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2009.02.22 (Sun)

唐沢俊一と松沢呉一との素敵なやり取り (3)

唐沢俊一と松沢呉一との素敵なやり取り (2)」に続いて、
http://web.archive.org/web/20000930020623/http://www.tky.3web.ne.jp/%7Eshortcut/clm/wwm/wwm.html
からリンクをたどって孫引用シリーズのその 3。

http://web.archive.org/web/19991115020956/www.tky.3web.ne.jp/%7Eshortcut/clm/wwm/wwm-kara1b.html

──イエ、前回の新人特集でエッセイはみんな一回休み、って言われた
んですが、見たら四方田犬彦と松沢呉一は載ってるんでね、どういうことだ、
って編集部に文句言ったら、「アレは日記なもんで……」って言うんですよ。
だから、このインタビューも日記にすりゃいいか、と思って(笑)


──前に日記も切ったことあるんですが、松沢呉一がそれに次号の日記で
文句つけたんで、載ることになったらしいんですね


もう一度当該部分を読んでいただきたいと思いますが、伝聞の形で
「と、言うんですね」
 となっていることにお気づきでしょうか。
 もちろん、確認をとらずにこういう個人的なウワサ話を出したことに関して
は申し訳なく思っております。しかし、繰り返し申し上げますが、この連載は
 『怪情報』のコーナーです。怪情報のニュースソースに正確さを期待しては、
 怪情報とはもはや申せますまい。


×「と、言うんですね」 ○「らしいんですね」

後で引用するように、松沢呉一にも指摘されているが、自分ですぐ前の号に書いたもの
も正確に引用できないのかよっ、というか。いやまあ、「らしいんですね」が「と、言うんで
すね」に化けただけの話といえばそうなんだけど、その後に続けて「となっていることに
お気づきでしょうか」なんてタカビーな物言いをしているのが、何かみっともない。

「怪情報のニュースソースに正確さを期待しては、怪情報とはもはや申せますまい」と
いう開き直りは、さすが後年、『トンデモ一行知識の世界』 (1998 年) P.33 で、「事実、
などというのは世界中の人間のうちの数パーセントが知っていればいいことではない
か? 火食い鳥は火を食べ、ヒマワリは太陽に常に顔を向け、 妊婦のおなかの右側
(左側だったか?)を蹴とばす子は男の子。そう国民の大半が信じていたからって、
日本社会はどうってことないのである。そっちの方が夢があってよろしい。」とホザいた
唐沢俊一ならでの言葉である。


http://web.archive.org/web/19991115020956/www.tky.3web.ne.jp/%7Eshortcut/clm/wwm/wwm-kara1b.html
> 以下は、平野氏、松井氏宛のFAXに出てきた、唐沢氏が「私(松沢)が書いてもい
>ない原稿を捏造した」件の資料である。

> ・「ガロ」95年3月号/「唐沢商会の怪情報」第8回
>  「正狩」は正狩炎氏。「──」は唐沢俊一氏。

>    正狩「アレ、この怪情報も日記調になったんですか?」
>   ──イエ、前回の新人特集でエッセイはみんな一回休み、って言われたんです
>   が、見たら四方田犬彦と松沢呉一は載ってるんでね、どういうことだ、って
>    編集部に文句言ったら、「アレは日記なもんで……」って言うんですよ。だか
>   ら、このインタビューも日記にすりゃいいか、と思って(笑)
>   正狩「日記は載るんですか」
>   ──前に日記も切ったことあるんですが、松沢呉一がそれに次号の日記で文
>   句つけたんで、載ることになったらしいんですね
>   正狩「ありますね、そういうの。とにかく文句つけるが勝ち、っての」

> ・「ガロ」95年5月号/松沢呉一「日記」第49回(タイトルは毎回変わってい
>   るので、ここでは「日記」としておく)。
>    2月号掲載の唐沢俊一氏の文章に対する反論の手紙は既にできているが、現
>   在、仙台の太田憲賢氏と心温まる手紙のやりとりをやっているので、これが終
>   わったら投函する予定。これはこれで、とことんやるとして、唐沢氏は3月号
>   でも納得できん話を書いている。今回は連載ページに書いているため、私も連
>   載ページで質問をしておく。
>    唐沢氏は「唐沢商会の怪情報」で「前に日記も切ったことがあるんですが、
>   松沢呉一はそれに次号の日記で文句をつけたらしい」と書いている。なんのこ
>   とでしょ。
>   「切った」とあるから、合併号のために休みになったことを指しているのでは
>   なかろう。合併号以外で休みになったのは94年10月号だけだ。11月号の日記の
>   どこで文句をつけてるというんでしょうかね。10月号で休みになった7月分の
>   日記は「ショー松」1号でまとめたが、編集部より休載の連絡を受けた7月27
>   日にはこう書いている。「7月は比較的地味な月だったので、あまり惜しくも
>   ない」。休載になった分、増ページするとの提案も編集部からあったが、私は
>   お断りしている。
>    簡単に調べられるんだから、事実かどうか確認して発言した方がよろしいん
>   じゃないですか。「プロ」だと自認してるんだからさ。
>    私と四方田氏の連載が休みにならなかったことについて、わざわざ「どうい
>   うことだ、って文句言った」唐沢氏のような真似を私はしませんて。
>    しかし、記憶力や注意力に全く自信がない私のことだから、どこかに書いて
>   いるかもしれず、書いたとするなら私も読みたいっす。是非何のことか教えて
>   くださいね。

> ・「ガロ」95年6月号「唐沢商会の怪情報」第11回
>     松沢呉一さま
>     先月号でおたずねのあった、私の『松沢呉一が日記で文句をつけて』云々と
>   いうくだりについてのお答え。
>     ガロ1994年10月号は『新人漫画家大行進・2』という特集号であった
>   ため、この『怪情報』、松沢氏の日記を含む記事原稿の大部分が休載となりま
>   した。そして、その翌号の94年11月号所載の松沢氏の『ノーパン男情緒不
>   安定漫遊記』の冒頭、貴兄は、
>   <7月のあらすじ>生きている以上は7月もいろんなことがあった。
>   <7月の日記を読みたい方へ>ガロ10月号ではこの連載が休みだったため、
>   7月分の日記はミニコミ「ショートカット」の別冊として「94年7月」とい
>   うタイトルで発売される(以下略)
>     と書いておられます。僕の散見の限りでは、ガロ誌に記事原稿を書いている
>   著者中、10月号の記事原休載の件に言及しておられるのは貴兄ととうじ魔と
>   うじ氏のお二人のみでした。
>    そして、次の95年2月号における『新人漫画家大行進・3』において、ど
>   ういう基準が設けられたかまったくこちらに説明のないまま、私やとうじ魔と
>   うじ氏の連載は変わらず休載であったにもかかわらず、貴兄と四方田氏の日記
>   は掲載されたのですね。
>    で、この、わたしの担当欄のタイトルにもう一回ご留意いただきたいんです
>   が、ここは、世間に流れるさまざまな怪情報を集めて紹介するコーナーであり
>   ます。さっそく 、私のもとに、
>   「松沢氏があの日記の休載の件でガロ編集部に苦情を言って、編集部が次の特
>   集では“日記である”という理由で掲載することにしたらしい」
>    という“怪情報”が飛び込み、それを私の話の中に出したわけであります。
>   もう一度当該部分を読んでいただきたいと思いますが、伝聞の形で
>   「と、言うんですね」
>    となっていることにお気づきでしょうか。
>    もちろん、確認をとらずにこういう個人的なウワサ話を出したことに関して
>   は申し訳なく思っております。しかし、繰り返し申し上げますが、この連載は
>   『怪情報』のコーナーです。怪情報のニュースソースに正確さを期待しては、
>    怪情報とはもはや申せますまい。
>    あの僕の発言は以上のような経緯・意図で発せられたものであり、松沢氏に
>   関して、僕がその情報を信じてあらぬ遺恨を持ったとか、そういうことは一切
>   ないことをここに改めて表明させていただきます。
>    終わりに、今後とも松沢呉一氏のますますのご活躍を、以前よりのファンと
>   してお祈り申し上げます。
>                                   敬具
>                         1995年4月19日 唐沢俊一


「私やとうじ魔とうじ氏の連載は変わらず休載であったにもかかわらず、貴兄と四方田氏
の日記は掲載されたのですね」に、唐沢俊一の当時感じたであろう悔しさがにじみでて
いるようで、なかなか趣深い。まあ、よほど悔しく思ったんで、「どういうことだ、って編集
部に文句言った」りしたんだろうなあというのは、わかる。何でそんなに悔しがらなけれ
ばいけないのかは別として。

一方、唐沢俊一が「松沢呉一が日記で文句をつけて」と書くにいたった理由や経緯は、
よくわからない。松沢呉一が日記に書いたという「文句」も提示されていないし、読み手
としては、何だか怪情報が飛び込んできたというんだなと思うのが精一杯である。この
謎 (?) については、それに続く松沢呉一の文章の中で、おいおい解明されていくけど。

> 以上が「ガロ」誌上のやりとりである。実のところ、私はもともとの原稿以上に、95年
>6月号掲載の唐沢氏の文章に腹が立った。


「となっていることにお気づきでしょうか」とか、「繰り返し申し上げますが、この連載は
『怪情報』のコーナーです」とか、よくぞここまでと感心するくらい嫌味ったらしい書きっぷり
だしなあ。「以前よりのファンして」というのも、ポイント高いかも。

>しかし、とにもかくにも私は唐沢氏が書いていたような文章を書いていなかったことが
>はっきりしたのと、実にいやらしい形ではあるものの、「申し訳なく思っております」と
>謝罪してくれたので、これ以上、とやかく言う気はなかった。よく読んでいただければ
>おわかりのように、私は「日記」で編集部に文句などつけておらず、「とにかく文句つけ
>る方が勝ち」と正狩炎氏が言うような事態を狙ったのは、なんのことはない、「編集部
>に文句言った」唐沢氏自身であり、何を言おうが無様なことになってしまっている。こ
>れ以上、私が言わずとも、わかる人にはわかるだろう(なお、正狩氏は唐沢氏のデマ
>を信じた上でこのようなことを一般論として言っているに過ぎず、私は正狩氏に対して
>特に悪い感情は抱いていない)。


「『とにかく文句つける方が勝ち』と正狩炎氏が言うような事態を狙ったのは、なんのこと
はない、『編集部に文句言った』唐沢氏自身」というのはその通りなんだろうけど、結局
その努力は無駄に終わったのかそうでないのか少し気になったり。「何を言おうが無様
なことになってしまっている」ということは確かなんだけど。

> しかし、このようなこととなっては、この原稿についても蒸し返さないわけにはいくま
>い。ここでは語られていない事情をまず説明する。
> 私が「ガロ」3月号の唐沢氏の発言を読み、編集部に電話をして、「唐沢氏が書いて
>いるのがどういう意味なのか、自分にはさっぱりわからないのだが」と問い合わせたと
>ころ、編集部は以下のような話をしてくれた。
> 95年2月号で、私と四方田氏の連載が休載にならなかったことに関し、唐沢氏自身
>が書くように、編集部に唐沢氏から抗議があった。〈略〉
> 唐沢氏の抗議に対して「ガロ」編集部は「日記だから」と回答した。これも唐沢氏が
>述べている通り。つまり、日記は、一カ月間が空くことによってつながりが悪くなってし
>まう可能性がより高い。そう編集部は判断したわけだ。私はこれに従うのみである。
> この際、編集者は、その旨を私に指摘されたたために、そう判断することになったと
>も唐沢氏に説明したらしい。この編集者は実際にそう思っていたと言うのだが、唐沢
>氏の抗議から逃れるために、私の名前をつい出してしまったのじゃないかとも私は推
>測している。ともかく編集部はその旨私に謝罪をしてくれたので、その真偽はもはや
>どっちでもよい。 「松沢氏があの日記休載の件でガロ編集部に苦情を言って、編集部
>が次の特集では“日記である”という理由で掲載することにしたらしい」と唐沢氏が書く
>のは、恐らくその編集者の発言のことだろう。


ええと、唐沢俊一が編集部に抗議の電話をかけた、そのときに編集者が回答したことが
情報源だというなら、唐沢俊一が連載に書いた、「さっそく 、私のもとに、『松沢氏があの
日記の休載の件でガロ編集部に苦情を言って、編集部が次の特集では“日記である”と
いう理由で掲載することにしたらしい』という“怪情報”が飛び込み」というのは、何だか
すごく変な気が。それ、「“怪情報”が飛び込み」というより、「“怪情報”を呼び込み」と
いうべきでは。それも唐沢俊一が自発的かつ積極的に呼び寄せた情報。

> その編集者が誤解したとするなら、その誤解の元になった話に心当たりがないわけ
>ではない。以前、合併号のために「ガロ」が出ない月であることを忘れて、さっさと原
>稿をまとめてFAXをした。と、編集部から電話があり、「今回は合併号でお休みです
>よ」と言われ、すっかり合併号のことを忘れていたことに気づいた。その時、私は「日
>記の場合は、一カ月分飛ばすにしても、二カ月分まとめて次に出すにしても、いった
>んまとめた原稿をそのまま次号に回すわけにはいかないのだから、合併号やその他
>の理由で休載になる場合は、早めに連絡が欲しい。忘れる方が悪いと言われればそ
>れまでだが、毎月のルーティンとして日記をまとめているので、どうしても忘れてしまう
>ものだ」といった話をした。休載になることに文句を言ったのではなく、休載の場合は
>早めに連絡して欲しいとお願いしたわけだ。このことを誤解したのではないかと私は
>編集者に言い、彼もそうだと同意した(その編集者が以上を私に語った話を知ると、唐
>沢氏は「チクッた」「あいつはスパイだ」などとまた被害妄想丸だしにする可能性があ
>るので、念のために弁護しておくが、彼は自分にも責任があるために、その事情を私
>に説明したに過ぎない)。
> この編集者の誤解をそのまま真に受けて原稿にしたのが唐沢氏であり、これについ
>ては表面的に謝罪しているが、唐沢氏は、非常にこずるい策を弄している。
> 95年6月号で、わざわざ唐沢氏が私の日記から引用しているのは、しっかり自分は
>私の原稿を見た上で、他者から聞いた話を『怪情報』として紹介したに過ぎないと言
>いたいとも読める。しかし、唐沢氏が引用している私の文章を「文句つけた」と解釈す
>るのはあまりに無理があって、私はこれを捏造と読ぶことにためらいはない。


そりゃ、「唐沢氏が引用している私の文章」とは、「<7月の日記を読みたい方へ>ガロ
10月号ではこの連載が休みだったため、7月分の日記はミニコミ『ショートカット』の別
冊として「94年7月」というタイトルで発売される」くらいだし。さすがの唐沢俊一も、これ
を「文句つけた」と抗弁することはできなかったらしい。

> 実際には、唐沢氏は本当に私がそんな文章を書いていたと信じていたらしく、私の
>質問を見て、唐沢氏は編集部に「松沢はそういうことを日記に書いていたよね」と問い
>合わせてきたという。人に聞く前に、自分でバックナンバー見て確認しなさいよ。その
>前に原稿を書く際には調べられる範囲のことは調べなさいよ。


松沢呉一の書いていることは一から十まで正しいのだけれど、唐沢俊一観察を長く続け
過ぎたせいか、唐沢俊一にそんなマトモなことを要求するのはあまりに酷ではないか、
無理に決まっているだろうと思ってしまう自分に何だかなあと思ったり。

> 唐沢氏は「この連載は『怪情報』のコーナーです。怪情報のニュースソースに正確さ
>を期待しては、怪情報とはもはや申せますまい」と、この連載の内容が正確でなくても
>いいと逃げを打っているが、だったら編集部に問い合わせる必要などないではない
>か。正確に書くべきとわかっていながら、間違いをやらかしてしまったために、こんなこ
>とを言い出しているのは明白で、事実、この連載においては、ライヴの情報など、正
>確なことをいくらでも書いているのはどういうことか。これでは『怪情報』ではないでは
>ないか。
> 自分の嫌いな人間や利害関係のない人間に関してはデタラメを書いて開き直るの
>が唐沢氏の言う『怪情報』らしい。


正確さを期待するなといわんばかりの書き飛ばしといえば、『噂の眞相』を思い出したり
するけど、あちらは抗議を受けたら、だいたいさっさと謝罪し訂正するのが通常だった。
『噂の眞相』から、訂正と謝罪を引いて、ネチネチした嫌味を加えたのが唐沢俊一という
ところか。

> また、「伝聞の形で、『と、言うんですね』となっていることにお気づきでしょうか」とあ
>り、これは正確には「らしいんですね」である。どっちでもいいが、伝聞の形にしておけ
>ば自分の責任がなくなると思っているとはあんまりだ。噂という形で書こうとも、プライ
>バシー侵害や名誉毀損が成立し得ることをご存じないんでしょうか(この程度が名誉
>毀損になるなんてことを言っているんじゃないですよ。伝聞とわかるようにしたところ
>で、責任は逃れられないという話)。それでもなお、このような表現が許されると主張
>するなら、私もまた唐沢氏についての伝聞情報、噂話、第三者による唐沢氏に対する
>悪い評価を垂れ流す準備があるので、どうぞ「唐沢VS.松沢/怪情報大会」をお申し
>出ください(「おまえはバカだ」「おまえこそバカだ」「おまえのことをみんな嫌っている」
>「おまえはもっと嫌われている」といった罵倒合戦を私は好まないが、唐沢氏が望む
>ならしょうがあるまい)。


これにビビった唐沢俊一は、いろいろ取り乱したり、ビデオを松沢呉一に渡すことを断固
拒否したりしたのかなとも想像するが……とにかくあれこれ醜態を晒す前に、さっさと
嫌味や皮肉抜きの、普通の謝罪をしておけばよかったのにと思わないでもない。

それ以上に、「唐沢VS.松沢/怪情報大会」を読みたかったなあと思うけど。
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Comment

●同じ 1958 年生まれの○沢○一どうし

原稿料欲しさならまだわかりやすい (?) のですが、ガロって原稿料が出ていたかどうか……出ていたとしても少額ではないかと。

そして唐沢俊一が松沢呉一氏の悪口を言い始めたのは、1996 年当時から数えて 4 年前 (つまり 1992 年頃から?) という話もあり、何だか根深いものを感じないでもなかったり。

どちらも 1958 年生まれなので、同い年の松沢呉一氏に差をつけられているなあという焦りや僻みみたいなものがあったのかもしれないと想像しています。

http://www.digipad.com/tokyu/text/sc03.html
> それでは「ガロ」はなぜその後も存続できただろうか。その理由の一つは、「ガロ」には
>驚くべきことに「原稿料」がなかったからなのである。もちろん最初から原稿料がタダの
>雑誌、ということでスタートしたわけではない。景気のいい時には大手並とは言えないも
>のの、原稿料が出ていた時期もあった。ちなみに長井は後年「大手にも負けないくらい
>の額は出してたつもりだよ」と口グセのように言っていた。原稿料を出せていた「ガロ」だ
>が、1971年に「カムイ伝」の連載が終了した後、部数はじりじりと下降線をたどるように
>なる。(「カムイ伝」は「第一部終了」という形で終了、だからいずれまた「ガロ」誌上に戻っ
>てくると読者も、長井もある時期まではそう思っていた)そうして白土の作品および経済
>的バックアップが得られなくなった「ガロ」は、原稿料を「儲かったら必ずお支払いします」
>という形で支払いを停止せざるを得なくなる。僕も入社当時よく長井に「うちは『払わな
>い』んじゃねぇんだ、『払えない』んだよ、だから良くなったらお支払いします、申し訳あり
>ません、と思って作家さんと接しな」と言われたものである。

http://web.archive.org/web/20001204214200/www.tky.3web.ne.jp/~shortcut/clm/wwm/wwm-kara3a.html
>間違っているとわかっていても、バカバカしいから、面倒だから、抗議しないことはよくあ
>りますけどね。唐沢氏が言い続けてきた私への悪口の類いをここまで私が聞き流してき
>たようにだ(唐沢氏が私の悪口を言い出したのは少なくとも4年前に溯るという証言を探
>してきてくれた人もいるのだが、タコシェがまだ誕生していなかった頃のものだから、私
>はいちいち問題にしようとは思わず、私の悪口を聞いたという本人に直接の連絡もとって
>いない)。
トンデモない一行知識 |  2009年02月22日(日) 12:18 |  URL |  【コメント編集】

結局、「原稿料一回分、俺のほうが少ないぞ」と文句を言いたかっただけなんでしょうね。あーだこーだ理屈をつけてるけど。
藤岡真 |  2009年02月22日(日) 09:56 |  URL |  【コメント編集】

●なんだかなぁ

よくもまぁここまで書けるもんだ・・・(笑)
自分は卑怯者ですと言っているようなものですね。

ご同情申し上げます。
竹之内 彬 |  2009年02月22日(日) 01:34 |  URL |  【コメント編集】

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