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2009.11.28 (Sat)

あんまりメニューは覚えていないけど……の青学学食

今回もややチラ裏。唐沢俊一は青学の学食を本当に利用していたのか問題について。

正直に告白すると、「藤岡真blog」の「唐沢俊一、青山学院大学を語る」のエントリーに
続々と寄せられているコメントを読んで、少々ビビっているワタクシ。実は青山学院大学
の学食には、4 年間、それなりに通っていた (厚木キャンパスには一回も行っていない
世代) はずなのに、鰻重はあまり記憶にないです、すみません。いや鰻重なんてなかっ
たぞと主張したいわけではなく (いわれてみれば、あったような気もするし)、記憶のアヤ
しいのは、唐沢俊一だけではないという話かもしれないと……。ビーフシチューと冷やし
中華以外のメニューはあんまり覚えていないし、高額メニューといえばステーキとか
なかったっけとか思うけど自信がない……。

割と確実な (と思われる) ことを書いておくと、あちらのコメント欄にもそう書いていた人が
いるけど、当時の青学の学食は照明 (蛍光灯) が結構明るく、唐沢俊一の書いているよ
うな「ウス暗い食堂」という感じはしなかった。まあ地下なので、窓から外の光がはいって
こない、景色も見えないというのが、「暗い」という印象に結びつくという可能性はあるかも
しれないな――とは思う。ただ、地下の教室は「暗くてヤダ」という感想をもらす者はいても、
同じように学食を「暗い」と嘆いていた者は、少なくても自分の周囲にはいなかった。

で、あの時期、青学の学食は人気ランキングの一位とかは、テレビや雑誌などでいわれ
ていた一方、あんなのたいしたことない、どこそこの方がずっとおいしいという話もよく
耳にしたりしてした。自分自身で学食の食べ比べをしたことがないので確かなことは、
いえないけど、家政学部のあるような女子大や、金持ちの子息の多い医大などがレベル
高かったとかいう噂。自分で食べたことのある他大学の学食は、東大くらいしかなくて、
そこについては、サラダを口にしたとたん「×※△!★」と言葉を失ったことしか覚えて
いない。ああ、もしかしたら自分は、何のかんのいって、かなりめぐまれた学食ライフ (?)
をおくっていたのかもしれないなという思いが、ちらっと頭をよぎったりした。(気を悪くしな
いでください>東大の人)

青学の学食の方に話を戻すと、「少しリッチなのは(シャレではない)みんな外へ食べ
に行ってしまう。学食はもう少しそれを引き留めるための手を講じろ」という唐沢俊一の
言は、主観の相違はいろいろあるにしても、うーん、どうかなあと思うようなもの。

特にリッチではなかったが、どちらかというと外で食べることの方が多かった者のひとり
として証言すると、当時学食で「ちょっとなあ……」と思っていたのは、味のレベルやオバ
さんたちの態度や「ウス暗さ」ではなく、そしてもちろん「お茶をテーブルで飲んではいけ
ないのだ 食堂のはずれのコーナーまでいかんと」などという現実には存在しなかった
ローカルルールでもなく、混雑の際にはかなり長くなる列に並んで食べ物をとってこなけ
ればいけない面倒くささだったような……。「引き留めるための手を講じろ」などと、唐沢
俊一にいわれてしまうような、閑古鳥がないていた状態の学食の記憶はない。

それに、そもそも、学生は食事をとるためだけに学食にいくわけでもなかったし。講義の
空き時間のヒマつぶしとか、サークルのたまり場に顔を出すためとか。まあ、唐沢俊一
の場合は、空いている時間は図書館をもっぱら利用し、所属サークルは部室もちのため
学食にはあまりいかなかったという可能性も考えられないことはないが……。


ええと、それと、ずっと前に唐沢俊一スレに書き込んだ覚えがあるけど、プロテスタント系
の学校だけあって、出席にはかなり厳しいほうといってよいかと。ロクに大学に通わずに
卒業するということは、まず不可能。出席カードの提出を他人まかせにするのも限界が
あるはずだし、外国語などの講義ではひんぱんに小テストをするものもあったし。必修の
半分以上がそういうタイプなものだから、これだったらむしろ高校時代の方がサボるのが
簡単だったかも……と残念に思ったものだった。

卒論もそれなりに大変だったし。今でも覚えているのは、清書だけで一週間は見ておく
必要があるとか、4 年生になった最初から繰り返し注意されたこと (自筆でないとダメと
いう学科だったため)。それでも、清書を入れて一週間だか十日だかで卒論を書き上げ
提出したという剛の者がいたけど。内容的にも、これで卒業させるのはいかがなものかと
問題になり、親御さんが菓子折りをもって教授を訪問して卒業にこぎつけたといういう噂
で盛り上がったり。それはまあ噂にすぎないとして、卒業できるかどうかという瀬戸際で
あれば、親が介入して話をはっきりさせるのではないかという気が。結果、ダメだったと
いう話になることはあるにしても、親も放置で、卒業したことになったかどうかがそもそも
ハッキリしないというのは考えにくいと思う。

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テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

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Comment

>トンデモブラウさん
あはは、まあ、清水ちなみとか他にもいろいろアレな人材はいるからよいのですが……。^_^;

唐沢俊一の場合、私の知るかぎり学科を明記しているプロフィールはないし、何年卒とも書いている資料もないので、調べにくいというのはあるかしら。
トンデモない一行知識 |  2009年12月01日(火) 09:07 |  URL |  【コメント編集】

学歴詐称なんて、しょうもないガセが一つ加わっただけ、なんて思ってましたが、OB及び関係者には大問題なんですね。
詐称している人物が人物だけに。
私の母校だったら、本当にヤだもんなぁ。
全力でガセ(いってないこと)にしたい気持ちが分かる。
というか事実の検証ですけど、個人情報保護法とかいう公務員憐れみの法のために悪魔の証明に近い?
青学卒業者カワイソス・・・
トンデモブラウ |  2009年11月29日(日) 22:42 |  URL |  【コメント編集】

「お茶をテーブルで飲んではいけないのだ」ってのは、唐沢なをきといっしょに取材にいったとき、他の客たちはどうしていたか観察していなかったのか、そもそも客のいる時間帯にいったのかという疑問も。

http://d.hatena.ne.jp/sfx76077/20091126#c1259364138
で言及なさっている、「俺が貧乏しているから邪険にされた」というのもなかなかですね。これはエピソードとしては何も具体的なことは書いていないけど、内心どう思っていたかについては妙にリアルにせまってくるものがあるという……。

「まったくの被害妄想であることが確認された。誰に対してもツッケンドンなのだ」って、在学時には「誰に対してもツッケンドン」とは思わなかったのか、他の人に対する態度と比べてもみないで「俺が貧乏しているから邪険に」とか思いつめていたのか、と考えはじめるとなかなか怖いです。『トンデモ創世記2001』 P.46 の、「あの頃、月の仕送りが七万円でしたから、学生の中でも良い方だったのかな」は、どこにいった? という問題もありますし……。貧乏だったといっても、実家の経済力や仕送りの額は悪くなく、趣味 (『トンデモ創世記2001』では古本ではなく映画という設定) につぎ込んだせいで金がないという場合、そこまで貧乏をヒガむってのはあるのかなあ? とも思いました。
トンデモない一行知識 |  2009年11月29日(日) 02:04 |  URL |  【コメント編集】

>お茶をテーブルで飲んではいけないのだ 食堂のはずれのコーナーまでいかんと」などという現実には存在しなかったローカルルール

 このローカルルールが、唐沢が唯一書いている「具体的な思い出」なんです。ということは、学食関しては、「本当は利用したことがない」でOKなのではと思います。
藤岡真 |  2009年11月28日(土) 21:50 |  URL |  【コメント編集】

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