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2009.12.29 (Tue)

バンザイをして走るって、何だかちょっとエライコッチャ

『史上最強のムダ知識』 P.176 (表題)

江戸時代まで、日本人は同じ方の手足を出して歩いていた。


『史上最強のムダ知識』 P.177

 俗に「ナンバ」といわれる歩法。
 和服の帯が緩みやすかったり、武士の場合は腰に下げた刀が邪魔に
なる、といった理由で、今のように互い違いの手足を出す歩き方はしな
かった。
 なお、この歩き方では、走る時にうまく腕が振り出せないため、災害
などで走る時には、バンザイをして走っていたという。
 もっとも、手を挙げたスタイルで走っても、さほど早くは走れないが、
そもそも、太平の時代であった江戸時代には、人々は基本的に「走る」
ということに不慣れであった。
 「走る」ことは、飛脚や駕篭屋などの専門職に伝えられていた「特殊
技術」だったのである。


『古武術の発見』という本に載っている、甲野善紀の言説がネタ元と思われる。唐沢
俊一らしいというか、この『史上最強のムダ知識』の中には、参考文献の記述は全然
ないけど。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334060714
>古武術の発見―日本人にとって「身体」とは何か (カッパ・サイエンス) (新書)養老
>孟司 (著), 甲野 善紀 (著)


http://haluhico.exblog.jp/4936736/
>例えば、「走る」という動作は江戸時代以前では"特殊能力"であって、一般庶民は速
>く走ることができなかったという(cf.「古武術の発見」P.78)。古い絵を見ると火事
噴火といった非常時に逃げまどう際も、当時の庶民は両手を前や上に掲げて(火事の
>図の真ん中あたりが特に顕著)逃げていることが分かる。両腕を振って(=身体をねじっ
>て)走るという動作は明治維新以降、西洋式の軍事教練を通じて日本人にもたらされ
>たと甲野氏は言う。それがいわゆる「ためない、ねじらない、うねらない」の三原則に
>通じている。


http://photo-collage.jp/gensougarou/gall/gall/64.html
>『古武術の発見』という本の中で、解剖学者の養老孟司と武術研究家の甲野善紀が
>武術について対談をしています。武術に関して門外漢の私は、ページをめくるたび
>に、知らないことばかりで驚いたのですが、一番びっくりしたのが、「昔の日本人は走
>れなかった」ということ。
>甲野氏によると昔の一般の日本人は、腕と足を互い違いに振って「走る」ということが
>できなかったそうなのです。腕を振って走るとしても、右手と右手、左手と左手が一緒
>に出てしまうのです。江戸時代に走ることができたのは、武士や忍者、飛脚、猟師な
>ど特殊な職業の人だけ。昔の戦乱絵巻など見ても、逃げまどう人々は腕を上に上げ
>てあたふたとしているだけで、現代人のように腕を振って走っている人はいないという
>ことです。


問題は、甲野善紀の説が万人に認められているとはいえないこと (後述) と、唐沢俊一
の劣化コピー癖のせいか、わけのわからない文章になってしまっていることだ。

仮に江戸時代の人々が「災害などで走る時には、バンザイをして走っていたという」のが
本当だったとしても、甲野善紀の説をとるならば、その理由を「この歩き方では、走る時
にうまく腕が振り出せないため」にすることにはできない。

「右手と右足、左手と左足を同時に出す」走り方 (ナンバ走り) で、江戸時代の飛脚など
――唐沢俊一が上でいう「専門職」――は、「1日に数十km、場合によって100km以上を
走ることが出来た」とされているのだから。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ナンバ走り
>日本の江戸時代飛脚の走り方といわれており、これにより飛脚は1日に数十km、場合
>によって100km以上を走ることが出来たとされるが、その走法は失伝しているためそ
>の真偽は不明である。
>ナンバ走りの走り方の基本は「右手と右足、左手と左足を同時に出す」ところである
>が、飛脚の走り方は当然映像などは残っていないため推測することしかできず、実際
>に飛脚がそのように走っていたのかについては見解が分かれている。


そもそも唐沢俊一は最初の方で、「俗に『ナンバ』といわれる歩法」と書いていたりもする
が、「歩法」とかいって「ナンバ」を歩き方に限定し、走り方ではないように書いていること
からして、おかしな話ともいえるのだ。

ナンバ走りというものがなかったと仮定したらしたで、今度は飛脚などの専門職はどの
ような走り方をしていたのかが謎になってしまう。

唐沢俊一によると、江戸時代の人が「今のように互い違いの手足を出す歩き方はしな
かった」理由は、「和服の帯が緩みやすかったり、武士の場合は腰に下げた刀が邪魔に
なる」ためだそうなので、同じ理由で「互い違いの手足を出す」走り方もできないはず。
同じく唐沢俊一によると、当時の普通の人々のように「手を挙げたスタイルで走っても、
さほど早くは走れない」とのことなので、それも違うということになる。

そして、唐沢俊一のいう「災害などで走る時には、バンザイをして走っていた」は、少し
どうかなあと思う。先に引用した http://haluhico.exblog.jp/4936736/ のブログの人が
紹介している火事の図 (http://www.lib.isics.u-tokyo.ac.jp/ono/0352112.jpg) や噴火
の図 (http://www.lib.isics.u-tokyo.ac.jp/ono/0354007.jpg) を見ると、「両手を前や
上に掲げて」と書いているだけあって、手を「前」に出しながら逃げている人が多い。
手を上に上げている人はいても、「バンザイをして走って」といえるほど、真っすぐ上に
手を伸ばして走っている人は見あたらない。

そうでなくても、逃げ惑う人々のポーズは絵画的表現というものではないか、手を上に
あげているのは、上から降ってくるものを警戒してのことではないかという疑問もわくし。


また、唐沢俊一は「『走る』ことは、飛脚や駕篭屋などの専門職に伝えられていた『特殊
技術』だった」と書いているけど、武士はその特殊技術を身につけていたのかどうかが、
唐沢俊一の文章ではよくわからない。いくら「太平の時代であった」とはいっても、捕物帳
などのイメージでは、ときに走ることも必要となりそうだし、かといって走る「専門職」とは
いえないだろうし。

http://photo-collage.jp/gensougarou/gall/gall/64.html の人のように、「江戸時代に
走ることができたのは、武士や忍者、飛脚、猟師など特殊な職業の人」というまとめ方を
してくれていれば、このようなことに悩まなくてすんだのだけど……。


で、個人的には、「和服の帯が緩みやすかったり、武士の場合は腰に下げた刀が邪魔
になる」を理由としてあげられても、釈然としないものが残るのだが、それについては、
Wikipedia でも言及されている通りという感じで。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ナンバ走り
>しかし、様々な剣やサーベルを提げた兵士や、農作業者、行商は西欧にも存在する
>ため、それをもって日本人の歩行が西欧人と根本的に全く異なるものであったという
>根拠にはならない、という意見もある。
〈略〉
>なお、映画が発明された後大正以降の撮影された映像や写真ではすでに「ナンバ」で
>はない歩行をしている。現代の時代劇や大河ドラマにおいても、狂言師や歌舞伎役者
>などを除けば、俳優の所作は一般的に西欧式のものであり「ナンバ」ではない。これ
>は逆に言えば、大小の日本刀を差し、和服を着ていても手と足を逆に出して歩くこと
>は難しくないことを示しており、刀と和服を根拠としたナンバ論に疑問をもたらす原因と
>もなっている。


とはいえ、唐沢俊一流の劣化コピー版の「ナンバ」の説明でなく、引用元は何かをきちん
と明記しているものだったら、何か間違っているとは感じないですんだはず。


関連 (?) ガセビア:
「万歳三唱令」ってのは偽書だし、「かなり奇妙な万歳ポーズ」ですよ唐沢俊一先生

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Comment

●ミスユニバースと有名デザイナーが組んで放った渾身のネタ?

>金平糖さん
本当にあの裾の位置は何とかならんかと思いますよね。「単に取って付けただけ」な感じというのは激しく同意です。

>その上で前全開でパンツ丸見えなら文句はない。

その手があったかと思いました。それだったら、よかったのに……。

あと、見慣れているか見慣れていないかの問題かもしれませんが、大振袖でミニ丈というのもキツいかなと思いました。

ミニ浴衣にしても、ドロロンえん魔くんの雪子姫にしても、袖をあんなに長くしていないですし。

着物でなく洋服でも、背面だけはロング丈にするとかしないとバランス的に「?」じゃないかなと思ったり。まあ、誰もあまり見たことのないものにしたかったのかもしれませんが。
トンデモない一行知識 |  2010年01月03日(日) 09:15 |  URL |  【コメント編集】

唐沢氏は落語の時も洋服だった気がしますが、気のせいかも。

ミス・ユニバースの衣装に関しては私もダメダメだと思ってます。
裾をあの位置で水平で切ったらツーピースの上とパンツの下をあわせるようなもので単にちぐはぐになるだけです。
どうしても裾をあそこで切りたいなら下半身はすっぽんぽんとか
ふんどしとかにするべきなんです。
パンツとガーダーベルトと組み合わせたいなら
裾はパンツの位置まで下げなきゃいけない。
その上で前全開でパンツ丸見えなら文句はない。
裾をあの位置で水平に切っては、単に取って付けただけになってしまう。
大事なのは融合なんだから混ぜてやらないと

あれだけの文句が出たのはひとえにカッコ悪いからだと思います。
たとえパンツ丸出しでも、カッコよければあそこまでは批判されなかったはず。

パンツを見せるってのはコンセプトでしかないわけですよ。
どうパンツを見せるかってのがデザインなわけで、
細工なしにただ見せるだけで、デザインですなんてよく恥ずかしくないな
と思ってしまうわけです。
まあ、口に出して言ったりはしませんがね。
金平糖 |  2010年01月03日(日) 00:23 |  URL |  【コメント編集】

●唐沢俊一先生の和服姿募集

遅ればせながら、着物の紐についての説明、ありがとうございました。>金平糖さん、NNT さん

和服を全然着ない人間なんてこんなもの、ということでご容赦を。(_ _);

帯を上の方に締めるのは、特に若い人の場合、和装でも足を長く見せたがるから――という話は、昔聞いたことがあります。ローライズの台頭以前の話なので、今はまた違っていそうですが。

で、

>唐沢氏は着物をきっちり上手に着たことないんだろうなって改めて思いました。

を見て、まあでも、落語のときなんかはプロの着付けの人に着せてもらっているんじゃないかとか思って捜してみたら、結構見つからないものなのですね<唐沢俊一の着物姿

岡田斗司夫の着物姿の方がヒットしたり。唐沢俊一でググったのに……。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1021220.html

日記には、こういうこと↓を書いていたり。

http://www.tobunken.com/diary/diary20061115173018.html
>岡田さんが例により独断的な落語の定義をつけるが、落語の本質が“着物を
>着て座布団の上でしゃべる”ことであって、“内容は何であっても、その形
>(コスプレ)で演じれば落語”というのは、案外本職の落語家たちも思って
>いることで、本人が思っているほど暴論ではないのではないか。新作派の
>噺家にとり、
>「なぜ“現代”を紋付袴で演じなければならないか」
>は一度は悩んで、そして“これが落語というものだからだ”と諦めるか、
>または開き直るか、考えるのをやめるかする問題だが、私に言わせれば、
>あれは衣装を着た独り芝居では絶対できない、複数の人間を演じ分ける、
>という落語の特性に適合した、ニュートラルな“誰でもない”衣装、である。

>いま、誰も着ていない服装だからこそ、イメージでどんな服を着た人物にも、
>人間以外のもの(動物とか物体とか)にもなれる。ネクタイに背広では、
>サラリーマンしか演じられない。イッセー尾形もモロ師岡も、そのくびき
>からは逃れられない。落語が独り芝居を凌駕できる、実はキーが、落語を
>古い話芸に縛りつけている(と、一般に思われている)要因の、着物と
>座布団なのだ。

「いま、誰も着ていない服装だからこそ」と、さらっと書いているあたりに、うーむと思ってしまいました。
トンデモない一行知識 |  2010年01月02日(土) 22:26 |  URL |  【コメント編集】

●さすがにどうかと……

>こういう着物の事って、松沢呉一さんが詳しいなって思い出しました。

メモその 2:
http://www.pot.co.jp/matsukuro/20090729_054402493913179.html
>着物が活きた衣装として着られていた時代には、流行によって変化し続け、
>近代になって以降も、たったの10年程度で変化しています。
>これについてはかつて「マツワル」で長期にわたって論じたことがあり、
>帯とその位置、半襟、おはしょり、裾、髪型などなどを見ることで、写真の
>時代を同定することができます。そもそも私が着物の変化を調べ始めたのも、
>古い写真を一瞥して時代がわかるようにするためです。

その松沢呉一さんが、「たしかにこの着物はどうかと思いますが」と書いているのが、これ↓
http://www.zakzak.co.jp/gei/200907/g2009072804_all.html

奥ゆかしさや伝統の否定なんてチャチなものでは断じてない、もっと恐ろしいものの片鱗をみた感じがします。
トンデモない一行知識 |  2010年01月02日(土) 21:28 |  URL |  【コメント編集】

●ヤクザとファッションモデル

>やくざ歩きなどと言う教え方をする人もいます。

メモ:
http://wave.ap.teacup.com/hirafuji/54.html
>ちなみに「なんば歩き」の具体的なイメージは
>「ナンバ歩きを体感するには「ヤクザが両手をズボンのポケットに突っ込んで
>肩で風を切って歩く」と表現される歩き方がよい」(fnorioさんのサイト)と
>されています。

http://haikai.at.webry.info/200802/article_4.html
>ヤクザ屋さんが肩で風を切って歩く様子は、まさにナンバ歩きのイメージ
>ですが、実際のヤクザ屋さんは必ずしもナンバ歩きではないみたいですね。
>(⇒『YouTube』の検索で「ヤクザ」と入力すると、そのスジの人たちが
>映った動画が出ます)
>あと、普通の交錯型動きのまま、肩を怒らせてナンバ風に歩く人もいますね。
>チンピラさんの中なんかにいそうですが、意外にもファッションモデルの
>かたもこのタイプじゃないか、と思ったりしました。

下の URL の本文に書かれていることが、金平糖さんの書いていることに近いようにも思いました。
# ハズしていたら、すみません。

>僕はいまは、腕は自然に垂らしています。肘はごく軽くですが、脇を締める
>ようにしておいて、肘以下をぶら~んと自然のままにまかせています。
>そうやってナンバ歩きをしていると、右手右足になる場合が多いのはもちろん
>ですが、ときには両手が前にきていることもありますし、動きの加減では右手
>左足になっていることもあります。
>でも、それはもういちいち気にしなくなりました。
>肝心なのは、前に移した肩と足が同じ軸を作ってその軸に重心があること、
>だと思うからです。
トンデモない一行知識 |  2010年01月02日(土) 20:24 |  URL |  【コメント編集】

現代の男性の着付け
http://www.sgm.co.jp/kituke/05aeeiaeo/02_8/
帯を締める前に、腰紐、伊達締めを締めてます。

現代の女性の着付け
http://www.sgm.co.jp/kituke/01aeaeo/02aeeeeuoae/
http://www.sgm.co.jp/kituke/01aeaeo/03aeiaei/
帯の前に5本ほど、締めるものがあります。
女性は乳下がりに帯が来るようになっていますが、紐は腰で締めます。

夏の浴衣姿で着くずれているのを見ると、男女ともにウエストで帯を締めているのが多いように思います。
http://www.sgm.co.jp/kituke/03iaaaeo/04iaaiaeoe/
http://www.sgm.co.jp/kituke/05aeeiaeo/iaaiaeoeaoeeo/01_5/
浴衣でも、帯の前にきちんと紐で腰のあたりで締めています。

唐沢氏は着物をきっちり上手に着たことないんだろうなって改めて思いました。

こういう着物の事って、松沢呉一さんが詳しいなって思い出しました。
NNT |  2010年01月02日(土) 15:42 |  URL |  【コメント編集】

>ただまあ、今はウォーキング自体が独立したジャンル (?) になっている面もあるので、歩き方単独とし

これはあると思います。
ジョグやウォーキングにもいろいろやり方があるようですし
なんばの動きを取り入れようとすれば、何をどう取り入れるかに特徴が出てくると思います。

>率直に言って、このような主張のおかげで、ナンバと聞くと悪い意味で怪し気なイメージがつきまとうような……。

難しく考えすぎていたのかも知れないと思い始めています。
和服の着方を習えば同時に歩き方も教わると思います。
背筋を伸ばし、歩幅は大きすぎないよう、上半身はなるべく動かさない。
力を抜いてけだるげに雪駄を若干引きずるぐらいの気持ちで足を前にほうるようにとか、
やくざ歩きなどと言う教え方をする人もいます。

紐に関しては中に着る分の紐だと思います。
一般的な和服の着方としては、
下着を着る、襦袢を着る、腰紐で縛る、着物を着る、伊達帯で縛る、
角帯で縛る、羽織を着るになります。
なのでそうそう緩んだりはしないと言うことでしょう。

私は面倒くさがりなので、襦袢着る、着物着る、角帯締めるです。
まあ、普通に歩く分にはそうそう緩みません。
走ると緩んだりしますが、なんばだと走ってもそうそう緩まない感じです。
金平糖 |  2010年01月02日(土) 13:23 |  URL |  【コメント編集】

>金平糖さん
>基本的に、武術なり踊りなりの何かが伝承され
>その基本動作の1つとして歩き方があるわけで、

ああ、なるほど、と腑に落ちました。
ただまあ、今はウォーキング自体が独立したジャンル (?) になっている面もあるので、歩き方単独としての流派がいろいろ出てくるかなと思いました。(←特に根拠なし)

>> 和服の帯が緩みやすかったり、武士の場合は腰に下げた刀が邪魔に
>>なる、といった理由で、今のように互い違いの手足を出す歩き方はしなかった。

この箇所は、考えれば考えるほど気になってくるというか、引っかかりを覚えます。
率直に言って、このような主張のおかげで、ナンバと聞くと悪い意味で怪し気なイメージがつきまとうような……。
かえって説得力をなくしているような気がします。

>まあ、ここは別に唐沢氏の責任ではないでしょうが気になってしまった。

本文にも書きましたが、ネタ元を明記しなかったことにより、唐沢俊一の責任であるということになってしまっているかと思います。もっとも、ナンバ走りを原理的に否定するようなことも書いているので、ネタ元を明記したらしたで困ったことになっていたはず。

>NNTさん
>帯の前に紐の存在を忘れている気がします。

ここ↓でいう「帯揚げ」や「帯締め」に使われる帯紐のことでしょうか。
http://www.sgm.co.jp/kituke/06aeini/obi/
http://item.rakuten.co.jp/tenyou/c/0000000310/

たすきについても気になっています。よーし走るぞというときなどには、たすきを使っていたんじゃないかなあ、とか。
トンデモない一行知識 |  2010年01月02日(土) 12:12 |  URL |  【コメント編集】

本文よくよく読みなおすと

>和服の帯が緩みやすかったり

って、滅多にないんですけどね、着物着慣れてると。
現代人、昭和以降の感覚かなと。
ウエストだと緩むんだけど、着物は本来腰骨で着るものなんで、
よっぽどの事が無いと…ってか、
帯の前に紐の存在を忘れている気がします。
NNT |  2010年01月02日(土) 10:10 |  URL |  【コメント編集】

なんば歩きの流派と言うよりも伝承されたものによる違いだと思います。

歩き方が単独で伝承されると言うことはまずないと思います。
基本的に、武術なり踊りなりの何かが伝承され
その基本動作の1つとして歩き方があるわけで、
元になるものが違えば基本動作の詳細も変わると思います。

またどちらの手が前に出るかと言う点では、ゆっくり歩く分には決まってないと思います。
これは先にも書きましたが自然に揺らしている分には周期ずれが起きてくる関係で
普通に歩いてても手と足はずれたり入れ替わったりします。
どちらの手が前に来ているか意識すると動きがぎこちなくなったり
上手く歩けなくなったりするはずです。

走る練習をしていないと人間は走ったときにこけます。
速く走ろうとすればするほどこけやすくなります。
原因のひとつがこの周期ずれです。
西洋式の走り方にしろなんば走りにしろ結局はこの周期ずれを
起こさせないための技術なんだと思います。

> 和服の帯が緩みやすかったり、武士の場合は腰に下げた刀が邪魔に
>なる、といった理由で、今のように互い違いの手足を出す歩き方はしなかった。

これは完全に逆だと思うんですよね。
服の構造は和服のほうが簡単だし、似たような構造のものはどこでもあったと思うんですよね。
で、なんばが普通だと特に不自由がないのでそのまま発展し
腰をひねる歩き方だと不便なのでズボンのような洋服が発展したと
服に合わせて人間の行動が変わるとは考えにくいわけで
普通に考えれば人間に合わせて服が変化するだろうと、
まあ、ここは別に唐沢氏の責任ではないでしょうが気になってしまった。

「歩いてると帯が緩んで不便だ」ってなったら「帯が緩まないように歩き方を変えよう」じゃなくて「帯が緩みにくい服を作ろう」ってなるよね?
金平糖 |  2010年01月02日(土) 01:00 |  URL |  【コメント編集】

●あけましておめでとうございます

>金平糖さん
もしかして、「ナンバ歩き」と一言でいっても、複数の流派みたいなものがあり、それぞれ微妙に違っていたりすると考えればよいのでしょうか。

たとえば、先にコメント欄にリンクをはった上野敏文氏の
http://www.mizuno.jp/walking/namba/vol_1/index_2.html
と、甲野善紀氏の
http://www.youtube.com/watch?v=DC66NZj8pJ4
とは、ひねらないねじらないのは共通しているとしても、腰の落とし方が違うような気もします。

上野敏文氏の連続写真の方は、ものによっては前に出ている足と手が異なるものも混じっているようですし。

トンデモない一行知識 |  2010年01月01日(金) 00:50 |  URL |  【コメント編集】

●今年もお世話になりました (_ _)

>NNT さん
スキップは体育の時間でやった覚えはあるのですが、手の振りの指導があったかどうかは思い出せないです。2 人くらいずつ校庭をスキップさせて、タイムを測るわけでもなく、「はーい、もっと元気よく」とか合いの手 (?) をいれて終わりだったような……。

阿波踊り動画は、こういうのも↓
http://www.youtube.com/watch?v=eLcxmMwXk0A
http://www.youtube.com/watch?v=UWzUdzO1hh0
こういうのを見ていると、同じ側の手足をいっしょに出す、膝をまっすぐにしないというのは、日本人にとって「自然な」動きかもと思えてきたり。日常の動作と踊りの振りは、また別物といえるかもしれませんが。

>江戸、基準。さん
これ↓とかみると、走ることもあったようですね。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/images/4096813214/ref=dp_image_text_0?ie=UTF8&n=465392&s=books
トンデモない一行知識 |  2009年12月31日(木) 23:49 |  URL |  【コメント編集】

誤解を生まないように書く自身があまりないんですが
少なくとも私の実践している「なんば」では低速で歩行中では
右足と右腕を同時に出すような動きにはなりません。
傍から見る分には西洋式の歩行法と同じように足と手が交互に動いてます。
これは動きの時間差と実際に動かしてるのが肩ということからきます。

右足と同時に右腕を始動するのではなく、右足がすっと出て滑らかに繋がって右肩が前にでます。
右足前、右腕前、左足前、左足前を繰り返す感じです。
そして腕全体は力をいれずにだらんとたらし自然に振れるに任せます。
そうすると右肩が前に出て後ろに下がる際に振り子のように手の先が前に出ます。
このときには左足が前に出ようとしてますので、結果的に手と足は逆側が前に出るようになります。

速歩きや駆け足になると、肩肘手首全体の動きを意識しますので
右足と右腕が同時に前にでるように見えます。

なんばで重要なのはどちらの手が前に出ているかではなく腰をねじらないようにすることです。
基準となるのが骨盤で腰の右が前に出ると自然と腹の右が前に出て続いて胸の右が前に出る。
腰から上はゆらゆらと自然に揺れるようにすれば不要なねじりが発生せず負荷が減るわけです。

そして腰の動きが速くなると振動が起きると言うか、周波数が合わなくなるというか、
上半身のゆれが腰の動きについて来れなくなって肩が後ろに下がろうとするときに腰が前に出ようとして余分なねじりが加わります。
コレを防ぐために腕の動きをコントロールして足の動きに合わせてやるわけです。
金平糖 |  2009年12月31日(木) 23:07 |  URL |  【コメント編集】

子供も走らなかったんですかね。
江戸、基準。 |  2009年12月31日(木) 15:54 |  URL |  【コメント編集】

●ありゃ

意外とちゃんとした説明がされてないものなんですね>スキップ。
大人のスキップ動画や、体育のスキップ解説はナンバでないですが、
子供ちゃんのかわいいスキップ動画だと、やはり右足右手、左足左手
のナンバの動きです。
阿波踊りは確実にナンバの動きですね。
http://www.youtube.com/watch?v=DG73pJktSOs
NNT |  2009年12月31日(木) 13:03 |  URL |  【コメント編集】

>スキップはナンバの動きですので、

こういう感じでしょうか↓
http://www.youtube.com/watch?v=e3p-johnBWU
# 何か違うような気もしますが、可愛かったので…… ^_^;
## 「スキップ」で動画を捜すと意外と多い「スキップ・ビート」……

体育の時間に教えているような、こういう感じ↓ですかしら。
http://www1.ocn.ne.jp/~asobi/tankyori/sukip.htm
トンデモない一行知識 |  2009年12月30日(水) 23:20 |  URL |  【コメント編集】

●ナンバ歩きではないですが

大人に成ってからやるのは恥ずかしいですけど、
スキップはナンバの動きですので、
トレーニングに取り入れ安いかもしれません。
NNT |  2009年12月30日(水) 16:49 |  URL |  【コメント編集】

NNT さんも金平糖さんも実践組ですか。
マスターするのは難しいといわれているみたいだけど、いるところにはいる (?) ものなのですね。
http://www.mizuno.jp/walking/namba/vol_1/index_2.html
見ているとよさげに思えてくるのですが、ひねったりねじったりがいけないといわれても、そもそも普段の歩きの、ひねりやねじりについてがよく理解できていなかったりします。歩くって難しい……。
トンデモない一行知識 |  2009年12月30日(水) 11:14 |  URL |  【コメント編集】

●盆踊りとか

日舞とかも基本はナンバの動きですね。
無理をかけない安定した体重移動方法なのかなと、実践を通じて思いました。
NNT |  2009年12月30日(水) 00:56 |  URL |  【コメント編集】

>tsn さん
>若い人(高校生・大学生)でも10人に一人はなんば歩きをしてました。

意識したせいでぎくしゃくしたというのはあるにしても、「10人に一人」というのは意外と多いものですね。
……といいつつ、同じ立場だったら、何か自分もやりそうな気も。

>でも案外小学校などの体育なんかで行進の訓練をしなかったら、
>なんばで歩く人はも少し増えるのかも。

確かに、放っておいても皆そう歩くのなら、意識的に教える必要もないという話かも。
好きにさせておいたら半々くらいに落ち着くというオチなら面白いのですが。
トンデモない一行知識 |  2009年12月29日(火) 20:59 |  URL |  【コメント編集】

>金平糖さん
>人間怖いときには手を頭上や前方に突き出すものです。

なるほど。しかし、ほどほどに (?) 手を上に上げるのは防御の姿勢になりうると思いますが、あまり手を真上に高く上げてバンザーイの姿勢をとると、すごく無防備な姿勢になるような気がするのですよね。思い切りホールド・アップの姿勢といいますか。

>身体への負担も少なくスタミナも温存できて出だしの反応が良く

>日本人は本来なんばのほうが走るのも速いと思います。

ああ、そういうものなのですか。

少し話はそれるかもしれませんが (_ _);、このエントリーをアップする前後に、腕の振りとかはどれだけ速さに影響するものなのか、うーんと考え込んでしまったです (いや大したことは考えていないのですが)。
昔の体育のときの短距離走なんかでは、腕を大きく振ってとか先生にいわれて、それなりに意識して頑張っていた記憶がある一方、長距離走なんかのときは、腕をほとんど振らないで、曲げた腕を脇腹にくっつけたまま走ったりすることが多かった気がします。
歩くときとなると、手には荷物があったりショルダーのひもにそえていたり、または腕組みしながら歩いたりポケットに手を突っ込んでいたり、あんまり腕を振ることなく歩くことが、自分は結構多かったりするかも、と。

これが意識的にウォーキングとかやっている人の場合は、だいぶ違うのかなあと思ったりしています。
トンデモない一行知識 |  2009年12月29日(火) 20:48 |  URL |  【コメント編集】

●なんば

演劇のワークショップの基礎訓練で歩く練習をしたことがありますが、
歩き方を教える前に自由に歩いてもらうと、
若い人(高校生・大学生)でも10人に一人はなんば歩きをしてました。

まあ普段何気なくしていることを意識して行うので、
かえってぎくしゃくしてしまったのかもしれませんが。

でも案外小学校などの体育なんかで行進の訓練をしなかったら、
なんばで歩く人はも少し増えるのかも。
tsn |  2009年12月29日(火) 17:12 |  URL |  【コメント編集】

万歳して走るのは単純にびっくりしたときに
「ひゃぁー!」って叫びながら両手を挙げる動作のまま走ってるだけのような気が、、、
人間怖いときには手を頭上や前方に突き出すものです。
これは身を守ろうとする本能で、昔の人も今の人も変わりません。
何かから逃げるときに手を前方に突き出して走るのは普通の表現です。

で、なんばですが、慣れればかなり速く走れます。
私は片足が若干不自由で腰を痛めているため、医者の進めもあって
普段からなるべくなんばで歩いています。
身体への負担も少なくスタミナも温存できて出だしの反応が良く
勢いがつくと普通に歩いていてもかなり速くなります。
スポーツ選手でもなんばを取り入れている人は大勢います。

正直、西洋式の歩き方は身体に悪いです。
また、手足が短く胴が長い日本人には効率も悪いです。
体型のいい人なら西洋式の方が速いかもしれませんが
日本人は本来なんばのほうが走るのも速いと思います。
金平糖 |  2009年12月29日(火) 12:28 |  URL |  【コメント編集】

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