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2009.11.08 (Sun)

Wikipedia からのほぼ丸ごとコピーと「幼い頃に」はムンクもいいたくなります

『史上最強のムダ知識』 P.34

エドヴァルド・ムンク
 19世紀から20世紀にかけて活動した画家。表現主義的(作品中に「感情」
を反映させ、実像をねじまげて表現する傾向)な作風の画家として知られる。
 幼い頃に、母親や姉、弟をなくしたことが、人格形成に強い影響を与え、
芸術家となって以降は、「死」や「孤独」、「不安」などをモチーフに絵筆を
取る。
 代表作は『叫び』をはじめとした「フリーズ・オブ・ライフ」と呼ばれる連作。
 なお、ムンクは、生地であるノルウェーでは、国民的な画家であり、1000
ノルウェー・クローネ紙幣には、彼の肖像が描かれている。


×幼い頃に、母親や姉、弟をなくした ○幼い頃に母親、思春期に姉をなくした

間違いが含まれているのは 2 段落目の「幼い頃に」以降だけど、他の段落も上に引用
したのは、「ムンクは叫び、唐沢俊一はガセり、そしてパクる」のときと同様、Wikipedia
からの丸ごとコピーが、いっそすがすがしいくらいに (?) 豪快であるため。

『史上最強のムダ知識』は 2007 年 4 月に出た本であるため、以下に引用するものは、
2007 年 3 月時点の版を使ってみた。まあ、該当個所は、最新版とそう変わらないけど。
・Wikipedia のエドヴァルド・ムンクの項……2007年3月16日 (金) 16:04 の版
・Wikipedia の表現主義の項……2007年3月13日 (火) 08:19 の版

http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=エドヴァルド・ムンク&oldid=11297599
>19世紀~20世紀のノルウェー出身の画家。〈略〉 表現主義的な作風の画家として
>知られる。


http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=表現主義&oldid=11224303
>表現主義(ひょうげんしゅぎ)または表現派(ひょうげんは)とは、〈略〉感情を作品中に
>反映させ、現実をねじまげて表現する傾向のことを指す。


http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=エドヴァルド・ムンク&oldid=11297599
>おもに1890年代に制作した『叫び』、『接吻』、『吸血鬼』、『マドンナ』、『灰』などの一
>連の作品を、ムンクは「フリーズ・オブ・ライフ」(生命のフリーズ)と称し、連作と位置
>付けている。


http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=エドヴァルド・ムンク&oldid=11297599
>ノルウェーでは国民的な画家である。現行の1000ノルウェー・クローネの紙幣にも
>彼の肖像が描かれている。


以上については、誰が書いても同じような表現になるとはかぎらない部分である。

表現主義の説明に「ねじまげて」を使うのは、Wikipedia やそのコピーと思われるものの
特徴だし、「生命のフリーズ」とのみ表記して、「フリーズ・オブ・ライフ」を登場させない
資料は少なくないというか、そちらの方が多い感じ。

最後の段落の「国民的な画家」、「1000ノルウェー・クローネ紙幣には、彼の肖像が描か
れている」の一致は、感動をおぼえるくらいのものであるし。


以下は、Wikipedia 以外での「表現主義」の定義 (比較対象用)。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%BD%B8%BD%BC%E7%B5%C1
>表現主義ひょうげんしゅぎ(アート)
>狭義には20世紀初頭の「ブリュッケ?」や「青騎士」といった、「ドイツ表現主義」を指す。
>広義には表現する対象の正確な再現よりも表現の力強さのほうを優先する芸術思想
>のこと。


http://art.pro.tok2.com/T/Twenty/Expression.htm
>表現主義
>  外の印象ではなく、画家の内面を表現しようとした。
>そのため今までの絵画法則(遠近法や解剖学、
>明暗法など)を無視して、情緒的に輪郭を強調したり、強烈な色彩の画面を作り上げ
>た。
>フィーヴィズムは理知的に色彩構成を考えたのに対し、
>表現主義はあくまでも情緒的に色彩を使用した。



で、ムンクの母親と姉の死についての、2007 年 3 月時点の Wikipedia の記述は、下記
の通り。ここまで記述が複雑 (?) になると、唐沢俊一の処理能力を超えてしまうらしい。

http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=エドヴァルド・ムンク&oldid=11297599
>ムンクは1863年12月12日、ノルウェーのヘードマルク県ロイテンで生まれた。〈略〉
>1868年、エドヴァルドが5歳の時に母が結核のため30歳の若さで死に、1877年には
>15歳の姉がやはり結核で死ぬ。エドヴァルド自身も虚弱な子供で、生き延びられない
>のではと心配されていたという。こうして身近に「死」を実感したことは後のムンクの
>芸術に生涯影響を与え続け、特に『病室での死』(1893頃)、『病める子』(1886)と
>いった彼の初期の諸作品では直接のモチーフになっている。


姉の死亡した 1877 年は、1863 年生まれのムンクは 14 歳。これを「幼い頃」といって
しまうのは、無理がある。

また、弟が死亡したのは、1895 年のことで、ムンクは 32 歳のとき。若くして死亡とは
いえるかもしれないが、どう考えても「幼い頃」ではない。ちなみに、『叫び』を含む『生命
のフリース』は 1893 年の発表。弟の死の 2 年前である。

http://www.g-bianca.jp/buy/sakka/foreigner/sakka203.html
>1895年(明治28年)
>パリを2回訪れ、ロートレックやボナールの影響を受ける。
>弟・アンドレアスが死去。
>石版画「叫び」をパリのルヴュー・ブランシュに掲載。


(なお 1877 年に姉が死亡、1895 年に弟が死亡というのは、スー・プリドー著『ムンク伝』
の年表とも一致するので、上記引用の資料の記述ミスの可能性は考えなくてよいかと)。

まあ、唐沢俊一が間違えた理由も何か見当がつくというか、ネット上で検索すると、
「姉と弟も若くして死んでしまう」と書いてあるものが結構多い。それ自体は、嘘でも
ガセでもないんだけど……。

http://geijutsuhiroba.com/dvd/documentary/52070901011923.php
>5歳のときに母が結核で死去、姉と弟も若くして死んでしまう。ムンク自身も体が
>弱かったことで、生涯“死”の影がつきまとう人生を送ることになる。


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