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2009.11.23 (Mon)

「二年目は効かなくなるんですか」ときいたからって、にらまなくてもいーじゃん

裏モノ日記 2009年 11月 21日(土曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20091121100004.html

市川海老蔵と小林麻央結婚の報道。
成田屋代々の“にらみ”はにらまれると一年間風邪をひかない
と言われています、というレポーターの説明に
「二年目は効かなくなるんですか」
と間抜けな受け答えをしたコメンテーターあり。
縁起というものは五節句、二十四節気などの思想をもとに
したもので……などというしち難しい説明をしてはお茶の間から
嫌われるとはいえ。


「一年間風邪をひかない」としているのは、「有効期間は一年だから、 来年のお正月にも
ぜひお越しください」という意味だという説を2ちゃんねるのスレに書き込んだら、そこそこ
受けたみたい (Read More 参照) だったので、調子にのってこちらにもアップしてみる。

正月うんぬんと書いたネタ元はこれ↓

http://kijiroku.blog90.fc2.com/blog-entry-313.html
> 江戸時代の正月には、「巻(まき)」に記された外題・配役を読み上げる「仕初式(し
>ぞめしき)」があり、市川團十郎家では読み上げた後に「にらみ」となる。この「にらみ」
>を見た観客は一年間風邪をひかないといわれる縁起物の儀式。


まあ、正月に限定されるわけでもないみたいで、今年 6 月に「新型インフルエンザ蔓延
を憂慮」して、「急遽演目追加」というのもあったそうだ。

http://okoto.no-blog.jp/namunamu/2009/06/post_c338.html
>大阪松竹座市川海老蔵舞踊公演で、このほどの新型インフルエンザ蔓延を憂慮され
>た成田屋若旦那海老蔵丈が、急遽演目追加、口上に 『にらみ』 を!!
>市川家成田屋の家の芸 『にらみ』
>にらまれると一年間無病息災、風邪をひかないといわれております。ウイルスも早々
>退散してくれますように。
>この時期、本当に有難いお話ですね。


んで、唐沢俊一の日記を読んでも、どうして「二年目は効かなくなるんですか」というのが
「間抜けな受け答え」 (というか質問だろうが) で、「縁起というものは五節句、二十四節
気などの思想をもとに」とかいいだしているのかは、よくわからない。

http://www.kougetsu.co.jp/hinamatsuri/gosekku.html
>◆五節句
>・五節供は「五節句」とも書きます。
>江戸幕府がこれらの五節句を式日と定めたのは、従来の宮廷の伝統的節会を踏襲
>する意味がありました。しかしそれ以上に、武士社会と密接な関係がある農村地帯の
>民俗的な節日を受容し、これに中国式の解釈を施して形成されたと考えられています。
>・五節句には、3月3日、5月5日のように奇数の重なる日が選ばれていますが、これも
>中国の考え方の影響です。ただし1月だけは1日(元旦)を別格とし、7日の人日(じん
>じつ)を五節句の中に取り入れています。
>・「五節句」の制度は明治6年に廃止されましたが、民間行事として定着しています。
>五節句は季節の草や木に関連していますが、季節に応じた植物を食することで邪気
>を払うのが目的でした。
>・人日(じんじつ) 正月7日 お正月の七草・・・(七草粥)
>・上巳(じょうし) 3月3日 3月の上巳の桃・よもぎ・・・(桃花酒→江戸時代以降は白酒)
>・端午(たんご) 5月5日 5月の端午の菖蒲・・・(ちまき→江戸時代以降は柏餅)
>・七夕(しちせき) 7月7日 7月の七夕の竹・瓜・・・(さくげ→江戸時代以降はそうめん)
>・重陽(ちょうよう) 9月9日 9月の重陽の菊・・・(菊酒)


端午の節句といえば、唐沢俊一は、「鯉のぼりの吹き流しは『雲』を表す、『滝』を表す、
の二説ある。」とかいうガセビアを披露したことはある
が……他に五節句関係の蘊蓄って
なんか披露していたっけ。

次に、二十四節気。

http://iroha-japan.net/iroha/A04_24sekki/
>二十四節気とは、節分を基準に1年を24等分して約15日ごとに分けた季節のことで、
>1ヶ月の前半を「節」、後半を「中」と言います。その区分点となる日に季節を表すのに
>ふさわしい春・夏・秋・冬などの名称を付けました。


「“にらみ”はにらまれると一年間風邪をひかない」で、「『二年目は効かなくなるんです
か』と間抜けな受け答えをしたコメンテーターあり」と、間抜け認定した理由は、やっぱり
よくわからない。まさか、とにかく 1 年で一区切りなのだと主張したいだけというオチでは
ないだろうな……とは信じたいのだけど。

ということで、次は縁起。

http://ja.wikipedia.org/wiki/縁起物
>五穀豊穣、大漁追福、商売繁盛、家内安全、無病息災、安寧長寿、夫婦円満、子孫
>繁栄、祖先崇拝や招福祈願、厄除祈念や「ハレ{天気ではなく天晴れ(あっぱれ)や
>晴れ晴れとした気持ちの「晴れ」をさす}」に纏わる物など多岐に渡る。また、祭礼や
>縁日や市などの寺社の参道や境内や門前町・鳥居前町において参詣者に授与・販売
>する歴史的、文化的背景のあるものを指す。日本古来の物として特殊な例としては祭
>りなどで選ばれた福男やなまはげなどの演者、力士など神の依り代になった人も縁
>起物とされる。時節による滋養強壮の目的で長寿や薬事効果を期待して食された物
>として鰻や初鰹なども縁起物といえる。仏教、密教、ヒンドゥー教などのインド文化を
>起源とするものや五節句や二十四節気など中華文明の風俗習慣を起源に持つ物も
>存在し、それらが日本古来の神道と渾然一体となっているものもある。(具体的には
>七福神の一柱である「大黒」はヒンドゥー教を起源とし、日本には大乗仏教の「大黒
>天」と、密教の「大黒天」と、神道の神である大国主命と仏教の大黒天が神仏習合し
>た「大黒様」と、三つの神仏が存在し姿も意味合いもそれぞれ違うものである。)


なるほど、縁起物のなかには、「五節句や二十四節気など中華文明の風俗習慣を起源
に持つ物も存在」する、と。

となると、唐沢俊一の説では、「仕初式」後などの「市川家成田屋の家の芸 『にらみ』」
は、「中華文明の風俗習慣を起源」ということになるのだろうか。ええと、でも、歌舞伎っ
て、どちらかというと神道系の起源をもつんじゃなかったっけ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/歌舞伎
>慶長8年 (1603) に北野天満宮で興行を行い、京都で評判となった出雲阿国が歌舞
>伎の元祖といわれている。阿国は出雲大社の巫女であったとも河原者でもあったとい
>うが、定かではない。


だいたい、唐沢俊一って、歌舞伎についても割と無知だしなあ……。

今の歌舞伎も、そんな取り澄ましたものではないと思うが
平凡な文章の中に混じる常識を飛び越えたトンデモな世界?

ちなみに、今年 6 月に急遽演目に追加した「にらみ」については、以下のように報じられ
ている。

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/090603/tnr0906031719007-n1.htm
> 「にらみ」は市川団十郎とその一門の俳優だけが演じられる魔よけの所作。関西
>地方に感染者が多い新型インフルエンザを吹き飛ばそうと、海老蔵が発案し、急遽
>(きゅうきょ)演目に追加した。
> 海老蔵は、市川家一門の色である柿色の裃(かみしも)姿で登場。口上で「先祖の
>衣鉢(いはつ)を力草(ちからぐさ)に、型(かた)ばかりではござりまするが、ご覧にい
>れまする」とあいさつ。左手に巻物を載せた三方(さんぽう)を持って右の片袖を脱ぎ、
>片ひざ立ちで客席をぐっとにらみ、観客から盛んな拍手を浴びた。
> 江戸時代には、神仏に扮(ふん)した団十郎への信仰が起き、「にらみ」を見ると熱
>病が治ったり、1年間風邪をひかないといわれてきた。「にらみ」は10日までの公演
>で、毎回行われる。


「神仏に扮(ふん)した団十郎への信仰が起き」とのことなので、Wikipedia の説明でいう
「神仏習合」タイプみたいなもの (?) であり、あんまり「中華文明の風俗習慣を起源」に
してはいないのではないかと。どちらかというと、「福男やなまはげなどの演者、力士な
ど神の依り代になった人」という方に近い気もする。


追記: コメント欄で、「市川家の成田屋の屋号は成田山新勝寺にちなむもの」であり、
「新勝寺と言えば不動信仰」。なので、にらみは不動明王をまねたのもではないか――
という指摘があった。確かに、説得力アリ。

http://www.cc.e-mansion.com/~ichikawa/data/aquiz0029.html
>彼が深く信仰していたお寺・成田山新勝寺に因んで、屋号を「成田屋」とした、「荒事」
>の創始者としても知られる、江戸時代の歌舞伎役者は誰?
> 市川団十郎


http://www.naritaya.jp/naritaya/dictionary/na.php#01
>成田山<なりたさん>
> 祖先は甲州出との説もあるが、初代團十郎の父は成田近くの幡谷<はたや>出身、
>しかも家の栄えの基礎は、出身地の守り神、不動尊にまつわる宗教劇のお蔭だった
>から、市川宗家の成田山信仰は根強いものがある。屋号の成田屋も勿論これに由来
>する。今でも代々團十郎襲名は成田山新勝寺でお練り<おねり>が行われる。初代は
>成田不動に願をかけ、二代目をもうけたという程、因縁<いんねん>浅からぬ両者だ。


http://www.naritaya.jp/naritaya/dictionary/ma.php
>紅隈<べにぐま>
> 先日成田山に行った時、七代目團十郎の軸があり、その賛に眼玉堂白猿とあった。
>それ程七代目は目玉が大きかったらしいが、幼名を小玉といったから可笑しい。役者
>の中でも筆まめな事第一で、方々への長文の手紙を出したが、仮名の「め」の代りに
>目玉の絵を書き入れたくらい、自分で大眼玉を認めていたのだろう。その子八代目・
>九代目と、いずれも睨みの効く骨相<こっそう>は市川宗家に持って来いだ。


ただ、不動明王のみに限定しないで、産経の記事のように「神仏に扮(ふん)した団十郎
への信仰」とか、含みをもたせた表現も捨て難いかなとも思ってみたり。演じる側が、俺
を不動明王の化身と思って拝めなど言いだしたわけではなく、観客が自然発生的に、
「ありがたや、ありがたや」と拝みはじめた情景を想像するため。



More...

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1258801712/327-
-------
327 :無名草子さん:2009/11/23(月) 14:37:34
>市川海老蔵と小林麻央結婚の報道。
>成田屋代々の“にらみ”はにらまれると一年間風邪をひかない
>と言われています、というレポーターの説明に
>「二年目は効かなくなるんですか」
>と間抜けな受け答えをしたコメンテーターあり。
>縁起というものは五節句、二十四節気などの思想をもとに
>したもので……などというしち難しい説明をしてはお茶の間から
>嫌われるとはいえ。

 ああ、おれがコメンテーターなら、あれも言いたかったこれも言いたかったですか。
せっかく知ったかぶりが出来たのにねえ。でも先生、「成田屋代々の“にらみ”は
にらまれると一年間風邪をひかない」が洒落なら、「二年目は効かなくなるんですか」は
ジョークですよねえ。しかも「間抜けな受け答え」じゃなくて「質問」ですわな。
でもって、あんたが、モゴモゴと「五節句がどーの、二十四節気がどーの」なんて話すのを
聞きたい人なんかおりませんよ(どっちにしろガセだし)。もうTVからはお呼びがない。
諦めなさい。



328 :無名草子さん:2009/11/23(月) 14:44:38
まあいつおよびがかかるか分からないから
自主トレするのはいいことだよ

329 :無名草子さん:2009/11/23(月) 14:54:18
そういや昔の曲を探す依頼でよく声がかかってたナイトスクープには、
最近出てないよな…
番組の演出かもしれないけど、役に立ったことがなかったし


332 :無名草子さん:2009/11/23(月) 15:08:16
>>327
よくわからんがそれ、有効期間は一年だから、
来年のお正月にもぜひお越しくださいって話とは違うの?

333 :無名草子さん:2009/11/23(月) 15:53:15
>>332
それでいこう

334 :無名草子さん:2009/11/23(月) 16:11:09
>>332に比べると唐沢の苦言って妙に野暮ったく見えてしまうのは
自分だけか

335 :無名草子さん:2009/11/23(月) 16:34:38
野暮ったいというより、

>縁起というものは五節句、二十四節気などの思想をもとに

は、(お茶の間に嫌われるかもしれないけど)オッケー、

>「二年目は効かなくなるんですか」

は間抜けなコメントとする理由が、よくわからない。
「しち難しい説明」だから、野暮だからって以前の話で嫌われそうだ。

336 :無名草子さん:2009/11/23(月) 16:53:07
唐沢は、人の批判する前にきちんとその辺、
わかりやすく説明すればいいだけの話。

いろいろ知ってるけど今は書かない的な言い方は
卑怯。
具体的に説明するとほとんど間違ってるくせに。

347 :無名草子さん:2009/11/23(月) 17:56:54
>>336
>いろいろ知ってるけど今は書かない的な言い方は
>卑怯。

テンテーはいつも思っているんだよ
「まだ俺はホンキを出していないだけ」

-------
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Comment

あ、いえいえ、普段やましく思っていたことに反応しただけですので、お気になさらずに。こちらこそ何かすみませんでした。

ところで、テリー伊藤さんもまた、唐沢俊一のなりたかった姿のひとつかなあと思いました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/テリー伊藤
>テリー伊藤(テリー いとう、本名:伊藤 輝夫(いとう てるお)、1949年
>12月27日 - )は、日本の演出家、テレビプロデューサー、タレント、評論家。

専業作家より、演出家、プロデューサー、タレント、評論家をマルチにこなす方がポイント高いと信じているのではないかと。盗作騒動以前は、もっぱら物書きの人かと思っていたのですが。
トンデモない一行知識 |  2009年11月26日(木) 23:52 |  URL |  【コメント編集】

●謝罪します

テリー伊藤さんの本はそれなりの分量があるテキストを簡略にまとめたもので引用上手だなと感じたのですが言いたかった部分がそっくり抜けてしまいました。
こちらのサイトが引用下手ということはありません、お詫びします。

オイラは唐沢俊一か!恥ずかしい。
通りすがり |  2009年11月25日(水) 21:22 |  URL |  【コメント編集】

>Meitei,S.さん
どうもです。をを、確かに、不動明王について書いている人も結構いますですね。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~e-kaori/mado111.htm
>後を継ぐ子に恵まれなかった初代團十郎がお不動さんに願掛けを
>して生まれたと言われているのが不動の申し子と呼ばれた二代目
>である。
>その恩に報いるため市川宗家では代々お不動さんを信仰し、参詣に
>やってくる人々に取り持ちという接待役を務めてきたのだという。
>不動尊のお慈悲に感謝し、慶びと報恩を衆生と分け合うという精神は
>今も舞台で貫かれている。
>これが歌舞伎十八番で「不動」が演じられるようになった由縁である。
>かっと目を見開いて睨みをかす成田屋の芸「見得」は不動明王の
>忿怒のお姿であった。そこから「不動の見得」と言われる見得中の
>見得が生まれた。
>勧進帳を読み終えた弁慶がするのも不動の見得。(歌舞伎用語と
>しては「見得を切る」という表現は間違いで「見得をする」というのが
>正しいそう。)
>経巻を剣に、数珠を羂索に見立てた不動明王の姿である。
>睨まれて病気が治ったという言い伝えもあり、不動信仰と重なって
>團十郎にお賽銭を投げてご利益を求める人であふれた時代もあった
>という。

もっと突っ込んで調べてみればよかった……。ご指摘ありがとうございます。(_ _)

不動明王は、インドから中国を経由して日本に伝わったという意味では、中国文化の影響もあるという主張は可能でしょうが、「五節句、二十四節気」の方とのつながりとなると、私にはよくわかりません。
トンデモない一行知識 |  2009年11月25日(水) 09:09 |  URL |  【コメント編集】

市川家の成田屋の屋号は成田山新勝寺にちなむものですよね。

新勝寺と言えば不動信仰で有名ですので、「にらみ」も不動明王の「水波相、天地眼、牙上下出」をまねているものと思っていました。

不動明王の起源はあまり明らかではないようですが、すくなくとも日本に伝来した像容・信仰はインド文化由来のものでしょう。

唐沢センセーの言う「しち難しい説明」が「一年間」という期間についてだとしても、その「五節句、二十四節気などの思想をもとにした」説明をちゃんと聞くまではどうにも信用できません。
Meitei,S. |  2009年11月24日(火) 01:46 |  URL |  【コメント編集】

>通りすがりさん。
うーん、ちょっとコメントの意図をつかみかねています (1 年よりも長い期限の例?) ので、ハズしていたらすみませんが、二年坂にしろ三年坂にしろ、一番最後に転んだときから数えて何年後に死ぬというのは、話が明るくなって (?) よい反面、最初に転んだ分はナシになるのかよっ!? と釈然としないものが残ると思います。

二年坂や三年坂の話ならまだよいのですが、たとえば DEATH NOTE のルールとかに、そういうのを混入されたら、マジで腹が立ったろうなーと思います。

>早い話が引用下手、長々やりゃいいてもんじゃない。

当該エントリーのことですか? どうもすいません。(←故三平風に)


んでも、ついやってしまう長い引用ということで。

http://www.bbweb-arena.com/users/mnaokun/京都の散歩道_012.htm
>八坂道の石畳が尽きるところが三年坂である。名前の由来には諸説
>あるが、大同3年(807年)に完成したから三年坂という説と、この坂の
>上の清水にある子安観音へ「お産が寧か(やすらか)でありますように」
>と祈願するために登る坂であることから産寧坂と呼ばれるようになったと
>いう説が有力だ。
トンデモない一行知識 |  2009年11月23日(月) 22:49 |  URL |  【コメント編集】

テリー伊藤さんのお笑い北朝鮮で三年坂という朝鮮の昔話が紹介されていて、転ぶと三年しか生きられぬ三年坂で転んだ老人が落ち込んでいると通りがかった子供たちが喜んで何度でも転んでみせる、転べば三年は生きられるのだから何度でも転べばよいという話でした。
早い話が引用下手、長々やりゃいいてもんじゃない。
通りすがり |  2009年11月23日(月) 21:44 |  URL |  【コメント編集】

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