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2009.12.28 (Mon)

他人の宮沢賢治論についてアレコレ言っている場合ではない唐沢俊一先生 (1)

『トンデモ一行知識の世界』 P.174

 賢治が霊を見ることができる人物であった証拠はどこにあるか。それは、
賢治の生前に出版された唯一の詩集である『春と修羅』に印刷屋が勝手
に印刷した“詩集”という文字を賢治がブロンズ粉で消してまで、それを
「心象スケッチ」であると言い張った(森荘巳宛書簡)ことにあらわれてい
る、と著者は言う。
 これは一般的には、未熟なスケッチに過ぎないものを「詩」と呼ぶことに
対する賢治の羞恥心のあらわれ、ととられているが、著者はあくまで、それ
が本当のスケッチ(見たままのもの)である故に、賢治はそれを詩集とは
呼ばなかった、と言い張るのである。


×森荘巳宛書簡 ○森荘巳池宛書簡 または 森佐一宛書簡

「賢治が霊を見ることができる人物であった」と主張している「著者」とは、『宮沢賢治の
霊の世界』を書いた桑原啓 (追記参照) をさす。

唐沢俊一のいう「“詩集”という文字を賢治がブロンズ粉で消してまで、それを『心象
スケッチ』であると言い張った」とのことが書いてある手紙については、少し長くなるが、
「食材岩手の野菜 岩手県盛岡市青果物惣門森商店」のサイト内のページから引用。

どうして、トップページでいう「岩手県の老舗八百屋」にこのようなコンテンツがあるかと
いうと、件の賢治の手紙を受け取った森荘已池 (直木賞作家でもある) が「先代社長、
森 正助の兄」だから――という話らしい。

http://soumon-mori.com/us_page_27.html
>小説家 森 荘已池(もり そういち) (先代社長、森 正助の兄)

> 1907-1999 本名 佐一(さいち)。岩手県盛岡市生まれ。盛岡中学卒、東京外国語
>大学ロシア語科中退。
> 昭和18年『蛾と笹舟』で第18回直木賞受賞。 平成6年第4回宮沢賢治賞受賞。 主
>な著書は『店頭』『蛾と笹舟』ほか、宮沢賢治の研究書多数。
〈略〉
> 大正14年2月(当時4年生) 宮沢賢治と知り合う。 中学時代に賢治の『春と修羅』を
>読み岩手詩人協会入りを勧め、その交友は賢治が亡くなるまで続いた。賢治が没し
>た翌年の昭和9年、詩人の菊池二郎とともに「宮沢賢治の会」を発足、生涯賢治の研
>究、文献の刊行に費やす。

>賢治からの手紙

>お手紙拝誦いたしました。
>詩の雑誌御発刊に就いて、私などまで問題にして下すったのは、寔に辱けなく存じま
>すが、前に私の自費で出した「春と修羅」も、またそれからあと只今まで書きつけてあ
>るものも、これらは到底詩ではありません。

>私がこれから、何とかして完成したいと思って居ります、或る心理学的な仕事の仕度
>に、正統な勉強の許されない間、境遇の許す限り機会のある度毎に、いろいろな条件
>の下で書き取って置く、ほんの粗硬な心象スケッチでしかありません。私はあの無暴
>な「春と修羅」に於て、序文の考を主張し、歴史や宗教の位置を全く転換しようと企画
>し、それを基骨としたさまざまな生活を発表して、誰かに見て貰いたいと、愚かにも考
>えたのです。あの篇々がいいも悪いもあったものではないのです。

>私はあれを宗教家やいろいろの人たちに贈りました。その人たちはどこも見てくれま
>せんでした。春と修養をありがとうという葉書も来て居ます。出版者はその体裁から
>バックに詩集と書きました。私はびくびくものでした。亦恥かしかったためにブロンズの
>粉で、その二字をごまかして消したのが沢山あります。辻潤氏尾山氏佐藤惣之助氏
>が批評して呉れましたが、私はまだ挨拶も礼状も書けないほど恐れ入っています。私
>はとても文芸だなんということはできません。そして決して私はこんなことを皮肉で云っ
>ているのではないことは、お会い下されば、またよく調べて下されば判ります。


ちくま文庫の解説では、筆名の森荘已池ではなく本名の森佐一を採用して、「賢治が
友人の森佐一に出した1925年2月の手紙」となっている。

http://www.kenji-world.net/works/texts/jikuu7.html
> 心象スケッチという言葉で賢治が何を言おうとしたのかを知るための手がかりとして
>重要なもののひとつに、賢治が友人の森佐一に出した1925年2月の手紙がある。この
>中で「『春と修羅』も、------これらはみんな到底詩ではありません。私がこれから、
>何とかして完成したいと思って居ります、或る心理学的な仕事の支度に、--------
>機会のある度毎に、いろいろな条件の下で書き取って置く、ほんの粗硬な心象の
>スケッチでしかありません。」と賢治は書いている。「春と修羅」は「心理学的な仕事」
>のための準備の「心象のスケッチ」だと賢治が考えていたとすると、「心理学的」という
>言葉で彼が何を思っていたかが問題になる。
〈略〉
>ちくま文庫「宮沢賢治全集1~『春と修羅・序』『小岩井農場』」より


で、実は最初に引用した唐沢俊一の文章は、ほとんど同じものが『トンデモ怪書録』の
P.96 ~ P.97 に載っている。1996 年に出たこの本と、1998 年の『トンデモ一行知識の
世界』との相違は、前者が正しく「森荘巳池氏宛書簡」となっているのが、2 年後に出版
の後者では、「森荘巳宛書簡」と間違えていること、それのみだというのが何とも……。

さらに、唐沢俊一のいう「一般的には、未熟なスケッチに過ぎないものを『詩』と呼ぶこと
に対する賢治の羞恥心のあらわれ、ととられている」というのも、少し違うんじゃないかと
いう感じ。

確かに賢治の手紙には「ほんの粗硬な心象スケッチでしかありません」、「亦恥かしかっ
たためにブロンズの粉で、その二字をごまかして消したのが沢山あります」と書かれて
はいるが、「或る心理学的な仕事の仕度」との記述を無視するのには違和感があるし、
先のちくま文庫の解説や Wikipedia の記述をみても、あまり「一般的」でもない様子。

http://ja.wikipedia.org/wiki/春と修羅
>詩の多くは「心象スケッチ」と賢治自身が名付けた手法によって書かれ、時間の経過
>に伴う内面の変容、さらにその内面を外から見る別の視点が取り込まれている。この
>ため、難解であるとの評もある。この「心象スケッチ」の手法については、ウィリアム・
>ジェームズが唱えた「意識の流れ」との関連が指摘されている(賢治はジェームズの
>名を書き残しており、著作を読んでいたことが研究によって確かめられている)。


そして、「春と修羅」では、「序文の考を主張し、歴史や宗教の位置を全く転換しようと
企画し、それを基骨としたさまざまな生活を発表して、誰かに見て貰いたい」との意気
込みをもっていたという賢治の言葉を無視し、単なる「羞恥心のあらわれ」とするのは
どうかとも思う。手紙には「愚かにも考えた」とも書いてあったりするし、本を贈った人の
中には書名を「春と修養」と間違えて礼状を出した人もいたようではあるけれど。

http://www.eonet.ne.jp/~misty/kenji/kaiho/36.htm
>中学の友だちである阿部孝の証言にあるように、賢治が影響を受けたとされる萩原朔
>太郎の『月に吠える』の序を読んでみました。詩は説明するものではないといい、「詩
>とは感情の神経を掴んだものである。生きて働く心理学である。」というようなことばも
>あります。心理学の支度のために書いたという賢治のことばを思い出します。賢治が
>なんらかのヒントを得たということは考えられますが、しかし違うぞと思うところがあった
>から、意気込んで『春と修羅』の序を書き、詩ではなく心象スケッチだといいはったの
>でしょう。



そして、唐沢俊一は、『宮沢賢治の霊の世界』の著者である桑原啓を批判して、以下の
ようなことも書いている。

『トンデモ一行知識の世界』 P.175

著者によれば、賢治のすべての作品、なかんずく『銀河鉄道の夜』は、
スピリチュアリスト・宮沢賢治が見たことを“そのまま”書いたものに
過ぎない、というのである。
 これははっきり言えばひいきのひき倒し、というやつだろう。賢治の
作品が、単に霊視したものをそのまま書いているのだ、と主張すること
は、賢治の創作能力を認めないということになるのだから。
 しかし、著者の桑原氏(心霊研究家で、その方面の著作が多数ある)
にとっては、心霊能力に比べれば、詩作の能力などはささいなものに
過ぎないらしい。


個人的には、この記述には、結構違和感を覚えた。霊視うんぬんとあるからまだよい (?)
ようなものの、唐沢俊一の理屈では、ある詩について、これは作者の見たものを「その
まま書いているのだ、と主張」したら最後、「創作能力を認めない」、「詩作の能力などは
ささいなもの」とみなす奴と認定されそうな……。

たとえば、美しい詩があったとして、それを書いた詩人の足跡を訪ねたら、詩に描かれた
通りの光景に出会うことができた、なるほどこの詩人は見たものをそのまま書いたのか
――といった感想をもつことさえ、「創作能力を認めないということ」になりかねない。
同じもの (現実の風景であれ幻視、霊視であれ) を見ても、それをどう文章化するかに、
創作能力や詩作の能力による差がつくものと思うけど。

結局、唐沢俊一の定義では、現実改変しないものは創作とはいわないということなのかも。


追記: 「桑原啓」は「桑原啓善」の間違い。唐沢俊一の入力ミスに引きずられたとはいえ、
著者名の間違い、失礼しました。(_ _);

他人の宮沢賢治論についてアレコレ言っている場合ではない唐沢俊一先生 (2)」に続く。


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