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2009.11.12 (Thu)

ジンギスカン鍋に名を残すのが「粋である」って発想が何か野暮

『キッチュワールド案内』 P.44

そう言えばチンギス・ハーンも、当時知られていた世界地図の五分の四を
征服しながら墓も残さず、今彼の業績を伝えるのはジンギスカン鍋ばかり
という寂しさである。いや、世界を支配するより、そういうところに名を残す
方が粋である、と晩年の彼なら思ったかもしれない。


「ジンギスカン鍋」は別にチンギス・ハーンの「業績を伝える」ものではない、そもそも
チンギス・ハーンをはじめモンゴルの人たちは、肉を焼いて食べる習慣はあまりないし、
兜で羊肉を焼いて食べていたというのは後世の作り話だと『トリビアの泉』でもやって
いた――という話は、「モンゴルの人は焼肉を愛好してません」のエントリーに書いた。

そして「墓も残さず」というのもガセだという話は、「ジンジンジンギスカーン♪」の方で。

その他関連ガセビア
お願いだから食物としての羊を大切に使いましょうよ

で、今回、「豪快ガセ本 『キッチュワールド案内』徹底検証 その5」のエントリーおよび
2ちゃんねるのスレへの書き込み (Read More 参照) を読んで気になったのは、「世界を
支配するより、そういうところに名を残す方が粋である、と晩年の彼なら思ったかもしれな
い」の部分。

これではまるで、チンギス・ハーンは晩年、隠居して茶でもすすりながら、趣味人として
生きたお爺さんのようだ。……たとえそうだとしても、13 世紀のモンゴルに生きた人間
が、その方が「粋である」と「思ったかもしれない」とは、どこから出てきたか理解に苦し
むばかりだけど。

実際のチンギス・ハーンは、死ぬ間際まで戦闘意欲も征服意欲も満々で、死の床に
ついたのも陣中での話。遺言は、戦っていた相手である金や西夏の攻略・殲滅の方法
についてであったという。

「世界を支配するより、そういうところに名を残す方が」どころの話ではない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/チンギス・カン
>翌1227年、チンギスは興慶攻略に全軍の一部を残し、オゴデイを東に黄河を渡らせ
>て陝西、河南の金領を侵させた。自らは残る部隊とともに諸都市を攻略した後、興慶
>を離れて南東の方向に進んだ。『集史』によれば、南宋との国境、すなわち四川方面
>に向かったという。同年夏、チンギスは夏期の避暑のため六盤山に本営を留め、ここ
>で彼は西夏の降伏を受け入れたが、金から申しこまれた和平は拒否した。
>ところがこのとき、チンギスは陣中で危篤に陥った。このためモンゴル軍の本隊は
>モンゴルへの帰途に就いたが、西暦1227年8月18日、チンギス・カンは陣中で死去し
>た。『元史』などによると、モンゴル高原の起輦谷へ葬られた。これ以後大元ウルス末
>期まで歴代のモンゴル皇帝たちはこの起輦谷へ葬られた。
>彼は、死の床で西夏皇帝を捕らえて殺すよう命じ、また末子のトルイに金を完全に滅
>ぼす計画を言い残したという。チンギス・カンは一代で膨張を続ける広大な帝国をつく
>り、その死後には世界最大の領土をもつ帝国に成長する基礎が残された。


ちなみに、「晩年のジンギスカン」でググったら、こういうのも↓ あくまで小説の話だけど。

http://www.orionnet.jp/blog/index.php?UID=1109639732
>蒼き狼(井上 靖著 新潮文庫)
〈略〉
>晩年のジンギスカンはジュチのことを除けば、すべて至極満足の状態にありました。
>〈略〉ジュチが実際に長く病床にあって、ついにその果てに異境に没したということを
>知ると、彼は独り部屋に篭もり激しい慟哭の涙を流すのでした。いまこそジンギスカン
>は自分が誰よりもジュチを愛していたことを知るのでした。その思いは皇子ジュチの
>死を公表する詔勅に現れていました。
>『皇子ジュチ、キプチャック草原の一角に薨ぜり。そこはモンゴルの祖、上天の命あり
>て生まれたる蒼き狼と惨白き(なまじろき)牝鹿が、その昔来れる美しく大いなる湖の
>畔なり。その名をカスピ海という。皇子ジュチ性勇敢にして、幾多の戦闘に臨みて、常
>にモンゴル将兵の範たり。アラル、カスピ、黒海の北方にキプチャック王国を建て、そ
>の第一祖となる。ジュチの裔、長くキプチャック王国を統べるべし』
>1227年、ジンギスカンは西夏と金国の国境で没しました。遺言は『西夏がもし期限
>が来ても開城しなければ、総攻撃に移って、西夏王を殺し、首都寧夏の住民を悉く滅
>却すべし』というものでした。ジンギスカンは最後の最後まで蒼き狼であり続けたので
>す。



More...

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1257841140/53-
-------
53 :無名草子さん:2009/11/11(水) 12:22:30
>今彼の業績を伝えるのはジンギスカン鍋ばかりという寂しさである
近年、内モンゴル自治区では中国政府の弾圧が緩くなった事もあり、
モンゴルの始祖チンギス=ハーンの業績を称える運動が盛んで銅像も
建立されたんだが。

70 :無名草子さん:2009/11/11(水) 21:14:45
>そう言えばチンギス・ハーンも、当時知られていた世界地図の五分の四を征服
>しながら墓も残さず、今彼の業績を伝えるのはジンギスカン鍋ばかりという寂
>しさである。いや、世界を支配するより、そういうところに名を残す方が粋で
>ある、と晩年の彼なら思ったかもしれない。

墓を残していないワケではない事は前述の通り
しかし「今彼の業績を伝えるのはジンギスカン鍋ばかり」は酷い
ジンギスカン鍋のどこに「業績を伝えている」んだ?
それがOKなら、ディスコの『ジン、ジン、ジンギスカーン♪』も
業績を伝えているって事になるよな。

そして「晩年の彼なら思ったかもしれない」
なぜチンギス・ハーンの晩年はそう思った、と思ったの?
チンギス・ハーンの晩年ってどこからの事を言うの?

71 :無名草子さん:2009/11/11(水) 21:30:09
ナポレオンの業績を伝えるのも「いいちこ」だけなんである

72 :無名草子さん:2009/11/11(水) 21:32:46
夏目漱石の業績は猫である。名前はまだない。

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Comment

>とますさん
ああ、そうなのですか<立川談志のネタ
どのようなネタなのかはわからないものの (どういうのなんですか?)、唐沢俊一の謎の「粋である」発言は、落語が元ネタと思えば説明がつくかも――とは思いました。

まあ、考えようによっては唐沢俊一って、「千早振る」の隠居をリアルで演じる体当たりギャグの人といえるかも。さすが落語好きといいますか (←ちょっと違う)
トンデモない一行知識 |  2009年11月15日(日) 20:36 |  URL |  【コメント編集】

>今彼の業績を伝えるのはジンギスカン鍋ばかり

これは立川談志のネタのパクリだと思われます。
単なるジョークなのに、考証せずに膨らませている感じですね。
とます |  2009年11月15日(日) 12:35 |  URL |  【コメント編集】

>藤岡真さん
いえいえ、特に旧ブログの分は、検索しても見つけにくくなっていますし……。
それと唐沢俊一の提供するネタが多過ぎというのもありますね。
トンデモない一行知識 |  2009年11月13日(金) 08:42 |  URL |  【コメント編集】

ジンギスカン鍋とチンギス・ハーンの墓に関しては『トンデモない一行知識』のリンク先を見つけられずにスルーしてしまいました。すみません。
藤岡真 |  2009年11月12日(木) 07:56 |  URL |  【コメント編集】

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