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2009.10.31 (Sat)

1973 年の『小学六年生』には、「ドラえもん」と「天地真理物語」

裏モノ日記 2009年 10月 26日(月曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20091026160642.html

小学館が『小学五年生』『小学六年生』を休刊とやら。
愛読していたのに残念である。もっとも、もう大学に行くか
行かないかという時期だったが。1976~77年ころである。
『小学六年生』を毎号買って、高校生の弟と一緒に熱心に
読んでいた。
“ハロー6ワイドショー”というコーナーがあって、そこで
描いている二人のマンガ家が抜群に面白かったからである。

それが、ろくだのぼる(現・六田登)とみく・さとみ
(現・御厨さと美)の二人。みく・さとみは“みくちゃん”、
ろくだのぼるは“どくたー・のぼーる”が愛称だった。

基本的に読者のお便りを紹介しつつ二人がマンガで雑談しながら
進行していく形だったのだが、その雑談のセンスが他のオトナ
向け雑誌の読者コーナーをはるかに飛び越していて、兄弟して
「これを小学生にだけ読ませておくのは勿体ない」
と思っていた。ときには、自殺をにおわせる手紙などもあって、
それにろくだが真摯に返事して、
「わかるけど……生きようよ」
と答えていたり。


http://www.j-cast.com/2009/10/26052537.html
>小学館、「小学五年生」「小学六年生」を休刊
>2009/10/26 16:20
> 小学館は、2009年10月26日、学習雑誌「小学五年生」と「小学六年生」を09年度末
>の号を最後に休刊すると発表した。「小学一年生」など他の学年別学習雑誌の刊行
>は継続し、来年春には高学年向けの新学習漫画誌を創刊する予定という。
> 「小学五年生」は10年2月3日発売の3月号、「小学六年生」は09年12月28日発売の
>2・3月合併号が最終号。両誌は、1922年の同社創設時に創刊され、ピーク時の1973
>年4月号では「小学五年生」が63万5000部、「小学六年生」も46万部を記録したが、
>近年は5~6万部に低迷していた。


自分が小学生の頃には、小学館の小学○年生シリーズは、小学生の 3 人に 2 人が
読んでいます、みたいなことを堂々と誌面に書いていたと記憶しているけど (記憶違い
だったらスマソ)、それが休刊かとか、最近の付録はすごいらしいとかは、おいといて。

参考 URL:
- http://blogs.itmedia.co.jp/akihito/2008/03/post-7115.html
- http://netkun.com/magazine/sho6/


「少なくとも俺が読んでた頃は、『どくたー』は付いてなくて単に“のぼーる”だった。」
と、2ちゃんねるのスレには書き込まれていた (Read More 参照) が、 自分の記憶でも
「どくたー」はついていなかったし、漫画に描かれたキャラもドクターという感じの扮装 (?)
ではなくて、ややヒッピー風というかカジュアルな格好だったような。まあ、『愛と誠』は
第一部はまあまあだったけど第二部の影の大番長って何だそれとマジで怒っていたり
していた (これも記憶違いだったらスマソ) ので 1974 年の時点のことであり、唐沢俊一
のいう 1976 年から 1977 年のことではないのだけど。

でも、“どくたー・のぼーる”と二重引用符でググっても、ヒットするのは唐沢俊一の日記
ただ 1 件のみだし。Wikipedia の記述によると、「ろくだのぼ~る」だし。

http://ja.wikipedia.org/wiki/六田登
>高校時代はアストロ作画会や作画グループで同人活動を行っていた。1971年、19歳
>で漫画家を目指し、ヒッチハイクで上京[1]。初めはルポイラストや単行本の企画・構
>成をする。その後、ろくだのぼ~る名義で、御厨さと美と共に『小学六年生』(小学館)
>の読者ページ「ハロー6ワイドショー」にて活躍。


http://kntk123.michikusa.jp/manga/rokuda/list.htm の作品リストにも、「ろくだのぼる」
や「ハロー6ワイドショー」の文字はあっても、「どくたー・のぼーる」はないし、六田登の
サイトの掲示板では、本人が「のぼーるの時代」という書き方をしているし。

http://8012.teacup.com/climbers/bbs
>M.Sさん 投稿者:六田登 投稿日:2009年 8月 4日(火)13時57分37秒 返信・引用
>ありがとうさん。のぼーるの時代から、遥かに時間が経ってしまいましたなあ、お互い
>に…。


で、考えられる可能性としては:

1. 「ろくだ」と「どくたー」をかけて、「どくたー・のぼーる」が登場した号があって、それが
  唐沢俊一の記憶に強くのこった。
2. 唐沢俊一の脳内で、 「ろくだ」と「どくたー」が混ざって、「どくたー・のぼーる」が誕生
  した。

2. だったら笑えるけど、どうなんだろう。


それと、2ちゃんねるの書き込みには、「みく・さとみは1976年3月号までの参加」という
ものもあったけど、そうなると唐沢俊一のいう「1976~77年ころ」はどうなのか、「高校
生の弟と一緒に」と書いてあるが、1961 年生まれの唐沢なをきが本当に高校生だった
ときのことなのか――という疑問もわいてくる。弟より 3 歳上の唐沢俊一が「もう大学に
行くか行かないかという時期」だったかどうかも……。

http://ja.wikipedia.org/wiki/御厨さと美
>1970年代前半には小学館の学習雑誌『小学六年生』の「ハロー6」のスタッフだった
>こともあり、「みく・さとみ」(愛称=みくちゃん)の名前でデフォルメした自画像で登場
>していた。


上に引用の Wikipedia の記述だと「1970年代前半」だし、御厨さと美の作品リストを掲載
しているページ http://www5a.biglobe.ne.jp/~natsuman/mikuriya.htm でも、1976 年に
なると、御厨さと美の作品は、「ビッグコミックオリジナル」、「パワァコミック」、「漫画アク
ション」に掲載されるようになっているし。

さらに、気になるのは、小学五年生や小学六年生の売り上げが、この年はピークだった
と報道されている 1973 年の頃は、どうだったのかと。唐沢俊一の日記では、「愛読」
していたのは、「もう大学に行くか行かないかという時期」に限定されているみたいに
読めるけど、1973 年は弟の唐沢なをきがリアル小学六年生で、「みくちゃん(御厨さと
美)、のぼーる(六田登)」が「ハロー6ワイドショー」で活躍していた時期のはずなのに。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~natsuman/mikuriya.htm
>1973年(昭和48年)
>ハロー6          小学六年生


http://salad.2ch.net/comic/kako/990/990103404.html
>41 名前: 名無しんぼ@お腹いっぱい 投稿日: 2001/05/20(日) 09:07
>1975年前後の小学館の「小学六年生」の読者ページ:
>「ハロー6(シックス)ワイドショー」。
>みくちゃん(御厨さと美)、のぼーる(六田登)、ロコたん
>の3人が担当してた。
>すっげー思い入れがあるんですけど、他のひとはどう?


http://d.hatena.ne.jp/lacopen/20050824
>ではなぜ捨てられなくなったかというと、小学館の学習雑誌をあっさり捨てられたのが
>原因です(おいおい)。これは小学六年生に限りますが、御厨さと美、六田登、中山蛙
>などが読者ページをやっておりまして、今30代のりぼんっこなら「みーやんのとんでも
>ケチャップ」みたいなのを覚えているでしょうが、あんなもんじゃなかった。後にビックリ
>ハウスや(あまり読んでいない)岡崎京子さんが投稿していたポンプみたいな投稿誌
>が現れましたが、そのルーツみたいな読者ページ(私が読んでいた時は「ハロー6ワ
>イドショー」って名前だったと思う)があったんですな。その当時は小学館の学習雑誌
>が最高に売れた時期で、六年生だけじゃなくて(私も五年生でしたが)もっと年上の人
>の投稿があったり、全部で16~24ページくらいあったような気がします。ああいう誌上
>コミケみたいなページができたのはいつ頃からなのだろうかとちょっと気になっていま
>すが、自分の弟の時ももっとページ数はかなり縮小はされながら早稲田漫系のマンガ
>家の卵のような人がやっていましたけど、おたくのルーツのようなものがあそこには
>あったような気がしています。





More...

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1256663851/70-
-------
70 :無名草子さん:2009/10/28(水) 16:55:24
>小学館が『小学五年生』『小学六年生』を休刊とやら。
>愛読していたのに残念である。もっとも、もう大学に行くか
>行かないかという時期だったが。1976~77年ころである。
>『小学六年生』を毎号買って、高校生の弟と一緒に熱心に
>読んでいた。

・・・小学生の作文みたいだな。

71 :無名草子さん:2009/10/28(水) 17:12:42
現役消防時代に小学五年生から小学六年生にチェンジして初めて目についたのが
みく・さとみ(御厨さと美)の読者コーナー(いまウィキで調べたらハロー6とかいうタイトル
だったらしい)で、あれを読んで俺も大人の仲間入りだーと思ったもんですよ。
てか、70年代前半にリアル消防であれを読んでおたくになった人は多いと思う。
唯一唐沢俊一を除いてw

73 :無名草子さん:2009/10/28(水) 17:38:10
小学○年生といえば「UFOから降りてきたロボットの写真!」とか
「真実過ぎて政府に抹殺された竹内文書!」「○○山はピラミッドだった!」などの
小学生が本気にしたらどーするというかマジで本気にしたトンデモ記事。

86 :無名草子さん:2009/10/28(水) 19:50:08
>それが、ろくだのぼる(現・六田登)とみく・さとみ
>(現・御厨さと美)の二人。みく・さとみは“みくちゃん”、
>ろくだのぼるは“どくたー・のぼーる”が愛称だった。

少なくとも俺が読んでた頃は、「どくたー」は付いてなくて単に“のぼーる”だった。
たしか、みく・さとみはその年度を最後に辞めたんじゃなかったかな。
その頃、唐沢は高2だったはずだが。

87 :86:2009/10/28(水) 19:58:30
>もっとも、もう大学に行くか行かないかという時期だったが。
>1976~77年ころである。

俺の記憶が確かなら、みく・さとみは1976年3月号までの参加。

88 :無名草子さん:2009/10/28(水) 20:18:29
>>70
どうせこの話は5年くらいずれてると思う。
今「小学5年生」が面白い、と話題になったのって
1980年代じゃなかったっけ。

89 :無名草子さん:2009/10/28(水) 20:18:31
まーた次元をねじ曲げてんのか?

90 :無名草子さん:2009/10/28(水) 20:23:46
>>88
だから先駆者を気取ろうとしているわけだw

94 :無名草子さん:2009/10/28(水) 21:09:15
>もっとも、もう大学に行くか行かないかという時期だったが。
>1976~77年ころである。

大学入学=上京
でしょ?
なをきは後から上京したんだよね?
そんな生活の大きな変化があった時期を「もう大学に行くか行かないかという時期」って、なんで曖昧なの?
大学なんか行ってないから?
実は読んでないから?
ハゲてるから?
それに、なんで「大学」という単語をやたら使うの?
青山で道に迷ったことを2ちゃんで突っ込まれたから?

110 :無名草子さん:2009/10/28(水) 22:10:12
>>94
>それに、なんで「大学」という単語をやたら使うの?

高校の進路指導で、ずーっと先生に叱られてたんじゃないか?
だから「先生が嫌い」になったし、高校といえば大学(進路指導・成績)という連想
が働くようになってるとか。
そんで、案の定留年してしまったり、引き篭もりになったりで「大学」がトラウマに
なったまま、今に至る、と。

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