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2009.10.10 (Sat)

快楽は遠い昔の花火ではない

「社会派くん」の Web 連載。
http://www.shakaihakun.com/vol093/06.html

唐沢 覚醒剤事件の数の推移を見ると、昭和20年代後半にピークを迎え
て、30年代40年代中盤までは非常に少ないのね。高度経済成長期の
日本人は、普通に生きていても毎日が刺激的で、一般人はシャブなんか
に手を出す暇もなかったってことよ。終戦直後の何もない時代からあそこ
まで這い上がっていったプロセスってのは、その空気を体感しただけでも
興奮できる快楽だったわけ。それが遠い昔の話になって、自分たちにもう
未来はない、おそらく子供たちにも未来はないだろうって時代になったとき
に、みんなこぞって一瞬の快楽に火花を散らそうという刹那的な生き方に
走ってしまうのは当たり前のことで。


ヒロポンだのドラッグだのが超苦手分野という自覚のない唐沢俊一先生」にしては、
今回のシャブについては、「昭和20年代後半にピークを迎えて、30年代40年代中盤
までは非常に少ない」とか、比較的マトモなことをいっている。

ヒロポンが文学や芸能における傑作群を大量発生させたんだと?」のときみたいに、
「昭和二〇年代半ばから三〇年代はじめにかけての日本」について、「戦後の日本人
の気力をあぶなっかしげに支えていたのが、ヒロポン」、「ヒロポンがなければこの当時
の文学や芸能における傑作群の大部分は生まれていなかったであろうことは間違いな
い」なんていっているわけではないし。

また、「『ノイローゼ』は 1955 年の流行語」のエントリーで引用した文章のように、米ソ
の冷戦を理由に「六〇年代の人々の精神は、ノンキというよりはノイローゼ気味と言って
いいくらいのものだった」とかいっているわけではない。「30年代40年代中盤まで」の
「高度経済成長期」について話しているが、「朝日の書評でも時空を歪ます」のときのよう
に、「1950年代末から60年代を通しての日本は、まさにチャンバラ・エージ」とかいって
いるわけでもない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/高度経済成長期
>日本経済が飛躍的に成長を遂げたのは昭和30年代~40年代(1955年から1973年
>まで)の18年間である。


で、まあ、最初に書いたように、「覚醒剤事件の数の推移を見ると、昭和20年代後半に
ピークを迎えて、30年代40年代中盤までは非常に少ない」とかいうのは一応本当で、
http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/15/nfm/n_15_2_3_2_3_2.html (昭和49年版 犯罪白書
第3編/第2章/第3節/2) の「III-123表 覚せい剤取締法違反事件年次別検察庁新規
受理人員及び処理人員(昭和26年~48年)」の表
を見ると、一目瞭然ではある。

ただし、その理由が、唐沢俊一のいうように「一般人はシャブなんかに手を出す暇もな
かったってことよ。終戦直後の何もない時代からあそこまで這い上がっていったプロセス
ってのは、その空気を体感しただけでも興奮できる快楽だったわけ」かというと……。

少し長くなるけど、「昭和35年版 犯罪白書」から引用してみる。

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/1/nfm/n_1_2_1_2_3_2.html
>昭和35年版 犯罪白書 第一編/第二章/三/2 2
>覚せい剤犯罪
>(一) 覚せい剤犯罪の推移
> 覚せい剤は,プロパミンまたはメチール・プロパミンとよばれる中枢性の興奮剤で,
>麻薬ではない。すでに,三〇年以上も前から,アメリカでは,ベンツェドリンの名で覚
>せい剤が使用され,つづいて,ドイツ,イギリスなどの国でもこれを使用し,わが国で
>も,ヒロポン,セドリン,ホスピタン,メチブロン,ネオアゴチンなどの名で発売されてい
>た。その作用は大脳皮質の刺激による覚せい作用ばかりでなく,疲労感,倦怠,沈う
>つ感などを消散させて快感をもたらしたり,作業能力を増進させる効果のあるところか
>ら,精神科の臨床ばかりでなく,軍需工場における徹夜作業にもちいられ,とくに,前
>線では強制的に使用されていた。この軍需用として貯えられていたものが,戦後,ま
>ず,大量に放出されて,文士,芸能人,夜間従業者,接客婦などに愛好されるように
>なったが,当初は,まだ内服であった。ところが,戦後急速に流行した麻雀クラブやダ
>ンスホール,キャバレーなどに出入する人びとや,不良集団のあいだに本剤の使用が
>流行し,それにつれて注射薬も市販されるようになった。
> 本剤の中毒患者は,わが国では,昭和二一年春頃から散発的にあらわれはじめた
>が,嗜好者は,その後,急速に増加している。このような覚せい剤の濫用は当局の注
>意をひき,昭和二三年七月には劇薬に指定され,ついで,昭和二四年一〇月には製
>造の全面的中止が勧告されたが,その濫用は増加の一途をたどった。そこで,参議
>院厚生委員会では,第一〇回国会で,覚せい剤禍の問題をとりあげ,取締りのため
>の立法に着手し,昭和二六年法律第二五二号で「覚せい剤取締法」が公布され,同
>年七月三〇日から施行された。この法律は,覚せい剤が医療上の効用をもつ反面,
>その習慣性のため弊害をもたらす点が麻薬に似ているのにかんがみ,その内容にお
>いて麻薬取締法に類似している。そして,昭和二九年六月二〇日の一部改正で,罰
>則が従来よりも強化された。精神衛生法の一部も改正され,覚せい剤の慢性中毒者
>を精神障害者とおなじにとりあつかうことになり,検挙取締とあわせて行政措置の万
>全を期した。覚せい剤取締法の制定にともない,覚せい剤の授受が地下にもぐるよう
>になったとともに,その使用階層も,犯罪者や非行少年の集団に移っていった。また,
>覚せい剤を迎える地下市場は着々と拡大され,その密造事犯が跡をたたなかったた
>め,その根源を断つべく,昭和三〇年法律第一七一号で覚せい剤取締法を改正し,
>覚せい剤製造原料のおもなものおよび製造途中の中間体のおもなものを指定して,こ
>れを取締の対象としたほか,さらに一段と罰則を強化して,この種の事犯の徹底的な
>検挙と処罰とが企てられた。
〈略〉
> 前記のとおり,麻薬関係法令違反事件は,昭和三二年以降ふたたび増加のきざし
>を示し,この種の事犯に対する不断の取締りと各般の施策との必要を示唆している。
>覚せい剤取締法違反事件が数年で激減したのは,欧米にもその例をみない目ざまし
>い成果で,その害毒についての啓発宣伝や医療保護など各種の行政施策の遂行と,
>不断の厳重な取締りと適正な事件処理との総合によるものとされている。


今回、唐沢俊一は、「一般人はシャブなんかに手を出す暇もなかったってことよ」といって
いるが、「作業能力を増進させる効果のあるところから〈略〉軍需工場における徹夜作業
にもちいられ」たという性質ももつ覚せい剤は、暇があれば手を出す、なければ出さない
という種類のものではないだろう。唐沢俊一自身、『トンデモ一行知識の逆襲』の P.139
に、「〆切がせまると、ああ、ヒロポンが欲しい! と思いますが」などと書いていたりする
のに。

「終戦直後の何もない時代からあそこまで這い上がっていったプロセスってのは、その
空気を体感しただけでも興奮できる快楽だったわけ」というのにも首をひねる。「終戦直
後の何もない時代から」というのなら、昭和二〇年代が除外されるなんていうのは、まず
ないんじゃないかと思うが。「軍需用として貯えられていた」覚せい剤が「大量に放出さ
れ」たときに愛好した「文士,芸能人,夜間従業者,接客婦など」などは、「這い上がって
いったプロセス」とは無縁で、「その空気を体感」したりしていなかったという説でも唱えて
いるつもりなんだろうか。

で、「覚せい剤取締法違反事件が数年で激減した」理由は、いろいろ異論もあるかも
しれないけど、白書のいう通り、「この種の事犯の徹底的な検挙と処罰」、「その害毒に
ついての啓発宣伝や医療保護など各種の行政施策の遂行と,不断の厳重な取締りと
適正な事件処理との総合によるものとされている」ということで、よいのではないかと
思う。法律をガンガン改正していく勢いとか、スゴいもんだと思うし。

それに、唐沢俊一のいう「その空気を体感しただけでも興奮できる快楽だった」のが
高度経済成長期で、「未来はないだろうって時代になったときに、みんなこぞって一瞬
の快楽に火花を散らそうという刹那的な生き方に走ってしまう」という話なのだとすれば、
高度経済成長期に、麻薬の常習者が減るどころか増えていった時期のあることの説明
がつきにくい。

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/15/nfm/n_15_2_3_2_3_1.html
>昭和49年版 犯罪白書
>第3編/第2章/第3節/1 第3節
>麻薬・覚せい剤事犯に対する処分状況1 麻薬事犯に対する処分状況 昭和31年から
>48年までの間における麻薬事犯の処理状況を示したのが,III-118表である。これによ
>ると,麻薬事犯総数の起訴人員は,37年の2,528人をピークとして逐年減少し,44年
>には198人にすぎなくなったが,45年以降は漸増し,48年には587人となっている。一
>方,不起訴人員は41年まで増加傾向をたどった後,42年以降46年まで減少してきた
>が,47年及び48年と再び増加している。



その他参考 URL (平成 7 年って、やたら LSD の押収量が多い):
- http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/35/nfm/n_35_2_3_1_2_1.html
- http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/44/nfm/n_44_2_1_1_4_2.html
- http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/51/nfm/n_51_2_1_3_2_2.html
- http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/55/nfm/n_55_2_3_3_1_1.html
- http://hakusyo1.moj.go.jp/cgi-bin/namazu.cgi?query=%22%B3%D0%A4%BB%A4%A4%BA%DE%22&submit=Search%21&whence=0&max=100&result=normal&sort=date%3Alate

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