそこでもっと凝ろうとしないのか<『血で描く』」のエントリーをあわせて参照して
いただきたいのだけど、『血で描く』の出た当時、SF マガジンで、「『怪談人間時計』の
徳南晴一郎をモデルにしたと思しい貸本テイストだが、作中の仕掛けも含めて今ひとつ
徹し切れておらず残念」と評されている。そのエントリーのコメント欄には、以下のように
書き込んでくれた人もいたけど:

http://tondemonai2.web.fc2.com/684.html
>2008/9/30 17:47
>投稿者:岡田K一
>徳南晴一郎には「孤客」という、ものすごいテンションの高い「孤独な魂の叫び」系の
>読者を圧倒する「自伝」があるのですが・・。唐沢は読んでいるのでしょうか・・。
>あの本を読んでいれば、この人をモデルに、しゃらくさい「仕掛けの小説」なんて、書こ
>うとは普通は思わないもんですが・・。
>それこそ、徳南ばりに、「孤独なオタク少年(青年)だった自分」を描いた小説を書け
>ば、それなりの作品になったでしょうに・・。


今回の唐沢俊一の日記で、「唐沢は読んでいるのでしょうか・・」の答えはえられたという
ことになるだろうか。

また、SFマガジンの「徳南晴一郎をモデル」うんぬんも、『血で描く』の漫画の部分を
担当した河井克夫のツイートにより、傍からそう見えるというだけではなく製作者側も
明確に意識していたことが裏づけられた感じ。

http://twitter.com/osuwari/status/8113347364
>唐沢俊一さんとの「血で描く」で徳南絵柄に挑戦しようとしたが難しかった。ていうかあ
>の世界は絵じゃないかんじ。ご冥福をお祈りします。RT @KandaMori 徳南晴一郎さん
>死去 - 長谷邦夫の日記 http://ff.im/eIh3Q

12:14 AM Jan 24th from TwitBird iPhone KandaMori

「絵」もかなり重要だと思うんだけど、まあおいといて。上記のツイートは、下記に引用の
「長谷邦夫の日記」が元情報となっている (ついでに、この日記がもとになっている様々
なツイートを、http://togetter.com/li/4063 に集めてみたので、そちらもよろしく)。

http://d.hatena.ne.jp/nagatani/20100123
>2010-01-23 徳南晴一郎さん死去
>★昨年の12月24日に亡くなられてしまったとの知らせがあった。
>元曙出版の宮川氏に、名古屋にお住まいの親族から便りがあったとのことです。
>合掌。
>★★ぼくは彼の貸本単行本作品のアシストを、たった一晩、徹夜でやった
>ことがあります。
>版元社長が「遅れているので、仕上げを手伝ってやってくれ」ということで
>雑司ヶ谷墓地そばにある、彼の下宿部屋へ行ったのです。
>彼は、小野寺章太郎(石ノ森)の組織した「東日本漫画研究会」のメンバー。
>ぼくもその同人だったことがあるんです。
>同人誌「墨汁一滴」ですね。


上でいう「彼の貸本単行本作品」は、「雑司ヶ谷墓地そばにある、彼の下宿部屋」とある
ことから、徳南晴一郎がまだ手塚治虫風の絵を描いていた頃のマンガと思われる。

『孤客』 P.17
> 鬼子母神前「並木ハウス」から都電の線路に沿って雑司ヶ谷墓地への坂を昇りつめ
>ると左手に木造の異人館が現われる。その北側、雑司が谷四丁目、藤井宗一郎氏宅
>に引っ越した。


『孤客』 P.20
> やがて曙出版からB六判丸背、カバー巻きの単行本『怪猫雪姫』『怪猫紅行燈』
>なる化猫漫画を出版することができた。
> 鬼子母神前から坂を登り雑司ヶ谷に寓居を構えたがまた坂を降って早稲田に引き
>移った。新宿区戸塚町一丁目、山口彰氏のアパート二階、三畳一間、半畳の釣押入
>れ付き。


http://ja.wikipedia.org/wiki/徳南晴一郎
>1957年10月に上京。雑司が谷にあった手塚治虫の住居"並木ハウス"に居候してい
>たこともある。緒方知三郎を訪ねたものの年齢を理由に治療不可能なることを告げら
>れ、落胆する。原稿の売込にも失敗したため前途に絶望。手塚家を出て雑司が谷の
>別の下宿に移ってからガス自殺を図ったが、大家が元栓を締めていたため未遂に終
>わる。
>その後、曙出版で原稿の売込に成功し、同社から『怪猫雪姫』『怪猫紅行燈』『忍法
>無惨帖』などを上梓。同じ時期に早稲田へ転居。このころ、曙出版専属漫画家の親睦
>会「+画人会」(ぷらすがじんかい)のメンバーに長谷邦夫、川田漫一、ヒモトタロウ、
>江戸川清、鈴原研一郎らがいた。


『怪談 人間時計』 P.228 ~ P.229
>徳南作品をもっと知りたい人へ 宇田川岳夫
> 徳南晴一郎のマンガ家としての活動は、一九五五年から六三年までの八年間で
>ある。この短い期間に彼の作風は四度変化している。〈略〉
> 第一期は五五年から五九年まで。大阪の東光堂からデビュー作『あらしの剣』を
>発表し、その後各社から手塚治虫的な絵柄の時代劇物(例『笑狂四郎捕物控』三島
>書店)を発表した末に曙出版に活動の場を定めるまでの、マンガ家・徳南晴一郎に
>とって幼年期とも言うべき時期である。この時期の彼の作風は、何の変哲もない児童
>向け貸本マンガと言うべきものであり、古書的価値はないと思われるが、化け猫を
>扱った怪談物(『化猫』シリーズ、曙出版や作品中の謎を解くうえで猫が大きな鍵を
>握っているもの『笑狂四郎捕物控』が多く、後年の作品『猫の喪服』への影響を考える
>うえで興味深い。
〈略〉
> 第三期は六二年七月から九月まで。一連のシュールな作品、『化猫の月』『人間
>時計』『猫の喪服』等を何かにとりつかれたかのように連発した時期である。〈略〉
>『人間時計』『猫の喪服』は不条理に満ちたストーリー、表現主義的な描写、作者の
>SF小説に関する当時としては非常に深い造詣がうかがえるなど実験的作品の性格
>が強い。



で、唐沢俊一の日記の記述についての話に戻すと、裏モノ日記の「晩年に意外な評価を
受けた」の「晩年」に、多少引っかかりをおぼえたりする。(「意外な」にも引っかかるもの
はあるが、おいとくとして)。

太田出版が『怪談 人間時計』を復刻 (『怪談 猫の喪服』も同書に収録) したのが 1996 年、
徳南晴一郎の自伝である『孤客』が 1998 年。徳南晴一郎の亡くなった 2009 年の
10 年以上も前のこととなる。

さらに、1980 年前後に、『怪談 人間時計』の限定復刻、一部の雑誌で取り上げられたり
もしているので、後年の再評価を「晩年」のもののみにする記述には違和感がある、と
いうことで。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1413082689
>ばん‐ねん【晩年】一生の終わりに近い時期。
>年老いてからの時期。何歳とかは分かりません。
>英語だと、最後の数年ですね。
>晩年に late in life; 《フォーマル》 in one's last [closing] years.


http://ja.wikipedia.org/wiki/徳南晴一郎
>徳南 晴一郎(とくなん せいいちろう、男性、1934年6月1日 - 2009年12月24日)は、
>日本の漫画家。大阪市北区南森町に生まれる。現在は大阪在住。本来の読み方は
>「とくなん」だが、戦時中「国難」と掛けて学校でさんざん虐められた悲惨な思い出もあ
>り、また「十苦難」と意味が重なるのを避けるため、30歳のとき「とくなみ」と改めた。
〈略〉
>永らく忘れられた漫画家だったが、1979年に『怪談 人間時計』が限定450部復刻さ
>れる。後年、一部の漫画マニアに評価をうけ、著作は10万円以上のプレミアがつくほ
>どのカルト的人気を得、1990年代以降、太田出版から続々と旧作が復刊された。
>趣味は読書と漢詩とクラシック音楽鑑賞。夏目漱石や永井荷風を愛読し、ベートー
>ヴェンを崇拝している。
>著書に、特異な自伝『孤客』(太田出版、1998年)がある。


http://www.amazon.co.jp/dp/4872333136
>怪談人間時計 (QJマンガ選書) (単行本)
〈略〉
>出版社: 太田出版 (1996/11)


http://www.amazon.co.jp/dp/487233387X
>「こんな呪われた人間には、なるたけ近づかん方が良い」異端の貸本漫画家・徳南晴
>一郎の呪われた自伝が、ついに刊行!!近年再評価の高まる怪作「怪談・人間時計」は
>どのようにして生み出されたのか?侏儒病という「生涯における罰課」の意味を問い、
>苦役としか言いようのない凶星の生涯を告白する。青春マンガ自選集「ひるぜんの曲」
>で紹介し波紋を呼んだ原稿「凶星の漫画家」も併録。20世紀最後の奇書。
〈略〉
>出版社: 太田出版 (1998/03)

『怪談 人間時計』 P.224
>こうしてボクが『人間時計』を紹介した 山崎春美
〈略〉
> ところで「HEAVEN」8号でお披露目した、徳南晴一郎の『怪談・人間時計』を憶えて
>くれているだろうか。実は、あの時点で既に、早稲田の「現代マンガ図書館」にて件の
>「人間時計」だけが、ひっそりと復刊されていたらしい。

(以上、1982 年にフォトジェニカ掲載の「アングラ・コミックス秘話」からの抜粋とのこと)。


さて、『孤客』の解説を書いた宮川義道 (元・曙出版編集長) によると、この本が出版
された 12 年前の寅年、徳南晴一郎から「新しき年と『虎視誕誕』重ねておめでとう
ございます。今回の機縁を大切に交友を暖め度いと願っております。よろしく!」との
賀状が届き、その裏には徳南の「油絵『聖の極みなる告知の処女が』が、力強い筆致
と色彩で描かれて」いたという。(「虎視誕誕」は孫が続々誕生する予定の宮川義道が
「虎視眈眈」をもじって賀状に書いた言葉)。

徳南晴一郎は晩年、油絵を描き続けていただろうか、『孤客』の最後の方に書いていた
「漢検」一級は取得できただろうか、安らかに日々をすごせていたならよいなあと思う。


More...

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1264084003/
-------
297 :無名草子さん:2010/01/25(月) 21:09:31
前半が適切かどうかはわからないが、めずらしく後半は問題無さげかと

でも”実をつく”って表現、初めて聞いたぞ


帰宅、1時半就寝。徳南晴一郎氏死去の報あり。
その人生の、世の中というもの、運命というものへの親和力のなさは
自伝『孤客』にあきらかで、異常な読後感のあったことを思い出す。
孤客とは誰がつけた書名が知らないが、まことに実をついた
タイトルであるなあ、と読んでため息をついたものであった。
晩年に意外な評価を受けたことは徳南氏にとってどういう
意味があったのか。他者の伺い知られることではないと思うが、
今は慎んで黙祷を捧げたい。

298 :無名草子さん:2010/01/25(月) 21:40:21
>今は慎んで黙祷を捧げたい。

最近追討文が叩かれている事に相当敏感になってるね唐沢。
最後だけ丁重にすればいいんだろ、という程度の発想だけどw

303 :無名草子さん:2010/01/25(月) 23:50:09
>>297,298
徳南晴一郎って「血で描く」に登場する漫画家のモデルだったよね。
それも酷くネガティブな方向で。

小説のモデルに使った人物なのにあっさりし過ぎじゃないか?
ファンに見つかって更なる非難にあうのが怖かったとか、なにか理由が
あるんじゃないかな。

逆にいい人として書いていたんだったら必ず日記で触れたはず。
〆は「これを残せたのがせめてもの救い」で。

305 :無名草子さん:2010/01/26(火) 00:07:44
でも徳南晴一郎については変に何も書いて欲しくないね
「知ったか」につきあってらんないよ

314 :無名草子さん:2010/01/26(火) 09:05:11
長谷邦夫の日記
2010-01-23 徳南晴一郎さん死去
http://d.hatena.ne.jp/nagatani/20100123
>★昨年の12月24日に亡くなられてしまったとの知らせがあった。
>元曙出版の宮川氏に、名古屋にお住まいの親族から便りがあったとのことです。合掌。
>★★ぼくは彼の貸本単行本作品のアシストを、たった一晩、徹夜でやった
>ことがあります。
>版元社長が「遅れているので、仕上げを手伝ってやってくれ」ということで
>雑司ヶ谷墓地そばにある、彼の下宿部屋へ行ったのです。
>彼は、小野寺章太郎(石ノ森)の組織した「東日本漫画研究会」のメンバー。
>ぼくもその同人だったことがあるんです。
>同人誌「墨汁一滴」ですね。

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