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2009.12.13 (Sun)

だがしかし駄菓子屋。しかし、駄菓子屋についての話は半分だけという疑惑。

別冊宝島360 『レトロおもちゃ大図鑑』

■店内密度が高い北海道の駄菓子屋

前置きが長くなったが、とにかく、そういう理由で北海道の駄菓子屋と
いうのは、東京などのそれに比べ、きわめて店内がゴチャついている。
逆に言えば、店内密度が高い。
駄菓子類もメンコも(北海道では同じ理由でメンコは室内遊戯である。
そのため、東京のように地面にはたきつけるペッタンメンコではなく、
机の上ですべらせてぶつけ合わせ、相手のメンコをテーブル上から
はじき落とすハジキメンコという遊び方が一般的だった)、ノートもクジ類
もプラモも、なにもかにも、とにかくぎゅーぎゅー詰めという感じで並んで
いる。これが逆に、子どもたちに店内を宝の山、というイメージで強く印象
づけさせる要素となっていた。
僕は小学校3年生までは札幌市の中心部、官庁街で育ったので、その
頃は駄菓子屋の経験というのはあまりない。唯一、大通公園の近くに
こぎれいなソレが1軒あって、衛生ボーロ(歯クソ菓子とも呼ばれた小麦
粉の焼き菓子。直径1センチくらいの半球形で、玉子ボーロとも言った)
を盗み食いしたのを覚えているが、駄菓子屋というイメージではなかった。
足の病気で通っていた郊外の病院の近くにある駄菓子屋がいかにも
駄菓子屋といった汚い店で、ここでは菓子ではなく、チューブ入りの
ビニール風船を必ず買った。題名は忘れたが、その頃NHKでやっていた
子ども向け時代劇のキャラクターたちがマンガで描かれていた。
本格的な、というのも変だが駄菓子屋体験は、小学4年のとき、住宅街
にある小学校へ転校したときから始まる。
いつも通っていた店は3カ所あった。ひとつは地区の中学校のすぐ角に
あり、その中学校の校名をとったH堂という店名であった。もうひとつは
それからちょっと離れた大きな通り沿いにある、「エイス」(仮名)という
モダンな名前がついていた。最後のひとつは、エイスのさらに先にあって、
K書店というところだった。店名こそ書店だが、本を売っているスペースは
店内の3分の1くらいで、残りは完全な駄菓子屋だった。東京においても、
文房具が駄菓子屋を兼ねているケースはよくあるので、このK書店も
そういう経営方針(?)だったのだと思う。

■タバコもシンナーも駄菓子屋で覚えた!?

家から近いこともあって、もっともよく通っていたのがこのK書店、それから、
学校の帰りには小学校・中学校を通して、H堂に通っていた。ここは学校
の指定文房具店にもなっていたから、ノートなどの類も置いてあったが、
スゴロクやカルタなどの類も充実していた。あの「シーモンキー」なども、
ここで買った。わざわざ注文したように思う。学習教材だかとして学校から
推薦されていたものだったので、親が金を出してくれた。もっとも、雑誌の
広告で見たような半漁人みたいなものが生まれると思ったら、ただのミジ
ンコで (当たり前だが)、すぐ飽きてしまった。
僕の中学校時代というと25年前。いまだに覚えているのが、H堂に初めて
100円ライターというものがお目見えしたときで、入ってきた中年の男性が、
「このライターいくら?」
と訊いた。オヤジが、
「100円」
と答えると、
「エ? 違うよ、このライターだよ」
「だから100円だよ」
「エ? ライターが100円? ほんとうに?」
と、しばらく信じられないような口調で質問を繰り返していた。ライターを
置いていたのでもわかるが、この店は駄菓子屋とはいえ子ども相手専門
ではなく、タバコなども販売していた。後に、タバコは学校から注意を受け
て置かなくなったけれども、当時の不良連中が吸っていたシンナーはみな、
このH堂から学割値段で買ったものだった(笑)。なにしろ、駄菓子屋の
主要商品にはプラモデルがあったのだから、シンナーは必需品だった。
街角の駄菓子屋、というとみんな、懐古趣味でいいことしか言わない傾向
があるが、じつはタバコもシンナーも、ここ経由で少年たちはその味を覚え
たのである。駄菓子屋は、かなりの年齢層の客をカバーしていたのだ。
今でも思い出すのは、中学1年の頃、雪の日に通学してきて、このH堂に
飛び込むとメガネがポッと白く曇ったことである。店内には石炭ストーブが
ゴウゴウと音を立てて燃えており、その上においたブリキの洗面器の中で、
ビン入りの牛乳が温められていた。これを1本飲んで、体をほてらせてから
学校へ行ったものだ。まだ、「暖か~い」などと表示のある缶コーヒーの
自動販売機なんか、どこにもなかった頃の話である。

■電動車椅子で現れた店主

さて、続いて通り沿いにある「エイス」であるが、ここは通学路からも外れて
いたので、友人と連れだってしか入ったことがない。しかし、ちょっと異様な
雰囲気の、むちゃくちゃに印象的な駄菓子屋であった。店内のゴチャゴチャ
度は、他の2店をはるかに引き離していたと言える。店内が狭い、という
理由もあった(われわれ中学生が4人も入ればいっぱいになった)が、なに
より大きな理由は、店主が障害者で、車椅子生活をしている人だった、と
いうことなのだ。
店の奥の生活スペースから店内には、ミゾのようなジェラルミン製のレール
が敷かれており、
「ごめんくださーい」
と入っていくと、奥からそのレールの上を、音もなく電動車椅子に乗った
主人が無言のままスーッと出てきた。なんかサンダーバードしていて、
やたらカッコ良く見えたのを覚えている。店内の床にはこのレールが複雑
な軌道を描いて敷きつめられており、主人は電動車椅子の手元のハンドル
操作で、たくみにその狭い店内を行き来していた(車椅子はべつにレール
がなくても動けるはずだが、レール式にしていたのは、商品にぶつけて
破損しないためと、店内を動くコースは決まっており、いちち位置をきめ
なくても前後進操作だけで店内を移動できて楽だったからだろう)。
三角クジは、よくあるガラス瓶の中に入っているのではなく、ヒモにつなが
れて、天井からぶら下がっていた。アタリが出るとウルトラマンなどの怪獣
カードがもらえたが、数回ひいてみた記憶では1回もアタリは出ず、残念賞
のインディアン・ドーナツ(直径5センチくらいのミニ・ドーナツ)ばかり食べ
ていた。小さいからといって“インディアン”とつけるのは、ミニトマトのことを、
英語では“ジャパニーズトマト”と言うようなもので一種の蔑称だろうが、
その頃は本当にインディアンはこういうものを食っているのか、と思っていた。
ドーナツというよりビスケットみたいなものだったが、おいしかったので、
ハズレでもそれほど悔しくはなかった。このインディアンドーナツの大袋と
いうのも売っていたが、僕はいつか、あの大袋を買って、それを小脇に抱え
ながら、インディアン・ドーナツを腹いっぱい食べてみたいものだ、と芥川
龍之介の「芋粥」みたいなことを考えていた。
この店は、店主がそういう体で、棚の上のものなどは採れないので、商品
はみんな、天井からヒモで吊されていた。店主はそれを長い棒の先にカギ
のついている道具でひょいとはずして手元におろしてくる。せまい店内での
棒使いも堂に入った物で、いつも感心していたものだ。ソースせんべいとか
梅ジャムというのはここで初めて覚えた。梅ジャムはプラムのような味かと
思って口にしたら、梅干し味だったことに仰天した。せんべいに塗って食べ
るのはあまりゾッとしなかったが、この梅干し味はクセになり、学校に持ち
込んでコッソリなめていた。


×ジャパニーズトマト ○チェリートマト

今回も2ちゃんねるのスレからのコピペで、「だがしかし駄菓子屋。それと、内地なめる
な。
」の続き。

……って、「前置きが長くなったが」ではじまるということは、前エントリーに引用の分は、
全部前置きということなのか。確かに、『レトロおもちゃ大図鑑』に掲載の文章のはずが、
「ガチャポン」以外のおもちゃについては言及すらしていなかったような……。

ただまあ、今回引用の分も、おもちゃについての話は少ない。メンコとシーモンキーと
チューブ入りのビニール風船について少々語り、後はプラモ、スゴロク、カルタ、怪獣
カードといった名前をあげてみただけという感じ。駄菓子屋についてのコラムなので、
食べ物の話が多めになっているのはまだわかる――おもちゃについてと比べて、より
多く、熱心に語っているのはどうかと思うが――として、何でライターやタバコ、シンナー
についてこんなに字数をさいているのか、理解に苦しむ。

で、『レトロおもちゃ大図鑑』というお題 (?) に逆らってまであれこれと書いていることも、
悪い意味でかなり怪しくて。

そもそも「衛生ボーロ(歯クソ菓子とも呼ばれた小麦粉の焼き菓子。直径1センチくらいの
半球形で、玉子ボーロとも言った)を盗み食い」とは何だと。「歯クソ菓子」というのもヒド
いもんだし、買い食いではなく「盗み食い」とさらっと書いているのも怖い。

「ミニトマトのことを、英語では“ジャパニーズトマト”と言うようなもの」は、唐沢俊一が
単にガセを書いているだけで、実際は2ちゃんねるのスレで指摘があった (Read More
参照) 通り、英語では Cherry tomato だし。

http://www.enjoy.ne.jp/~k-ichikawa/miniTomato.html
>因みにミニトマト(またはプチトマト)は欧米では cherry tomato:チェリートマト と
>呼ばれています。


http://en.wikipedia.org/wiki/Cherry_tomato
> A cherry tomato is a smaller garden variety of tomato. It is marketed at a
> premium to ordinary tomatoes, and is popular as a snack and in salads.


「腹いっぱい食べてみたいものだ、と芥川龍之介の『芋粥』みたいなことを考えていた」
にも少々違和感がある。この小説での「芋粥」は上流階級が好んで食べるごちそうで、
主人公の身分では年に一度、「飲めるのは僅に喉(のど)を沾(うるほ)すに足る程の
少量」しか食べられないものであるため。駄菓子をたらふく食べてみたいというのとは
ちょっと違うのではないか。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/55_14824.html
>芋粥とは山の芋を中に切込んで、それを甘葛(あまづら)の汁で煮た、粥の事を云ふ
>のである。当時はこれが、無上の佳味として、上は万乗(ばんじよう)の君の食膳にさ
>へ、上せられた。従つて、吾五位の如き人間の口へは、年に一度、臨時の客の折にし
>か、はいらない。その時でさへ、飲めるのは僅に喉(のど)を沾(うるほ)すに足る程の
>少量である。



また、唐沢俊一の通ったという駄菓子屋 3 軒のうち、まず「K書店」について、「店名こそ
書店だが、本を売っているスペースは店内の3分の1くらいで、残りは完全な駄菓子屋
だった」と書く一方、「文房具が駄菓子屋を兼ねているケースはよくあるので、このK書店
もそういう経営方針(?)だったのだと思う」とか書いているのが、わけがわからない。
唐沢俊一が「学校の指定文房具店にもなっていた」と書いている「H堂」のことを、そう
書くのならわかるんだけど……唐沢俊一にとって、書店も文房具屋も同じなんだろうか。
それに、K書店については、おもちゃはおろか、そこで売っていた具体的な商品の話とか
が、いっさいない。


そして、「H堂」の方で学習教材として (?) 買ったというシーモンキーを、「ただのミジンコ」
だったと唐沢俊一は書いている。でも、シーモンキーの正体だというアルテミアは、外見
も分類も、ミジンコとはだいぶ違うものなんだけど。

http://ja.wikipedia.org/wiki/アルテミア (画像)
>アルテミア (Artemia) は、節足動物 甲殻亜門 鰓脚綱 サルソストラカ亜綱 無甲目に
>属する小型の動物である。ブラインシュリンプ (Brine shrimp) あるいはシーモンキー
>(Sea Monkey) の名で市販されている。
〈略〉
>繁殖の時には雄は雌を追尾し、頭部の把握器で雌の体を後ろ下側から把握する。
>しばらくの間、雄雌はつながったままで泳いでいる。
>通常の卵はそのまま孵化するが、耐久卵は乾燥に耐え、長期にわたって休眠する
>ことができる。
〈略〉
>商品名として、一般にはシーモンキーと呼ばれている。小さなプラスチック水槽に卵を
>含む培養液の2種類の乾燥粉末と餌のセットとして販売された。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ミジンコ (画像)
>ミジンコは、鰓脚(さいきゃく)綱 双殻目 枝角亜目 異脚下目 ミジンコ科 ミジンコ属に
>属する甲殻類である。狭義にミジンコ Daphnia pulex (Leydig, 1860) という種を指す
>が、広義にはミジンコ科のミジンコ属 Daphnia を、さらには枝角目(ミジンコ目)全体を
>指す。狭義のミジンコは中型種で体長1.5-3.5mm。
>ミジンコには、自分とおなじクローンしか産まない単為生殖期と、交配して子孫を残す
>有性生殖期がある。一般的に、通常(環境の良いとき)はメスを産み、生存危機が迫っ
>たときにだけオスを産んで交配するといわれている。


シーモンキーの方は、確か説明書レベルでは、拡大してよくみるとオスとメスの区別が
つけられるというように書いてあったと思う。ミジンコのように、「自分とおなじクローンしか
産まない単為生殖期と、交配して子孫を残す有性生殖期がある」という、ややこしい (?)
生物ではなかったはず。また、ミジンコの方は、乾燥した卵の粉末を水に溶かして孵化
させるという売り方は、多分無理。


やはり「H堂」の話では、「僕の中学校時代というと25年前。いまだに覚えているのが、
H堂に初めて100円ライター というものがお目見えしたとき」という記述もあって、これは
2ちゃんねるのスレでも突っ込まれていた (Read More 参照)。

いわゆる 100円ライター (ディスポライター、ディスポーザブルライター、使い捨てライター
ともいう) が発売されたのは 1975 年のことである。

http://www.j-times.co.jp/lighter/kind.html
>ディスポライター
>最も普及しているライター。 特徴としては注入弁がありません。 最初から燃料タンク
>に入っているガスを使い切るまでが寿命です。 着火方式はフリント式と電子式が主流
>ですが、 最近では内燃式ディスポライターもあります。
>一般的に100円ライターと言います。


http://www.jsaca.or.jp/info/Lighter-Manual.pdf
>1975 小売価格 100 円のディスポーザブルライター発売。

http://blog.blochiita.jp/handamuranoujiko/kiji/9901.html
>昭和50年、世に使い捨てライター「チルチルミチル」(通称100円ライター)が発売さ
>れました!〈略〉では爆発的人気となった「チルチ ルミチル」のCMをどうぞ!


1975 年というのは日本喫煙具協会 http://www.jsaca.or.jp/ の資料にあるものなので、
まあ間違いはないだろう。『レトロおもちゃ大図鑑』の出た 1998 年から数えると、「25年
前」ではなく 23 年前の計算になる。しかし、困ったことに、唐沢俊一は 1958 年生まれ
なので、25 年前でなければ「僕の中学校時代」にならないような……。

2ちゃんねるのスレに書き込まれていた通り、「数少ない仔細な描写が『100円ライター
は高校時代だろ』だし 本当に何をやらせてもデタラメ」で片づけるべきか、「1970 年カラ
サワシュンイチ 12 歳
」のエントリーに書いたことのあるダブリ説を浮上させるべきか、
ちょっと迷う。

ちなみに、唐沢俊一は、「H堂」で暖かい牛乳を飲んだ思い出話で、「まだ、『暖か~い』
などと表示のある缶コーヒーの自動販売機なんか、どこにもなかった頃の話である」と
書いているが、実は暖かい缶コーヒーを売る自動販売機は、100 円ライターと同時期の
1975 年頃から急速に普及しはじめたともいう。

http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/map/ippan23/4/pdf/4-2-1.pdf
> 又、自動販売機の中身商品を貯蔵したり取出す機構の技術革新により、自動販売
>機は1975年頃から急速に普及し始めた。主力の中身商品である飲料分野では、缶
>コーヒーの出現に伴い、世界でも例をみない暖かい飲料と冷たい飲料が1台の自動
>販売機で販売できる缶飲料自動販売機が開発され、普及促進に貢献した。


http://www.excite.co.jp/News/bit/00091201476881.html
>ポッカによると、自動販売機に温かい飲み物が登場したのは1973年。缶コーヒーを
>ホットで飲めるようにと、同社が世界初の「ホットオアコールド自動販売機」を開発。
>夏は冷却して冷たい飲み物、冬は加熱して温かい飲み物を飲めるようになった。
>そしてこの基本技術をもとに、数年後に今と同じようなタイプの「ホットアンドコールド
>機」が登場。温かい飲み物も冷たい飲み物も、1台の自動販売機で買えるようになっ
>た。これをキッカケに、日本の清涼飲料水市場は大きく伸びたという。


ついでに、唐沢俊一は「暖か~い」と書いているが、「あったか~い」「あたたか~い」と
自動販売機には書かれていることが多いそうだ。

http://www.excite.co.jp/News/bit/00091201476881.html
>ところで、そんな温かい飲み物を買うとき、“あたたか~い”とか“あったか~い”ってい
>う表示を見ることが多いと思う。自販機特有の“~”って伸ばす言葉。結構な割合で、
>この“~”がついている。


さらに、自動販売機のことを考えると、唐沢俊一のいう「タバコもシンナーも、ここ経由で
少年たちはその味を覚えた」というのにも首をひねりたくなる。唐沢俊一の通っていた
中学には制服もあったと思うし、わざわざ学校指定の文房具店で買わなくとも、タバコの
自動販売機で買えばすむと思うのだが……。

「タバコは学校から注意を受けて置かなくなったけれども」も、2ちゃんねるのスレでの
「たばこって専売なのに学校から言われて売らなくなったり割り引きしたりすんの?」
という疑問がわいてくるし。学校にいわれて置くのをやめたとしても、それは「注意」では
なくて、お願いではないのかという疑問も。


ええと、それから、やはり2ちゃんねるのスレで「うすめ液だのプラモデル用塗料のシン
ナーなんか吸えたもんじゃないぞ」と突っ込まれていたが、不良のシンナーの入手方法
として、駄菓子屋やおもちゃ屋というのは、あまりメジャーではない模様。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1221857017
>私が20年前に暮らしていたところには、小規模ながら工業団地のようなところがあり、
>プラスチック成形の会社などが何社もありました。その当時は、シンナーなどの有機
>溶剤を入れた缶が建物の外に積まれていましたので、簡単に盗むことができました。
>シンナーなどは一応法規制がありますが、麻薬や覚醒剤よりもうんと規制が甘く、今
>でもホームセンターなどで容易に購入することができます。


http://www.npa.go.jp/hakusyo/s58/s580400.html
>また、乱用したシンナー等の入手方法をみると、友人からの譲受が全体の28.4%を
>占めて最も多く、次いで金物店での購入(11.2%)、スーパー・マーケットでの購入
>(10.2%)の順となっている。



と、まあ、ガセも時空の歪みもいっぱい詰め込まれている唐沢俊一のコラムだが、それ
より怖いかもしれないのは、唐沢俊一の語った店の半分は、駄菓子屋に分類されるべき
店なのかどうかすら怪しいということ。

「足の病気で通っていた郊外の病院の近くにある駄菓子屋」というのと、車椅子の店主
がいたという「エイス」(仮名)という店については、駄菓子屋だったんだろうなと思えるの
だが、他は普通の雑貨屋ではなかったのかという感じ。

「商品はみんな、天井からヒモで吊されていた。店主はそれを長い棒の先にカギのつい
ている道具でひょいとはずして手元におろしてくる」というのを、唐沢俊一は店主が車椅
子で高い棚のものはとれないせいにしているみたいだけど、商品が天井からヒモで吊さ
れていること自体は、駄菓子屋としては割とありふれた光景だと思う。

http://akhd.sakura.ne.jp/labo/kako/boyaki01.html
>今でも忘れられない、ちょっとかび臭いような臭いと駄菓子屋に住むバアサン。
>壁や天井からは紐で吊るされたお菓子やおもちゃがいっぱい!


http://www.emitefil.com/pom/pom13.html
>その駄菓子屋は小学校前にあった。 扱っている商品は、駄菓子・駄玩具・貸し本で
>あった。
>立て付けの悪いガラスの引き戸をガラガラいわせながら引いて入ると、お決まりのよ
>うに土間である。入って左手に作り付けの粗末な本棚が天井まであって、そこには貸
>し本がずらりと並んでいる。
>数歩進んで、畳へと上がる場所に駄菓子。天井からは駄玩具が吊るされていて、そ
>の光景を裸電球が照らしていた。 外観は藁葺き屋根であり、よく言えば 風情のある
>建物だが、悪く言うと粗末・・・そんなところだった。


駄菓子屋
駄菓子屋 posted by (C)ケロ

その他参考 URL:
- https://dotlog.smartloop.jp/dotlog/weblog/blog/528/2039#2039 (画像)
- http://www.enjoytokyo.jp/id/sator32/74184.html
- http://www.ozu-town.com/photo/pic/0029709/
- http://magoemon.exblog.jp/12269495/ (画像)

もちろん、商品をあまり紐で吊るしたりしない駄菓子屋もたくさんあるとは思うのだけど、
「K書店」についても、「H堂」についても、駄菓子屋ならではの商品の説明がないのと
あわせて気になっている。自分の田舎の学校の近くにも、いかにも駄菓子屋という感じ
の品揃えの店と、おもちゃや文房具、食品を売っている普通の雑貨屋っぽい店が、別に
存在していたので。

気になるといえば、そもそも、最初の「北海道の駄菓子屋というのは、東京などのそれに
比べ、きわめて店内がゴチャついている。逆に言えば、店内密度が高い」という記述から
して気になったり。東京で入ったことのある駄菓子屋も、地元のそれも、結構「店内密度
が高」くて商品がぎっしり並べられていたような感じだったけどなあ。

まあ唐沢俊一のとなえる「北海道の駄菓子屋というのは〈略〉店内密度が高い」という説
は、前エントリーで紹介のトンデモ豪雪地帯理論によるものだから、まじめに考えるだけ
バカかもしれない。北海道の駄菓子屋の店内画像も捜してみたが、特に他の地域と比
べて、変わった様子はなかった。(とはいっても、どちらも新規参入の出店っぽいけど)。

- http://ameblo.jp/homu/entry-10360370898.html (ここでも商品が吊るされている)
- http://fukutsukasa.blog64.fc2.com/blog-entry-1085.html




More...

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1260560716/12-
-------
12 :無名草子さん:2009/12/12(土) 08:02:45
別冊宝島360『レトロおもちゃ大図鑑』1998年2月9日発行

■店内密度が高い北海道の駄菓子屋

前置きが長くなったが、とにかく、そういう理由で北海道の駄菓子屋というのは、東京な
どのそれに比べ、きわめて店内がゴチャついている。逆に言えば、店内密度が高い。
駄菓子類もメンコも(北海道では同じ理由でメンコは室内遊戯である。そのため、東京の
ように地面にはたきつけるペッタンメンコではなく、机の上ですべらせてぶつけ合わせ、
相手のメンコをテーブル上からはじき落とすハジキメンコという遊び方が一般的だった)、
ノートもクジ類もプラモも、なにもかにも、とにかくぎゅーぎゅー詰めという感じで並ん
でいる。これが逆に、子どもたちに店内を宝の山、というイメージで強く印象づけさせる
要素となっていた。
僕は小学校3年生までは札幌市の中心部、官庁街で育ったので、その頃は駄菓子屋の経験
というのはあまりない。唯一、大通公園の近くにこぎれいなソレが1軒あって、衛生ボー
ロ(歯クソ菓子とも呼ばれた小麦粉の焼き菓子。直径1センチくらいの半球形で、玉子ボ
ーロとも言った)を盗み食いしたのを覚えているが、駄菓子屋というイメージではなかっ
た。足の病気で通っていた郊外の病院の近くにある駄菓子屋がいかにも駄菓子屋といった
汚い店で、ここでは菓子ではなく、チューブ入りのビニール風船を必ず買った。題名は忘
れたが、その頃NHKでやっていた子ども向け時代劇のキャラクターたちがマンガで描か
れていた。
本格的な、というのも変だが駄菓子屋体験は、小学4年のとき、住宅街にある小学校へ転
校したときから始まる。
いつも通っていた店は3カ所あった。ひとつは地区の中学校のすぐ角にあり、その中学校
の校名をとったH堂という店名であった。もうひとつはそれからちょっと離れた大きな通
り沿いにある、「エイス」(仮名)というモダンな名前がついていた。最後のひとつは、
エイスのさらに先にあって、K書店というところだった。店名こそ書店だが、本を売って
いるスペースは店内の3分の1くらいで、残りは完全な駄菓子屋だった。東京においても、
文房具が駄菓子屋を兼ねているケースはよくあるので、このK書店もそういう経営方針(?)
だったのだと思う。


13 :無名草子さん:2009/12/12(土) 08:03:58
別冊宝島360『レトロおもちゃ大図鑑』1998年2月9日発行

■タバコもシンナーも駄菓子屋で覚えた!?

家から近いこともあって、もっともよく通っていたのがこのK書店、それから、学校の帰
りには小学校・中学校を通して、H堂に通っていた。ここは学校の指定文房具店にもなっ
ていたから、ノートなどの類も置いてあったが、スゴロクやカルタなどの類も充実してい
た。あの「シーモンキー」なども、ここで買った。わざわざ注文したように思う。学習教
材だかとして学校から推薦されていたものだったので、親が金を出してくれた。もっとも、
雑誌の広告で見たような半漁人みたいなものが生まれると思ったら、ただのミジンコで
(当たり前だが)、すぐ飽きてしまった。
僕の中学校時代というと25年前。いまだに覚えているのが、H堂に初めて100円ライター
というものがお目見えしたときで、入ってきた中年の男性が、
「このライターいくら?」
と訊いた。オヤジが、
「100円」
と答えると、
「エ? 違うよ、このライターだよ」
「だから100円だよ」
「エ? ライターが100円? ほんとうに?」
と、しばらく信じられないような口調で質問を繰り返していた。ライターを置いていたの
でもわかるが、この店は駄菓子屋とはいえ子ども相手専門ではなく、タバコなども販売し
ていた。後に、タバコは学校から注意を受けて置かなくなったけれども、当時の不良連中
が吸っていたシンナーはみな、このH堂から学割値段で買ったものだった(笑)。なにし
ろ、駄菓子屋の主要商品にはプラモデルがあったのだから、シンナーは必需品だった。街
角の駄菓子屋、というとみんな、懐古趣味でいいことしか言わない傾向があるが、じつは
タバコもシンナーも、ここ経由で少年たちはその味を覚えたのである。駄菓子屋は、かな
りの年齢層の客をカバーしていたのだ。

14 :無名草子さん:2009/12/12(土) 08:04:42
別冊宝島360『レトロおもちゃ大図鑑』1998年2月9日発行

今でも思い出すのは、中学1年の頃、雪の日に通学してきて、このH堂に飛び込むとメガ
ネがポッと白く曇ったことである。店内には石炭ストーブがゴウゴウと音を立てて燃えて
おり、その上においたブリキの洗面器の中で、ビン入りの牛乳が温められていた。これを
1本飲んで、体をほてらせてから学校へ行ったものだ。まだ、「暖か~い」などと表示の
ある缶コーヒーの自動販売機なんか、どこにもなかった頃の話である。

■電動車椅子で現れた店主

さて、続いて通り沿いにある「エイス」であるが、ここは通学路からも外れていたので、
友人と連れだってしか入ったことがない。しかし、ちょっと異様な雰囲気の、むちゃくち
ゃに印象的な駄菓子屋であった。店内のゴチャゴチャ度は、他の2店をはるかに引き離し
ていたと言える。店内が狭い、という理由もあった(われわれ中学生が4人も入ればいっ
ぱいになった)が、なにより大きな理由は、店主が障害者で、車椅子生活をしている人だ
った、ということなのだ。
店の奥の生活スペースから店内には、ミゾのようなジェラルミン製のレールが敷かれてお
り、
「ごめんくださーい」
と入っていくと、奥からそのレールの上を、音もなく電動車椅子に乗った主人が無言のま
まスーッと出てきた。なんかサンダーバードしていて、やたらカッコ良く見えたのを覚え
ている。店内の床にはこのレールが複雑な軌道を描いて敷きつめられており、主人は電動
車椅子の手元のハンドル操作で、たくみにその狭い店内を行き来していた(車椅子はべつ
にレールがなくても動けるはずだが、レール式にしていたのは、商品にぶつけて破損しな
いためと、店内を動くコースは決まっており、いちち位置をきめなくても前後進操作だけ
で店内を移動できて楽だったからだろう)。


15 :無名草子さん:2009/12/12(土) 08:06:37
別冊宝島360『レトロおもちゃ大図鑑』1998年2月9日発行

三角クジは、よくあるガラス瓶の中に入っているのではなく、ヒモにつながれて、天井か
らぶら下がっていた。アタリが出るとウルトラマンなどの怪獣カードがもらえたが、数回
ひいてみた記憶では1回もアタリは出ず、残念賞のインディアン・ドーナツ(直径5セン
チくらいのミニ・ドーナツ)ばかり食べていた。小さいからといって“インディアン”と
つけるのは、ミニトマトのことを、英語では“ジャパニーズトマト”と言うようなもので
一種の蔑称だろうが、その頃は本当にインディアンはこういうものを食っているのか、と
思っていた。ドーナツというよりビスケットみたいなものだったが、おいしかったので、
ハズレでもそれほど悔しくはなかった。このインディアンドーナツの大袋というのも売っ
ていたが、僕はいつか、あの大袋を買って、それを小脇に抱えながら、インディアン・ド
ーナツを腹いっぱい食べてみたいものだ、と芥川龍之介の「芋粥」みたいなことを考えて
いた。
この店は、店主がそういう体で、棚の上のものなどは採れないので、商品はみんな、天井
からヒモで吊されていた。店主はそれを長い棒の先にカギのついている道具でひょいとは
ずして手元におろしてくる。せまい店内での棒使いも堂に入った物で、いつも感心してい
たものだ。ソースせんべいとか梅ジャムというのはここで初めて覚えた。梅ジャムはプラ
ムのような味かと思って口にしたら、梅干し味だったことに仰天した。せんべいに塗って
食べるのはあまりゾッとしなかったが、この梅干し味はクセになり、学校に持ち込んでコ
ッソリなめていた。


16 :無名草子さん:2009/12/12(土) 08:09:11
>>13
>僕の中学校時代というと25年前。いまだに覚えているのが、H堂に初めて100円ライター
>というものがお目見えしたときで、入ってきた中年の男性が、

唐沢俊一は1958年生まれ
日本初の100円使い捨てライターは1975年に東海精機が売り出した「チルチルミチル」
その時、俊一は17歳、何年中学で留年しているんだ?

17 :無名草子さん:2009/12/12(土) 08:15:53
>>15
>ミニトマトのことを、英語では“ジャパニーズトマト”と言うようなもので
>一種の蔑称だろうが、

ミニトマトをそんな風に言うのは聞いたことはないです。
一般的には「チェリートマト」ですね。
現在「ジャパニーズトマト」と言うと、日本で品種改良された
甘い「桃太郎」(トマトの品種名)をそう呼ぶのは知っているけど……

おそらく、この原稿が書かれた1998年頃、すでに甘い桃太郎はアメリカでも評判で
その時点で「ジャパニーズトマト」と呼ばれていたみたいです。

18 :無名草子さん:2009/12/12(土) 08:19:41
たばこって専売なのに学校から言われて売らなくなったり割り引きしたりすんの?

19 :無名草子さん:2009/12/12(土) 08:23:14
中学生4人も入れるんじゃ、ずいぶんデカイ駄菓子屋って気がする。
俺の知っている駄菓子屋は子供2人で一杯だった。
店のババアはずっと座っていて、子供がセルフで駄菓子を取って
ババアにお金を渡すという、信頼関係で成り立っていた。

「20世紀少年」でのジジババを見てて、ずっと座っているババが懐かしかった。

そもそも、唐沢が書いている駄菓子屋って
・H堂(暖めた牛乳を売っていた)
 店内でゴウゴウと石炭ストーブを燃やしているって、それなりの広さが無いとダメでしょ。
・エイス(電動車椅子の店主)
 店主が移動するためのレールが張り巡らされている
・K書店(書店&駄菓子を売っていた)

とりあえずエイスだけが駄菓子屋で、H堂はヨロズ屋で、K書店は普通に書店では? 
という気もするんだが。

20 :無名草子さん:2009/12/12(土) 08:26:04
駄菓子屋で吊しは普通の話じゃないの?

21 :無名草子さん:2009/12/12(土) 09:23:52
東京じゃ煙草屋+駄菓子屋のコンボって普通だったけどな。

22 :無名草子さん:2009/12/12(土) 09:27:15
スレタイの由来:

「裏モノ日記」12月6日より
ttp://www.tobunken.com/diary/diary20091206131031.html

「コミケは申し込みに不備があったというので今冬は落選。
不参加は十年ぶりか。しかし今年は公演の稽古しながら
同人誌づくりはまあ無理だし、公演あとも予定ぎっしりだし、
スタッフは産休だし、むしろラッキーだったかもしれぬ。」

とうに判明していたはずのコミケの当落がこの時期に表明されたのはなぜなのか,
10年選手が申し込みにあたって落選となるような不備を犯しうるものか,
「むしろラッキー」にはkensyouhan氏による検証本贈呈を避けられた喜びが含まれるのか等,
いろいろ味わい深い文章となっている。

23 :無名草子さん:2009/12/12(土) 10:41:11
>>12
>盗み食いしたのを覚えているが

万引き?

27 :無名草子さん:2009/12/12(土) 13:01:48
>店内には石炭ストーブがゴウゴウと音を立てて燃えて

プラモデルや接着剤や塗料を扱ってる店でこれは危ないよね。

33 :無名草子さん:2009/12/12(土) 13:12:19
>>31
なんか上ッツラからの情景描写ばかりだし
数少ない仔細な描写が「100円ライターは高校時代だろ」だし
本当に何をやらせてもデタラメばかり

72 :無名草子さん:2009/12/12(土) 19:04:49
>>13
>当時の不良連中が吸っていたシンナーはみな、このH堂から学割値段で買ったものだった(笑)。
>なにしろ、駄菓子屋の主要商品にはプラモデルがあったのだから、シンナーは必需品だった。

うすめ液だのプラモデル用塗料のシンナーなんか吸えたもんじゃないぞ
唐沢はそんなことも知らんのか?

73 :無名草子さん:2009/12/12(土) 19:08:48
俊ちゃんもワルぶりたいお年頃だから。

76 :無名草子さん:2009/12/12(土) 19:26:14
>>72
今でも、プラモデルを扱ってる駄菓子屋や文房具屋なら、薄め液は買えるんじゃないかな?

そういう人もいたというのはありえるけど、唐沢の表現は大げさすぎだね。

77 :無名草子さん:2009/12/12(土) 19:43:52
>>76
薄め液は今は警察の指導で届出出してないと売れないよ。

つーか昔はやってたの吸引遊びはラッカー系ボンド系もあったが不良が吸うような純トロのシンナーは模型屋じゃ売ってない。

78 :無名草子さん:2009/12/12(土) 19:46:34
しかし100円ライターってどこのだろうね?
チルチルミチル?それともクラウンライター?

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