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2009.12.06 (Sun)

高度に発達した唐沢俊一の経歴は、「東京人」と見分けがつかない

http://www.tobunken.com/news/news20091205110706.html

新刊
2009年12月5日投稿
東京人創刊25周年記念号
創刊したとき、ずいぶんと地域限定的なイヤミな
タイトルだなあ、と思ったものでしたが、その後
ずっと東京住いで、いつの間にやら故郷より東京
暮しの方がずっと長くなってしまいました。

故郷の町の様変わりより、東京の変貌に切なさを
感じる今日このごろ。

そんな思いを込めて、25周年記念号に、つい、
このあいだ引っ越したばかりの渋谷について書か
せていただきました。

お目にとまったらどうか、読んでみてくださいませ。

http://s03.megalodon.jp/2009-1206-1937-37/www.tobunken.com/news/news20091205110706.html

「このあいだ引っ越したばかりの渋谷について」というのは、唐沢俊一についての予備
知識がないとわかりにくい表現のような。普通に読めば、最近渋谷に引っ越してきた
ばかりと思うはず。実際は、2ちゃんねるのスレで解説してくれていた人のいうとおり、
「引っ越して離れてしまった渋谷、の意味ですね」なのだが (Read More 参照)。

「創刊したとき、ずいぶんと地域限定的なイヤミなタイトルだなあ、と思った」というのに
「あれっ」と思ったが、『東京人』の創刊は 1986 年。唐沢俊一が、「東京をしくじって」
北海道に引っ込んだ年か。そのとき東京に住んでいたのなら、多分「イヤミ」とはあまり
思わないですんだのだろう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/東京人_(雑誌)
>東京人(とうきょうじん)は、都市出版が発行する月刊誌。概要 [編集]東京都を紹介す
>る雑誌。「ザ・ニューヨーカー」をモデルとし、「都市を味わい、都市を批評し、都市を創
>る」をキャッチフレーズに1986年(昭和61年)創刊。創刊当初は季刊であったが、その
>後隔月刊になり現在は月刊、最近は増刊号も多数出版されている。


以下は、「結局何歳のときに白衣に黒のブリーフでボディビルしてたんですか唐沢俊一
先生
」とも引用箇所が重複するけど、『奇人怪人偏愛記』より。

「一時東京をしくじって実家に戻っていた二年間」というのと、「再度上京し、以前から
つきあいのあった出版社に行って、なにか仕事をくれるように頼んだ。一九八八年頃の
ことである」という記述を信用するならば、1986 年から 1988 年の間は、北海道に引き
こもっていたことに。……新刊のページでいう「その後 ずっと東京住い」って、何か違う
んじゃなかという気もするが、まあおいといて。

『奇人怪人偏愛記』 P.21

私がその家に住んでいたのは前記のとおり、小学校四年生から十九歳の
予備校生の頃までの十年間と、その後一時東京をしくじって実家に戻って
いた二年間の、約十二年間である。モノカキを志して東京に出ることを目指
したのが十三歳の中学一年のことだから、それから十九までの七年間と
実家に戻っていた二年間の計九年間、ずっと私はその家を、「いつかは
オン出てやる家」「ここを脱出しないと自分はダメになる家」「オレをこんな
田舎に縛りつけている家」と認識し続けていた。


『奇人怪人偏愛記』 P.45

さすがにそのあたりになってくると、自分の意識が変調を来していること
が自分でもわかるようになった。都落ちして落魄となっている自分の自意
識を、どこか別の部分で補填しようとする気持ちがわれ知らず働いて、
ガラにもない肉体鍛錬に自分を走らせたのだろうか。気味が悪くなり、
あわてて再度上京し、以前からつきあいのあった出版社に行って、なにか
仕事をくれるように頼んだ。一九八八年頃のことである。幸い、出版社は
まだバブル末期の景気のよさを残しており、すぐに週刊誌連載の仕事が
とれて、再び元の惰弱なモノカキ生活に戻れたのは幸運であった。



それから、新刊のページにある「いつの間にやら故郷より東京暮しの方がずっと長く
なってしまいました」の「ずっと長く」も、ちょっと微妙。

唐沢俊一は 1958 年生まれの 51 歳。この年生まれなら、大学入学時に上京してから
ずっと東京に住み続けてさえいれば、確かに文句なしに「東京暮しの方がずっと長く」
なる計算だが、唐沢俊一の場合は、上に引用の『奇人怪人偏愛記』によれば、「十九
歳の予備校生の頃まで」実家にいて、さらに「一時東京をしくじって実家に戻っていた
二年間」があるから、21 年間を「故郷」で過ごしていることになる。

それに加えて、唐沢俊一のプロフィールに記されている「東北薬科大学中退」までの
一時期は、東北のどこかに住んで住んでいたはずで、これを 2 年間ぐらいと仮定する
と、唐沢俊一が東京に住んでいた期間は 27、8 年ということになるか。故郷で過ごした
21 年よりは長いことにはかわりはないが。

で、「1970 年カラサワシュンイチ 12 歳」や「唐沢俊一にとっては『血と薔薇』>>>
『少年期ハードスペシャル』か
」のエントリーに書いたように、「小学校ダブり説を採用
し、さらに大学に入る前の浪人期間を 2 年と仮定すれば」、唐沢俊一が北海道にいた
のは 23 年、東京にいたのは 25、6 年と、さらに差が縮まることに。「東京暮しの方が
ちょっと長く」という程度になるというか。

まあ、唐沢俊一年表 (?) としては、「唐沢俊一検証blog」の「1986年のパクリン。」に
書いてあるそれが一番正解に近いのではないかという話もあって。もしその年表を
採用するとすれば、小学校でのダブりなしの一浪のみで、1982 年から 1985 年が
東北、それから 1988 年までが北海道にいたということになり、北海道にいたのは
22 年、東京にいたのは 25 年くらいという計算になるだろうか。これだとしてもあまり
「東京暮しの方がずっと長く」という感じではないかも。



More...

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1259900393/182-
-------
182 :無名草子さん:2009/12/05(土) 23:29:58
これも年末進行のうちなのか?

>東京人創刊25周年記念号
>
>創刊したとき、ずいぶんと地域限定的なイヤミな
>タイトルだなあ、と思ったものでしたが、その後
>ずっと東京住いで、いつの間にやら故郷より東京
>暮しの方がずっと長くなってしまいました。
>
>故郷の町の様変わりより、東京の変貌に切なさを
>感じる今日このごろ。
>
>そんな思いを込めて、25周年記念号に、つい、
>このあいだ引っ越したばかりの渋谷について書か
>せていただきました。
>
>お目にとまったらどうか、読んでみてくださいませ。

183 :無名草子さん:2009/12/05(土) 23:48:05
カッペ丸出し

184 :無名草子さん:2009/12/06(日) 00:02:50
引っ越したばかりで知らないなら書くなよと
言われるような内容だと予測できる

185 :無名草子さん:2009/12/06(日) 00:06:05
こんな電車の乗り継ぎも出来ないヤツに依頼すんな

191 :無名草子さん:2009/12/06(日) 01:05:06
>>184
引っ越して離れてしまった渋谷、の意味ですね
>このあいだ引っ越したばかりの渋谷について

にしても現在の渋谷は知らないと。
俊ちゃんH&Mがオープンしたの知ってる?

205 :無名草子さん:2009/12/06(日) 05:34:51
>>182
>東京人創刊25周年記念号
>
>創刊したとき、ずいぶんと地域限定的なイヤミな
>タイトルだなあ、と思ったものでしたが、その後
>ずっと東京住いで、いつの間にやら故郷より東京
>暮しの方がずっと長くなってしまいました。

東京人の創刊は1986年だそうだ。
「ずいぶんと地域限定的なイヤミなタイトルだなあ、と思った」てのは、
その年はちょうど北海道に引っ込んでいたからというので説明がつくとして、
「その後 ずっと東京住い」てのは叙述トリックっぽい。
東京に戻ってきたのは1988年という話だったはずなのに。

206 :無名草子さん:2009/12/06(日) 05:52:12
うるせえ。

211 :無名草子さん:2009/12/06(日) 07:03:17
>ずっと東京住いで、いつの間にやら故郷より東京
>暮しの方がずっと長くなってしまいました。

78年から青学に在学したとして4年、88年から東京在住として21年で足すと25年、
俊一くんは今何歳かな?

213 :無名草子さん:2009/12/06(日) 08:39:15
唐沢の80年代語りってどんなのがあったっけ?

60~70年代を時空を歪ませて語るのが特技だけれども、
80年代は触れられないことがいっぱい過ぎて語れなさそう。
個人的な思い出はほとんど書けないっぽいからな。

216 :無名草子さん:2009/12/06(日) 11:08:40
>>213
>唐沢の80年代語りってどんなのがあったっけ?

http://tondemonai2.web.fc2.com/320.html
「80年代、札幌の喫茶店で僕らは」「店に流れる雨やどりを聞いていた。」の時空歪み

217 :無名草子さん:2009/12/06(日) 11:12:32
>>216
ちなみに「雨やどり」は1977年のヒット曲。
発表当時はそうでもなかったが、
70年代後半~80年代はタモリを先鋒とした「さだまさし=暗い」
「さだまさし=ださい」というネガキャン真っ最中。

232 :無名草子さん:2009/12/06(日) 17:24:59
俊一ってほんと計算苦手なんだな。

234 :無名草子さん:2009/12/06(日) 17:37:56
>>232
苦手なのは計算だけやと思うなよっ!
今日はこれぐらいにしといたる!

238 :無名草子さん:2009/12/06(日) 19:45:14
>>211
仙台ひきこもり時代と黒ブリーフ時代をなかったことにしたいんだな

239 :無名草子さん:2009/12/06(日) 20:20:40
>>182

高田文夫が一番嫌うタイプだな。

田舎者の図々しさ丸出し。

240 :無名草子さん:2009/12/06(日) 20:24:56
>>239
どんなに唐沢が頑張っても
高田や泉麻人やいとうせいこうみたいな
本当の東京出身者にはかなわないんである。コレハコレハ。

241 :無名草子さん:2009/12/06(日) 20:30:53
東京志向丸出しにするといかにもカッペって感じでみっともないので
“江戸”とカモフラージュしているのである。

242 :無名草子さん:2009/12/06(日) 20:42:15
謝れ!杉浦日向子に謝れ!

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