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2009.11.05 (Thu)

不器用な死刑執行人ジャック・ケッチがケチだったかどうかは不明

『史上最強のムダ知識』 P.61

 処刑の代金の支払いを渋った場合、首切り役人による、世にも恐ろしい
イジワルが待っている。わざと処刑を失敗し、死刑囚をなかなか絶命させず
におくのである。このため、みんな素直に賃金を支払っていた。
〈略〉
 なお、イギリスでチャールズ2世に反乱を起こし処刑されたモンマス公
ジェームズ・スコットは、処刑時に、首切り役人に気前よくチップをはずん
だ。が、チップの額に興奮した首切り役人の手が震えて狙いがそれ、何度
も失敗してしまったという。


×チャールズ2世 ○ジェームズ2世

モンマス公ジェームズ・スコットは、チャールズ2世とその愛妾との間に生まれた子で
あり、父の「チャールズ2世に反乱を起こし」たのではなく、チャールズ2世の死後に、
叔父のジェームズ2世に「反乱を起こし処刑された」人。

また、「首切り役人の手が震えて狙いがそれ、何度も失敗」した理由が、「チップの額に
興奮した」からだとはいわれていない模様。

執行人のジャック・ケッチは、もともと技術に難があるというか、「処刑技術の拙劣さで
悪名高い」執行人だったため、モンマス公ジェームズ・スコットは彼に 6 ギニーを渡し、
先に処刑されたラッセル公のときのように「3、4回も滅多打ち」するのはやめてくれと
頼んだという。

そのラッセル公の方は、ジャック・ケッチに心付けをはずんだという話も伝えられていな
いようなので、金を多めに払おうが払うまいが、処刑される側がおそろしい苦痛を味わう
はめになるのは同じ――といえそう。

さらに、処刑の不手際は、「司法長官の叱咤」や「群集から罵声」を受ける理由となった
そうでもあるので、唐沢俊一の書いているような、「イジワル」で「死刑囚をなかなか絶命
させずにおく」処刑人がそもそも存在していたかどうかも疑問に思う。

http://ja.wikipedia.org/wiki/モンマス公爵ジェームズ・スコット
>チャールズ2世と愛妾ルーシー・ウォルターの子として、ロッテルダムで生まれた。
〈略〉
>母と死に別れ、1663年に14歳のジェームズはイングランドへ渡り、父親の元に名乗り
>出た。美男で聡明だったというジェームズに、チャールズは早速ドンカスター伯・タイン
>デイル男爵という称号を与え、自分の子として認知する(いったん認知すると、食いは
>ぐれずに済むよう、称号と領地を与えるのがチャールズの常だった)。
〈略〉
>1665年、叔父ヨーク公ジェームズ(のちのジェームズ2世)指揮下で第二次英蘭戦争
>を戦ってから、彼は功績を重ね、軍人として昇進を重ねていった。
〈略〉
>1683年のライハウス陰謀事件で、モンマス公の名前が出たため、ジェームズはオラ
>ンダへ亡命した。チャールズが没すると、反乱を起こし叔父の即位阻止に動くが、
>1685年のセッジムーアの戦いで完敗。自ら出頭したジェームズは、同年7月にタワー
>・ヒルで断頭刑にされた。


http://www.ff.iij4u.or.jp/~yeelen/system/howto/behead.htm
> もっとも、事が斧の一閃で済むという保証はどこにもなかった。むしろ、死刑執行人
>の不手際による無用な惨劇は日常茶飯事であり、受刑者にとっては死そのものより
>も、執行人の失態によってもたらされるおぞましい苦痛こそが恐怖の的であった。
> その処刑技術の拙劣さで悪名高い「初代」ジャック・ケッチが1685年7月15日にモン
>マス公の首の上で繰り広げた有名なエピソードは、その恐怖が極めて至当なもので
>あったことを示している。自分こそチャールズ2世の正統の後継者と主張し、ジェーム
>ズ2世に対する叛乱を企てたモンマス公ジェームズ・スコットは、その日、タワーヒル
>で斬首刑に処されるにあたり、執行人であるケッチに6ギニーの心付けを与えて首尾
>よく事を済ませるように重ねて頼んだ。にもかかわらず、ケッチの最初の一撃は公の
>首の肉をえぐっただけであった。さらに、二度、三度と斧を振り下ろしても公の頭部を
>切り落とすどころか絶命させることすらできず、挙げ句には血だまりの中でのたうち回
>る公をそのままに斧を放り出し、「俺にはできない」と泣き出す醜態をさらけ出した。結
>局、司法長官の叱咤を受けてさらに二度斧をふるった末に、痙攣する胴体からナイフ
>で首を切り落としたのであった。(注2)


http://www.kingdom-rose.net/history39-monmas.html
>7月15日、ロンドン塔の前で、モンマス公は処刑されます。
>その時の様子を、ホーンという人物がTable bookという本の中に書き残しています。

>「モンマス公を担当した死刑執行人は、格別仕事が下手だった。
> 公は執行人に言った。『この6ギニーはおまえにやる。頼む、うまくやってくれ。
> ラッセル公 (注1)の時には3、4回も滅多打ちしたそうじゃないか。そんな目に
> あうのはごめんだ。召使いに残りの金を渡しておく。首尾良くやったなら、そちらも
> 受け取るがいい』公は斧の切れ味を確かめて、『今ひとつだな。』(中略)

> 執行人はいよいよ仕事にとりかかった。公があれほど注意したのが、かえって
> 裏目に出てしまった。気が動転している執行人が最初にふりおろした斧は、
> 首をかすっただけだった。公は顔をあげて執行人をにらみつけた。
> さらに二回、斧が振り下ろされた。が、首を切断するまではいかず、公は
> 血の中でうめき声をあげていた。とうとう執行人は斧を放りだし、『だめだ、
> 俺にはできない!!』と叫んだ。しかし気を取り直して斧を拾い上げ、さらに
> 二回振り下ろして、ようやく首を切断した。」


http://www.kingdom-rose.net/tyu8.html
>注1)ラッセル公1683年、チャールス2世暗殺計画に連座して処刑される。この時も処
>刑人はモンマス公と同じジャック・ケッチ(?~ 1686)でした。ラッセル公の首を切り
>落とせず、数回斧を振り下ろしたが、うまく切断できなかったと伝えられています。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ジャック・ケッチ
>その死刑執行の手際は非常に不器用で残酷だったと伝えられている。
〈略〉
>1685年7月15日にモンマス公爵ジェームズ・スコットの処刑を行った際にも、一撃での
>斬首に失敗。〈略〉最終的には斧ではなくナイフで首を落としたが、あまりの不首尾に
>より、見物していた群集から罵声を浴びた。



で、唐沢俊一の書いた文章に近い感じのものも存在する。この2ちゃんねるへの書き込み
が元ネタの可能性は結構高そう。

http://occult.blog62.fc2.com/blog-entry-356.html
>15 :世界@名無史さん:2006/08/23(水) 18:19:48 0
>十六世紀のイギリスでは、死刑は斧による斬首だった。しかし一撃で安楽死とはいかず、
>腕の悪い首切り役人に当たると悲惨だった。
>1684年、謀反の罪で断頭台に送られたモンマス侯爵は首切り役人のジャック・ケッチ
>に6ギニーのチップを手渡した。
>手際よくあの世に送ってくれ、という意味である。しかしこれが逆効果、ジャックは緊張
>し、最初の一撃は首の肉を多少削ぎ落としただけ。モンマス侯爵に睨まれて再度斧を
>振り下ろしたがまた失敗。
>さらに二度三度と振り下ろしたが首は落ちない。
>血塗れで痙攣を起こすモンマス侯爵。ジャックは斧を諦め、ナイフでようやく首を落とした。
>見物人の民衆はあまりの腕の悪さに激怒し、袋叩きにされかねない状況だったという。

>二年後、ジャックは首切り役人をクビになった。


これが元だとすると、唐沢俊一は、出典が怪しげなもの (処刑の年など、他の資料との
食い違いがみられる) をベースに、「緊張」を「興奮」と劣化コピーしたり、「イジワル」とか
妄想を追加したりすることにより、さらにガセ度を高くして発表した――ということになる。

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Comment

>通りすがりさん
>愛想よくしないとロープにセッケン水をしみこませてくれない

( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェー

>斬首人にチップを渡すというのは

『超辞苑』の記述によると、18世紀の貴族だったら、アリだったそうです。

『超辞苑』 P.158
>チップ 18世紀、貴族は首を切り落とされるときに、死刑執行人に
>7ポンドから10ポンドのチップを払う習慣であった。この寛大な行為を
>とおして、死刑執行人が仕事に出かけるに先立ち、しっかりとその斧
>を研いでおいてくれと頼むくらいのことはできたのである。
> チップ (tip) という動詞は、"to insure promptness"(迅速さを確実
>なものとする)の各語の頭文字を順に並べたものが語源だ、という説
>がある。とはいっても、死刑執行の場合は、チップを払う人は、遅さを
>確実なものとしてもらいたかったのではあるまいか。

ただし、唐沢俊一が例にあげたモンマス公ジェームズ・スコットの話は、17 世紀におこったことなので、その時点ではどうだったのかなあという疑問もありますが。

処刑の際にも貴族は特別扱いという話もある↓ため、貴族以外の処刑者が、チップを渡して「しっかりとその斧を研いでおいてくれと頼むくらいのこと」ができたかどうかも微妙かも。

『超辞苑』 P.150
>タイバーン ロンドンのタイバーンには、かつて処刑場が存在した。ここの
>死刑執行人の手間賃は13ポンド半で、これにロープ代として1ポンド半が
>加えられた。貴族は、絞首刑に処される際に、絹製のロープを使用する
>よう要求する権利をもっていた。まったく、貴族とはどこまでもぜいたくな
>ものである。絹のロープを使うと、摩擦が少ないため、早く首が締って死に
>やすくなるので、首を吊られる人にはこのほうが快適なのである。おそらく、
>この場合には、死刑執行人にはさらに余分な手間賃が支払われたものと
>思われる。

それと、唐沢俊一の文章を読み返してみて思ったのですが、払わなければいけない手間賃と、より快適な (?) 扱いを期待して払うチップとを、何かごっちゃにしているような……。
トンデモない一行知識 |  2009年11月06日(金) 07:28 |  URL |  【コメント編集】

欧米では絞首刑のときに愛想よくしないとロープにセッケン水をしみこませてくれないという話は聞いたことがあります、俗説の域を出ないのですが。斬首人にチップを渡すというのはどうなんでしょう、囚人の人権意識が低かった旧世紀ではあり得ない気がします。
通りすがり |  2009年11月05日(木) 21:20 |  URL |  【コメント編集】

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