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2009.02.28 (Sat)

奇妙なのはディズニーの持つ世界観の方ではなくて

「裏モノ日記」 2006年 11月 19日(日曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20061119124825.html

ディズニーの持つ世界観には、奇妙なことだが父親像が極めて影が薄い。
長編アニメのうち、初期の『白雪姫』、『ピノキオ』、『ダンボ』、『バンビ』、
『シンデレラ』の主人公たちには揃って父親がいない。恋人である王子の
父親が登場する『シンデレラ』でも、その父親像は王の威厳を全く欠いた、
アメリカの中規模企業の社長程度の存在に矮小化されてしまっている。
しかし、手塚作品の多くの中心にあるのは『ジャングル大帝』のパンジャ
のように偉大で強権を持った父親像であり、『アトム』の天馬博士や
『どろろ』の醍醐景光のように、ときには息子と対立する存在でもあった。
美しい女性への絶対の思慕を隠そうとしない一方で、このようなある意味
憎まれる父親像を描き続けた手塚の心象はどのようなものだったのか。

http://s02.megalodon.jp/2009-0227-0111-30/www.tobunken.com/diary/diary20061119124825.html

2ちゃんねるのスレへの書き込みでも散々突っ込まれていたが (Read More 参照)、
パンジャを「偉大で強権を持った父親像」とする一方、『ジャングル大帝』に大きな
影響を与えた方の『バンビ』については、威厳あふれる父親の存在をあえてスルー
である。

そして手塚治虫の作品はディズニーと違い、「父親像が極めて影が薄い」わけでは
ない――と唐沢俊一は主張しようとするのだが、何も「偉大で強権を持った父親像」の
パンジャの次に、「『アトム』の天馬博士や『どろろ』の醍醐景光」をあげなくても……。

星一徹みたいな「ときには息子と対立する存在」だったら「ある意味憎まれる父親像」
といってよいだろうけど、天馬博士や醍醐景光だと敵役通り越して悪役っぽく、「ある
意味」どころか、いろんな意味で憎まれそうだ。2ちゃんねるのスレでの「天馬博士も
醍醐景光も『狂った父』じゃないか」という突っ込みも無理がないというか、他に人材は
いなかったのかというか。同じ『どろろ』でも、どろろの父親なら、家族を守った立派な
父親といえるのに。まあ、盗賊なんだけど。

で、唐沢俊一には「奇妙なことだが父親像が極めて影が薄い」といわれてしまった
ディズニーの初期の長編アニメだが、『白雪姫』や『シンデレラ』で父親の影を濃く
しても、家庭内のいじめや殺人を結果的に放置することになった無能さや、その理由
づけにスポットをあてることにしかならないような気がするが。『白雪姫』では、実の娘
を溺愛する変態ロリコンおやじとして前面に出す手もあるけど、そんな『月刊ほんとうに
怖い童話』 (唐沢俊一も以前寄稿) に載りそうな話をディズニーがやったら、そちらの
方がよっぽど奇妙である。

まあ『白雪姫』はともかくとしても、2ちゃんねるのスレでの指摘にもあったように、子ども
と接する時間の長い母親が物語の中心にくることが多いのは自然なことだし、家庭内で
存在感がある強い父親の庇護を期待できない環境の方が物語になりやすいだろうから、
唐沢俊一が「奇妙なこと」としていることの方が奇妙に思える。

ただ、時代を無視して今の視点で見れば、ディズニーの初期アニメは「父親像が極めて
影が薄い」という感想もアリかもしれない。

グリム童話発表当時、『白雪姫』を殺そうとする母親が実母では具合が悪いというので、
継母ということに書き換えられた。血を分けた親子の洒落にならない争いをタブーとする
ことをやめれば、前出の手塚治虫の醍醐景光のように、物語の発端 (魔物に息子を売り
渡した諸悪の根源ともいう) を父親とすることも可能となる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/白雪姫
>7歳のとき、王妃(継母、グリム童話初版本では実母)より美しく育ったために城を追い
>出され、その後小人の家で暮らす。


物騒ではない方向での関与としては、『クレイマー、クレイマー』 (1979 年) 発表当時は
それなりに新鮮だった、父親が育児に積極的に関与する物語も、今となると当たり前の
話となっている。

http://www.amazon.co.jp/product-reviews/B000EZ82ZG
>「1」では威厳あふれるバンビの父親も、「2」では親馬鹿ぶりを発揮して、最後には
>親子ではしゃぐ始末です。


つまり、この日記の記述は、唐沢俊一が得意とする時空歪ませの一種により、今ひとつ
意味不明なものになっているのではないかと。



More...


http://www.23ch.info/test/read.cgi/books/1235123256/
-------
954 :無名草子さん:2009/02/25(水) 09:58:13
「裏モノ日記」2006年11月19日(日曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20061119124825.html
>ディズニーの持つ世界観には、奇妙なことだが父親像が極めて影が薄い。
>長編アニメのうち、初期の『白雪姫』、『ピノキオ』、『ダンボ』、
>『バンビ』、『シンデレラ』の主人公たちには揃って父親がいない。
>恋人である王子の父親が登場する『シンデレラ』でも、その父親像は
>王の威厳を全く欠いた、アメリカの中規模企業の社長程度の存在に
>矮小化されてしまっている。しかし、手塚作品の多くの中心にあるのは
>『ジャングル大帝』のパンジャのように偉大で強権を持った父親像であり、
>『アトム』の天馬博士や『どろろ』の醍醐景光のように、ときには息子と
>対立する存在でもあった。

ディズニーの長篇にあまり父親が登場しないのは「原作がそうなっているから」
というのもあると思うが、『バンビ』には「森の王様」的存在の父親が登場する。
手塚の『ジャングル大帝』は明らかにその影響。
『白雪姫』『シンデレラ』に登場する母親は継母である。
『ピノキオ』は人形なので両親がいないのは当たり前だが、ゼペット爺さんの
キャラは父性を表現できているのでは?
手塚作品でも『バンパイヤ』なんかはどうなる?

955 :無名草子さん:2009/02/25(水) 10:03:07
天馬博士も醍醐景光も「狂った父」じゃないか。

959 :無名草子さん:2009/02/25(水) 10:43:23
>長編アニメのうち、初期の『白雪姫』、『ピノキオ』、『ダンボ』、
>『バンビ』、『シンデレラ』の主人公たちには揃って父親がいない。

『白雪姫』『シンデレラ』の母親は継母なので、実の両親のうち父親だけが
いないのは『ダンボ』だけ。『バンビ』は両親とも登場。他は両親共いない。
作品中の片親の不在から作家の内面を分析しようとする試みは珍しくはないが、
この場合の手塚との比較は最初から無理がある。
ディズニーアニメにウォルト.ディズニー個人の作家性がどれだけ反映されて
いるかという疑問もあるし。

960 :無名草子さん:2009/02/25(水) 10:49:37
>>954
>『ピノキオ』は人形なので両親がいないのは当たり前だが、ゼペット爺さんの
>キャラは父性を表現できているのでは?

ゼペット爺さんはピノキオを作ったのだから父親ですね。
ピノキオは放蕩息子を溺愛する父親の物語で、それを補うために妖精やコオロギ
が教育したり助けたりするわけだから、父親的なものがないんじゃなくて、
強い父親がいないことがテーマなのかもね。

それとバンビを唐沢は見てないんじゃないか?忘れてるか覚えてないか。
またはアホすぎて、あれがバンビの父親だと分からないとか。
バンビは成長物語なわけで、母が死んで父の存在に影響をうけるところが
一番のドラマだとおもうがね。

961 :無名草子さん:2009/02/25(水) 10:54:10
アトムも
天馬博士→狂った父親
をフォローする意味で
お茶の水博士という育ての父
そして頼りないロボットの父も出てくる

どろろの場合は、百鬼丸の場合は狂った父だが
どろろの父は家族を助けるために犠牲になった立派な父ですよ。

963 :無名草子さん:2009/02/25(水) 10:57:06
母親が物語の中心に来るっていうのは古今東西
ディズニーや手塚を持ち出す必要もなく当然の結果でしょ?
小さな子供の一番近くに常にいるのが母親なんだから。


964 :無名草子さん:2009/02/25(水) 11:00:21
>>963
ピノキオは母親がいないよな。
父親か母親かどっちかがいないことで
物語になるんだよ。アトムも家族ができて
つまらなくなっとるし。

965 :無名草子さん:2009/02/25(水) 11:07:59
>古今東西ディズニーや手塚を持ち出す必要もなく

親子の絆を描いた作品以外では両親がいない設定も多いよね。
主人公の不幸を強調する効果とか、家庭に拘束されていない方が動かしやすいという意図があるかも。親を探す話も多い。

966 :無名草子さん:2009/02/25(水) 11:12:44
単純なところに落とし込むのは、唐沢の作品を読む能力が
低いからって結論だな。

ディズニーも手塚も紋切り型に語るのは誰でもできるよ。

967 :無名草子さん:2009/02/25(水) 11:20:22
ディズニー映画とディズニー個人の作家性を混同してしまうのは、
ピクサーの映画は全部ジョン・ラセターが作っているんだというのと同じくらい恥ずかしいような。

968 :無名草子さん:2009/02/25(水) 11:26:06
「紋切り」といえば蓮實重彦。
唐沢のやっていることって極悪劣化した蓮實だろ、と指摘する人はいるんだけど、
いまいちピンとこない。
蓮実の褌ならぬ帯にそのままインスパイアされました、
という豪快さんやってくれたしね。w

975 :無名草子さん:2009/02/25(水) 12:01:42
>>964
アトム「地上最大のロボット」ではウランが目立ちまくりですよ
パンツ一丁でプルートゥに立ち向かっちゃうし

983 :無名草子さん:2009/02/25(水) 12:32:30
唐沢のような記憶力の鈍い大衆的教養に欠けた人が
ディズニーやら落語について上からモノ申すのが大体もう...

987 :無名草子さん:2009/02/25(水) 13:09:55
>>975
大観衆の眼前でパンツも吹き飛ぶぐらい散々に傷めつけられてから全裸で壊されるって
連載当時にそれ見ていけない性的嗜好に目覚めた子が絶対いるよね。

990 :無名草子さん:2009/02/25(水) 13:17:05
>>987
「地上最大のロボット」読んでないでしょ
強敵プルートゥとアトムを戦わせたくないウランが、アトムのパンツをはいて男装し(苦笑)、「ぼくはアトムだ」と偽ってプルートゥに挑戦するんですよ
(いかにも手塚治虫らしい展開)


991 :無名草子さん:2009/02/25(水) 13:19:35
>>990
読んだけど、じゃあ他の話のと勘違いしてるわ。

993 :990:2009/02/25(水) 13:25:38
末尾の一行が抜けてましたm(_ _)m

で、プルートゥに「おまえはアトムじゃないな」とすぐに見破られて戦いにならなかった

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