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2009.10.27 (Tue)

「美しい星」の美しさから目をふさいでいるみたいな唐沢俊一 (3)

『美しい星』の美しさから目をふさいでいるみたいな唐沢俊一 (2)」の続き。

今回は、かなり主観に左右される問題かなと思ったので、「間違い探し編」には入れない
つもりだったんだけど、表題の「作家が描いたオカルト信者の心理パターン」や新潮文庫
『美しい星』の表紙写真の下に、以下を見つけたので……。

『トンデモ本の世界R』 P.338

新潮社
1978年


×1978年 ○1967年

こちらにも引用したように、『トンデモ本の世界R』 P.338 には、「私(唐沢)が所持している
文庫版(新潮文庫、昭和四二年発行、 昭和四四年三刷)の解説でも、文芸評論家の
奥野健男氏は」と、ちゃんと書いてあるんだけど。

それに、1978 年だと、こちらでふれた「雑誌『地球ロマン』(絃映社)の『総特集・天空人
嗜好』」の 1976 年の 2 年後になってしまう。唐沢俊一いうところの「奥野の無知と偏見
について」批判した号が先に出たという時空歪みの発生……。

で、別件で 4 ページ以上を消費し、残り 2 ページ半を切ったあたりで、やっと表題にも
なっている「作家が描いたオカルト信者の心理パターン」の話がはじまるわけだが。

『トンデモ本の世界R』 P.338

トンデモ本とは決して言えないこの本をあえてここで取り上げたのは、作品
そのものこそ、一九六〇年代の冷戦の記憶も薄れている今日、その主旨を
つかみにくくなているとはいえ、そこに登場する“円盤にとらわれた”人間
たちの思考パターンに注目すると、それがまったく変化することなしに、今の
UFO論者、また他のトンデモさんたちの主張にあてはまるということに気が
つくからである。ここらへんの人間の心理パターン洞察の鋭さには、さすが
三島、と感嘆せざるを得ないのである。


「一九六〇年代の冷戦」と、1950 年代を抜かして 1960 年代に限定する理由は不明。

http://ja.wikipedia.org/wiki/冷戦
>1945年から1989年まで続き、直接武力衝突して殺戮を伴う戦争を生じなかった為、
>殺戮を伴う「熱戦」「熱い戦争」に対して、「冷戦」「冷たい戦争」と呼ばれた。「冷戦」と
>いう語は、アメリカの政治評論家ウォルター・リップマンが、1947年出版の著書のタイ
>トルに使った事から、一般に流布したと目されている。


1955 年の、日本最初の UFO 研究団体である「日本空飛ぶ円盤研究会」(JFSA)設立、
1957 年の、「宇宙友好協会」 (CBA) の設立とそれらの活動、さらにその背景にもなって
いた核による人類滅亡の可能性の恐怖と不安があっての、1962 年の『美しい星』連載
開始とかいう考えは……唐沢俊一にはあまりないらしい。


『トンデモ本の世界R』 P.342 ~ P.343

 主人公である大杉重一郎は芸術的なセンスを持ち、学歴もあるが、実務
能力は無いに等しい、親の残した財産を食いつぶすだけの無能力者である。
表面上は平凡な一般社会人を下に見て高踏的な生き方をしているふりを
しているが、親からは罵られ、劣等意識に苛まれながら青春期を過ごし、
無為の存在のまま五十代を迎えた彼は、心の底で、自分のその劣等感を
根底からひっくり返してくれる恩寵を望んでいた。そして、それはある日突
然、空飛ぶ円盤という形をとって現れたのである。
「自分はそこらの平凡な連中とは違う。選ばれた、特別な存在なのだ」
 という認識を持つことは、およそ人間と生まれ自意識のある者全てにとっ
ての、火の出るような願望であろう。しかし、その認識を得るための努力を
厭い、かつ、心の底で、自分の持つ能力が果して衆に抜きん出るものである
かということに深刻な疑問を持つ者にとり、最後の希望は、何かそこに超自
然的現象が働くことで、“ある朝、突然に”自分が選ばれた存在となることで
ある。円盤(宇宙人)とのコンタクトなどは、まさにその理想型ではないか。


「芸術的なセンスを持ち、学歴もあるが」以外は、唐沢俊一その人のことではないかと
いう素晴らしい文章だ。まあ、こちらにも書いたように、「人間と生まれ自意識のある者
全て」を、勝手に巻き添えにしないてくださいとしか。

「主人公である大杉重一郎」の方はというと、確かに唐沢俊一のいう通り、「親からは
罵られ、劣等意識に苛まれながら青春期」を過ごしたとも書かれているが、実際に読ん
でみた印象はだいぶ違った。

『美しい星』 P.13
> 重一郎自身にとっても、五十二歳になって突然こうして身に添うた自明な優越感は、
>思い設けぬことと云う他はなかった。彼は劣等意識に苛まれた青年期を持っていた。
>実利家の父からは罵られ、温和なやさしい各種の芸術に救いを求めた。父が生きて
>いるあいだは怠けながら会社の仕事を手伝っていたが、死後はその必要もなくなった
>ので、何もせずに暮した。ときどき東京へ妻を連れて芝居や展覧会を見に行き、息子
>と娘は東京の学校へ入れた。そして私鉄でわずか一時間のこの地方都市に、ものし
>ずかな孤立した知的な家族を作った。


「火の出るような願望」があったり、「自分の持つ能力が果して衆に抜きん出るもので
あるか」を重要視したりするくらいなら、会社経営に精出すとか、もっと活動的な人生を
選んでいたように思うけど。若いときはそれなりに野心があったが挫折したというタイプ
と描かれているわけでもないのだ。それに、「そこらの平凡な連中とは違う」とは、近所
の人たちにもしっかり認めてもらっていて、「浮き世の塵には染まらないというような顔を
して、一家そろってお高くとまって暮らしている」、「亭主は学者気取」 (『美しい星』 P.35)
等々、たまたま円盤関係につぎこむため暴落前に株を売り払ったこともあいまって、マジ
でかなり妬まれていたりする。

「知的な家族」というのも嘘ではなく、重一郎が瞑想の後に、「今夜は諸君も、この茶
の間で一緒に試験勉強をやらんかね。」と呼びかけると、当の父親が講演旅行用に
地図を調べ、母親が編み物をする茶の間で、息子は「国際法のノオト」をめくり、「娘は
ポオの詩の勉強」をするのだ。それも割と真面目に。そもそも、1960 年はじめに、息子
も娘も東京の大学に通わせることができるのは、選ばれた一家のみといえそうな気も
する。


『トンデモ本の世界R』 P.343

 父と極めて似通った性格を持つ長男の一雄は、自分も宇宙人であると
認識した後、こう告白する。

   「お父さん、僕は満員電車に揉まれていても、前のように腹が立ちませ
  んね。僕はずっと高いところから、この人たちを瞰下しているように感じる
  から。僕の目だけは澄み、僕の耳だけは天上の音楽を聴くことができると
  思うから。この汗くさい奴らは何も知らないが、こいつらの運命は本当の
  ところ、僕の腕ひとつにかかっているんだものな」(二三ページ)

 糸のように細いプライドでかろうじて自分を律しながらも、それを世間との
摩擦の中でスリ切れさせてしまっている現代の若者が、オカルトや新興宗教
に走る動機は、この一雄の尊大な告白の中に全て言い表されているのでは
ないだろうか。


唐沢俊一のこの文章を読んだときは、厳しい仕事にあくせくしている若手サラリーマン
みたいな印象だったけど、実際に『美しい本』を読んでみたら、東京の大学に通う学生
で、女たらしだと近所でも評判の若者なんだもんなあ。ガールフレンド多数でとっかえ
ひっかえ。

この一雄のような野心家でまだ挫折をしらない学生と、「糸のように細いプライドでかろう
じて自分を律しながら」や「世間との摩擦の中でスリ切れさせてしまっている」などとは、
あまりつながらない。「満員電車に揉まれ」るくらいのストレスしか、日常的に感じないの
ではないかと思うくらいで。むしろ彼のケースは、傍から見ていてイケていて楽しそうな
若者でも、オカルトにハマることがあるのだなあ――という例だろう。

それに、「父と極めて似通った性格」をしているようには、この長男は描かれていない。
重一郎は、心優しく繊細な芸術家タイプで、雄一は野心と支配欲のある政治家志望で。
いや、まあ、どちらも三島由紀夫に似たところがあるとはいえるかもしれないけど。

とにかく、唐沢俊一が上で引用した、「こいつらの運命は本当のところ、僕の腕ひとつに
かかっているんだものな」との一雄の言葉の続く、以下の文が、2 人の性格の違いを
語っているかのように思う。

『美しい星』 P.13
> と一雄が朗らかに語ったとき、重一郎はさし迫った危険を感じた。もし一雄の心中を
>彼らが知ったら、彼らは決して恕さないだろう。そればかりか、俗習は彼を殺すだろう。
>「凡人らしく振舞うんだよ」と父親は懇ろにさとした。「いやが上にも凡庸らしく。それが
>人に優れた人間の義務でもあり、また、ただ一つの自衛の手段なのだ」


妬まれ慣れている人間の世間智の描写ととるべきか、『スラン』や『アトムの子ら』等の
黄金時代のSFが三島由紀夫にあたえた影響をみるべきかは、判断に迷うけれど。


『トンデモ本の世界R』 P.343

 また、重一郎が三流雑誌の“趣味の友”欄に出した広告

   ◎に関心をお持ちの方、お便り下さい。相携えて世界平和のために
  尽くしましょう。 (同。“◎”は空飛ぶ円盤を示す略画)

 には、数年前に世間を騒がせたオカルト雑誌投稿欄の、前世少女たちの
投稿の原型のようなものを見ることができる。あれも、自分がどこにでもいる
平凡な人間であることに耐えられない思春期の少女たちが作り上げた、
幻影世界の自己増殖であった。


(上の引用の「◎」は、実際には、内側の円は黒く塗りつぶされている)。

×数年前 ○10 年以上前

『トンデモ本の世界R』 の初版 2001 年の時点で、「世間を騒がせたオカルト雑誌投稿
欄の、前世少女たち」というのは、10 年以上前のお話になっていた。

1988 年には、『ムー』が前世ネタお断りと言い出したとのことだし、ブームに大きな影響
を与えた『ぼくの地球を守って』の作者、日渡早紀が、「始めから最後まで、間違いなく
バリバリの日渡の頭の中だけで組み立てられているフィクションです」との手書きコメント
を単行本に載せたのが 1989 年のこと。確か、「あーっ、夢がないっ」とか嘆いてもいた。

そして、前世少女のインタビューを載せた別冊宝島のムック『いまどきの神サマ』が、
1990 年 7 月なのに対し、『トンデモ本の世界R』は 2001 年 10 月。

http://tiyu.to/permalink.cgi?file=n0703_sp1
>1986年末から、『花とゆめ』で「ぼくの地球を守って」という漫画の連載がスタート。
>作中で、前世の夢を見た主人公たちが、『ブー』という雑誌に「柊・秋海棠・紫苑・繻子
>蘭 心あたりあれば連絡下さい。こちら玉蘭・木蓮・槐です」と投稿。
〈略〉
>1988年
>・この時期以降、「ムー」は前世少女の投稿を載せなくなったので、前世少女たちは、
>別のオカルト雑誌に投稿するようになっていきました。

>※1989年の夏、自分たちが古代のお姫様「エリナ」「ミルシャー」の生まれ変わりだ
>と思った徳島の女の子たちが、意識不明になれば前世が見られると考えて、解熱剤
>を飲んで倒れました。
>※徳島の事件の影響か、1989年12月出版の「ぼくの地球を守って」の第8巻では、
>作者の日渡先生が、「『ぼくの地球を守って』というマンガは、始めから最後まで、間
>違いなくバリバリの日渡の頭の中だけで組み立てられているフィクションです」という
>コメントを出しました。


http://ja.wikipedia.org/wiki/ぼくの地球を守って
>「ムー」誌面での読者の呼びかけは1987年前後の読者交流コーナーに、日渡による
>宣言はコミックス8巻(初版1989年12月)に見ることができるが、白泉社文庫版・ジェッ
>ツコミックス愛蔵版では編集上、「わずか1/4のたわごと」(雑誌掲載時は1話につき1
>~2ページ、端に縦4分の1相当の広告スペースが入るが、コミックス収録の際に作者
>のコメント欄に差し替えられている)がイラストに差し替えられており、今では確認する
>ことが出来ない。


http://www.amazon.co.jp/gp/product/4796691146
>いまどきの神サマ―退屈な世紀末、人びとは何を祈る (別冊宝島 114) (単行本)
>単行本: 271ページ
>出版社: 宝島社 (1990/07)


それと、唐沢俊一は、『ムー』の PF (ペンフレンド) 募集欄と、意見を掲載する投稿欄を
混同しているかもしれないのが、少々気になったり。

この投稿欄もなかなか面白くて、「俺は天使だ」という投稿に、別の投稿者が反応して
あれこれ議論になったり、まあ男性もいろいろ活躍していたと。「ぼくの地球を守って」
より前にも前世がどうのこうのとかいう話は確かあって (というか、それを見た日渡早紀
が漫画に使った)、「光の天使」とかは多分『幻魔大戦』からの流れなんで、前世少年も
そこそこいたはず。

その他参考 URL:
- http://tiyu.to/news/07_03_07.html

『トンデモ本の世界R』 P.344

この小説の中では、長女の暁子が、自分を金星人と思い込むことにより、
その脆いアイテンティティを保持しようとする少女として描かれる。やがて
彼女の自我防衛努力は、自分も金星人だと名乗る男に肉体を弄ばれ、
妊娠することで徹底的に裏切られるのだが。


唐沢俊一が「どこにでもいる平凡な人間であることに耐えられない思春期の少女たち」
だの、「脆いアイテンティティを保持」だの、「自我防衛努力」だの書くので、この暁子が
「美しい娘」「美人」とか繰り返し書かれているのは叙述トリックで、実は……というオチ
まで期待 (?) してしまったが、そんなこともなかったぜ、と。

また、唐沢俊一が、「彼女の自我防衛努力は〈略〉徹底的に裏切られるのだが」とか
書いているので、妊娠によっていやおうなく自分が「どこにでもいる平凡な人間である」
と認めることになるのか、発狂または退行の方向にいくのかと想像したりしたけど、
そんなことでもなかったぞ、と。

暁子は、相手の男は金星に帰ってしまったと嘘をついた父、重一郎にこう語る。

『美しい星』 P.276
> 虚偽の矢が、自分の誰よりも愛した恋人から放たれ、又その上に、自分のたった
>一人のお父様から放たれては、私はどうやって身を衛ったらいいのかわかりません。
〈略〉
> 宇宙人は真実に仮面をかぶさなければ真実の顔をおそろしくてみられないほど弱い
>生物ではありません。私たちは人間とちがって、真実を餌にして夢を見ることもできる
>んだわ、そうではなくて? 私たちの夢はむしろ虚偽とは反対物なのですわ。そうでは
>なくて? いたわりの嘘の中に一瞬間でも生きることは、自分の夢を蝕むことになるん
>だわ。それが怖ろしい結果を惹き起す、怖ろしい結果を。私たちは人間になってしまう
>のです」


『美しい星』 P.278
>「暁子、負けたよ。真実はこうだ。あの男は地球人の女たらしだった。そしてお前の
>陶酔に乗じて、お前に子供を授けて、逃げ出したのだ」
> 重一郎はこれをきいた娘が、一瞬、めり込む程に強(きつ)く目を閉じるのを見た。
>彼は次に暁子がめをひらく刹那が怖かった。
> しかし目をひらいた暁子の口辺には、夜明けの光りのような微笑があって、彼女が
>はや、一瞬のうちに、何ものかを乗り越えたのが感じられた。
>「ふしぎな感じがしたわ。少し揺れたわ。でももう大丈夫。妙なことに、今、私は一等
>最初からそれを知っていたような気がしているの。きっと私はそれを知っていたんだ
>わ。あの人はただ、私のために触媒のような作用をするために招かれたんだわ。
>地球にいて金星の子を生むためには、あの睡い蜜蜂の唸りのうちに花園の上をさま
>よう嘘つきの微風のような、地球人の助力が要ったんだわ。それだけでいいの。……
>もう私は二度とあの人のことを考えないですむでしょう」


ええと、一種の選民意識にしても、ここまで気合いの入ったものをもつことができるなら、
「どこにでもいる平凡な人間であることに耐えられない」と悩む必要はあまりないような
気がする。「どこにでもいる平凡な人間」にはできそうもないもの、これ。それとも前世
少女には、こういうタイプが多かったのかなあ。“現実”をつきつけられて落ち込むか、
やはり相手は金星人だったとか処女懐胎だとか、さらに虚偽に逃げ込むのが、オカルト
にハマる平凡な人間のパターンじゃないかと思うのは、紋切り型にすぎる発想だろうか。


まあ、唐沢俊一の語ったイメージそのものの「オカルト信者の心理パターン」もまた、
『美しい星』には登場するので、それを期待して読んだとしても安心 (?) ではある。

白鳥座六十一番星からきたという三人組が結構そのパターンで、特に、容貌にめぐま
れてなくてモテない栗田あたりが一番近いのではないかと。劣等意識や嫉妬や「心の
底で、自分の持つ能力が果して衆に抜きん出るものであるかということに深刻な疑問」
については三人ともなかなかだが、助教授の羽黒は一応インテリだし、床屋の曽根は
妻や子どもへの愛はあるので。
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Comment

>yonoさん
>文章の表面しか読めてないのでは?

うーん、個人的には、表面も読めていない、または、表面を多少 (ではすまないこともありますが) 歪ませてもまったく意に介さない人なのだろうなという感じがしています。上っ面だけを素直に読む能力にも少し問題のある人が、他人をあっといわせる意見を発表したいという欲は人一倍だったり、原稿を掲載して欲しいために編集者の受けをあざとく狙ったりして書くものだから、ああいう文章になるのではないかと。

でないと、文学作品の書評はともかく、ちょっとした雑学ひとつでも、コピペ元に書いてあることを忠実に紹介できないという悪い癖を説明できないのではないでしょうか。


それと、今回書いてみて思ったのですが、ある文学作品についての自分なりの考えや解釈を書くって、ちょっと勇気がいるというか、何をバカなことを書いているんだと叱られないかと不安になるというか。

そういうことからは可能なかぎり逃げつつ、しかしどこまでも偉そうに一席ぶつために唐沢俊一が使っている手段が、パクリであったり、○○によれば××である (内容はガセであってもオッケー) だったりするのかもしれません。
トンデモない一行知識 |  2009年10月27日(火) 23:29 |  URL |  【コメント編集】

実際読むと、唐沢さんの言ってる事と微妙にズレてるんですよね…

ネットP&Gの時も思うんですが、文章の表面しか読めてないのでは?と深読みしてしまいます

本を集めても読めない人なんでしょうか?
yono |  2009年10月27日(火) 15:40 |  URL |  【コメント編集】

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