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2009.10.03 (Sat)

唐沢俊一先生の本を使うと知識の伝播というより電波の伝播になっちゃいます

『トンデモ一行知識の世界』 P.7

『博学ものしり事典』一冊では、ネタはすぐ尽きてしまう。僕は、それから
書店をあさり、こういう雑学本と見ればとにかく、買いあさった。そして、おも
しろいもの、おもしろくないものを徹底して分析してみた。
 その結果、得た結論というのはこうである。
「一行知識は、それが実生活に無用のものであればあるほど純粋におもし
ろい」
 よく、新聞社系の出版社や、ビジネス書系の出版社から出る雑学本がある。
これらは、おしなべておもしろくない。いろいろ書き方に
工夫があるものであってもである。その理由を考えているうち、こういうところ
から出る本は、その得た知識を
「何か実用に役立てようという、不純な動機がある」
 ことにあるのではないか、と気がついた。たとえば外回りの会社訪問での
話題のきっかけ作りであるとか、入社試験の常識テストの参考書にする、
とかいう理由で、生活のタネにしようと思って仕入れたとたん、雑学は実学
となり、一行知識の持つ、無用な知識としての純粋性は失われるのである。
 雑学は、頭脳の細胞がその知識を増やしたいと欲する、その純粋な要求
のためにのみ、存在しなければならないのである。


唐沢俊一が「おしなべておもしろくない」と喧嘩を売るようなことを書いている、「新聞社
系の出版社」の出している雑学本には、その唐沢俊一がネタ元にした (あえて決めつけ)
『話のネタ:会話がはずむ教養読本』 (毎日新聞社著)
も含まれていたりする皮肉……。
また、「不純な動機」、「純粋性」、「純粋な要求」と、やたらと純粋さにこだわる様子は、
さすが、「ピュア信仰」で、「こんな野郎と活動の分野が似通っている、というだけで体が
汚れたような気になるよ
」の唐沢俊一である。

閑話休題。上に引用した唐沢俊一の文章の次に、「ほとんど全ての意味で正反対 ――
アイザック・アシモフと唐沢俊一
」の最初に引用した、「SF作家で化学者、そして雑学
マニアでもあったアイザック・アシモフ博士」が、「人間は、無用な知識の数が増えること
で快感を感じることのできる、唯一の動物である」と「自身ものした一行知識の本の中で」
いっているというガセビアが続くわけである。

しかし、あちらにも書いたがアシモフは、特に知識を有用なものと無用なものに分類し、
無用な知識の収集を重視しているわけではない。「無用な知識」への愛とこだわりは、
唐沢俊一のいう「無用な知識の本としては究極」 (『トンデモ一行知識の世界』 P.216)
をいく『超辞苑』の著者と訳者が表明していたりする。

『超辞苑』 P.i (「謝辞」より)
> 無益にして、しかも、不思議な魅力にとむ情報を満載したこの百科辞典の編纂は、
>価値なき知識の小径深くに分け入った先人たちのあくなき努力と、真に無価値な事柄
>のみを峻別する奇談マニアの特異な霊感の助けとがなかったら、おそらくは実現不可
>能であったろう。われわれは、それらの人びとに、そしてまた、個々の知識のくずかご
>から奇聞奇譚の断片を拾い出し献げてくれた幾多の友人や同僚諸氏に深く感謝しな
>ければならない。もともとわれわれの意図したところは、無価値ではあってもキラキラ
>輝く情報の小片群を整理して、それらがいっそう輝きを増すように再構成し、さらにま
>た、探究心旺盛な人びとがそれらの知識を容易に検索できるよう便宜をはかることで
>あった。


『超辞苑』 P.301 (「訳者あとがき」より)
>奇妙なことに、われわれが心底やりたいと願うことは、実用性という観点からすると
>それ自体はまるで無価値なものであることが多い。そして、その無価値なものを追い
>求めるために、われわれは有益ないしは有用とされている物事を嫌々ながらやって
>いるふしがある。たぶん、われわれの心の奥では、無意識のうちに、通常価値あると
>されているものと無価値とされているものとの逆転現象がおこっているからなのだろう。
〈略〉
>役に立つと称される情報の洪水に精神を強迫されながら生きる現代人にとっては、
>役に立たないゆえにこそ読む者の心をとらえ、その心にみずみずしい感性と豊かな
>想像力をよみがえらせてくれるこの種の奇本は、じつのところ、いまいちばん必要な
>ものなのかもしれない。


「有益ないしは有用とされている物事」ではない知識の収集の喜びについて語るのは
両者に共通しているとしても、比べるのは『超辞苑』の著者と訳者に失礼ではないか
――とためらわれる程のレベルの違いである。唐沢俊一が本の序文や後書きで格好を
つけたようなことを書くと、たいがい失敗する (個人的にはひそかに、ポエム力不足と
呼んでいる) という傾向に目をつぶるとしても。

唐沢俊一のいう無用な情報とは何か――ということをわかりにくくしているのが、「外回り
の会社訪問での話題のきっかけ作りであるとか、入社試験の常識テストの参考書」に
しようとしすると、「一行知識の持つ、無用な知識としての純粋性は失われる」し、つまら
なくなるという主張だと思う。他人との会話とのきっかけにしようとするともうダメなのか、
いや仕事関係で使わなければよいのか、会社の同僚との話のタネにするのは不純と
判断するのか等々の疑問はわくし、「常識テストの参考書」にするための雑学本なんて、
そんなのあるのかと思うし。

そして、『超辞苑』にはあるけど『トンデモ一行知識の世界』にないのは、「探究心旺盛
な人びとがそれらの知識を容易に検索できるよう便宜をはかる」などという配慮であり、
逆に『超辞苑』にはなくて『トンデモ一行知識の世界』にあるのは、他の雑学本には
つまらないのが多いとする執拗な貶しである。

「知識を容易に検索できるよう便宜をはかる」というのは、唐沢俊一の書く本にもっとも
欠けているもののひとつでもある。参考文献は書かない、細かい表記ミスも多いという
唐沢俊一の悪癖のせいで、検索に苦労したことが何度あったことか。

例 (あくまで、ごく一部)
- http://tondemonai2.web.fc2.com/58.html
- http://tondemonai2.web.fc2.com/473.html
- http://tondemonai2.web.fc2.com/691.html
- http://tondemonai2.web.fc2.com/819.html

俺の本は語り口のおもしろさに重点を置いているけど、他の本はつまらないのが多いと
する主張は、『トンデモ一行知識の逆襲』でも健在 (?) だ。

『トンデモ一行知識の逆襲』 まえがき

 知識は自分で記憶しているだけでは持っていないも同然である。人に
伝え、その人がまた別の人にそれを伝え、と、伝播させてはじめて、
生きた知識となる。
〈略〉
 最近、チマタでは『人に教えたくなる~』などと銘打った雑学の本が多く
出ている。だが、それらの大部分は、ただ知識が羅列されているだけで、
読んだ人間がほんとうにそれを次の人に教えたくなるかどうか、きわめて
疑問である。前著『トンデモ一行知識の世界』で提唱した、“視点のひねり
があり”“語り口の工夫が見られ”“純粋に知識の面白みとしての無用性
にあふれている”雑学を、もう一度追求してみたいと思うのである。
〈略〉
 例えば、知識の無用性の極致としては、こんな一行知識があった。

 河童の腕は抜けやすいので、河童と相撲をとったときは腕をつかんで
振り回すとよい。
 (名古屋市 米田茂さん)

 これを読んで、“なるほど、今度河童と出会ったら……”と考えてメモする
人はいやしない。覚えていたところで、まったく何の役にも立たない知識の
極限みたいなものだが、なんとなく、民話の世界をかいまみたような、ほの
ぼのしたメルヘンを感じられる、いい一行知識である。


これで興味深いのは、「『人に教えたくなる~』などと銘打った雑学の本」という分野に
進出しようとする意図がほの見えることだ。“視点のひねりがあり”“語り口の工夫が見ら
れ”うんぬんは、先行する『トンデモ一行知識の世界』にも記述がある。しかし、そちらは、
唐沢俊一の読者が、さらに他の人にその雑学を伝えることを特に推奨するわけではない
ような感じ。

『トンデモ一行知識の世界』 P.6

この経験を通して覚えたことは、このような雑学知識は、単にその知識
そのもののおもしろさばかりではなく、それを人に伝える、その語り口にも
かなり左右されるということだった。ダラダラと説明が長すぎてもいけない
し、また、ブッキラボーに知識だけを放り出しても、それはエンタテインメント
たりえない。雑学というのは、落語や講談にも似た、一種の芸なのだな、
と思うようになった。


こちらの本で重視されてのは、俺 (唐沢俊一) の芸をたたえよという自己宣伝のハッタリ
でしかないのではないか。そして、こんなことを書いておきながら、「交通信号の変わる
順番は青→黄→赤
」とか「北極と南極では南極のほうが寒い。」とかやらかしてくれるの
が、たまらない。どんな芸なのかと。

『トンデモ一行知識の逆襲』の方でもまだ、『人に教えたくなる~』路線を、そう明確に打
ち出してはいないふしが。こちらのエントリーにも引用した通り、「あとがきにかえて」には
以下のようなことを書いてもいて、何だか方針が定まっていないような。

『トンデモ一行知識の逆襲』 P.218

 どうか、この本の読者の皆さんも、一行知識を収集したら、その知識は
胸の奥にしまい、一般人にはできるだけ、そういう知識の収集の趣味が
あるなどということは押し隠し、くれぐれも学校や職場などでそれに勘づ
かれることのないよう、気をつけた方がいい。その発表は、私のホーム
ページの掲示板のような、ごく特殊な趣味の人々が集まる場で発表する
に止めておいた方が無難であろう。



唐沢俊一自身は、どれだけ自覚していたかわからないが、「落語や講談にも似た、一種
の芸」としての雑学披露と、「読んだ人間がほんとうにそれを次の人に教えたくなる」
ような、『人に教えたくなる~』雑学の提示とでは、個々のネタに要求される正確性の
レベルが、ずいぶん違ってくるはず。

唐沢俊一の雑学本のネタをうかつに他人にしゃべったり、掲示板に書いたりしたら、
その初歩的な誤りで恥をかく可能性が高いのだから、そうおいそれとは使えない。

可能性だけの問題ではない。「ゼロセンと読むかレイセンと読むかも重要問題らしい」の
エントリーにも引用したことがあるが、下記の例のようなケースも実際にあったりする。

http://nazo23.sakura.ne.jp/monami/log/20051217.html
(発言を時間順に並べ替え)
>名無し様:「ゼロ戦」は当初あちらさんに「ゼロ・ファイター」と恐れられたが、終戦間際
>には撃てばすぐ燃えるから「ゼロ・ライター」と呼ばれていたとか。
>もなみ:それは一式陸攻がワンショットライターと言われた話と混同してませんかー?
>名無し様:ぬ、唐沢氏の著書で目にしたのですが…。その本はどこかにやってしまった
>ので裏が取れませんが。


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20:01  |  資料編 (14) +  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

>藤岡真さん
> その実例が。『唐沢俊一の雑学王』のまえがきに書かれています。

> 要は酒場で、女性に親爺の猥談を聞かせるという話です。

うわあああ。アレは確かにキツかったですね。唐沢俊一は本当に、あんなことを実践しているのか大丈夫かと思ったものでした。

まあ、あの程度なら、コメント欄の方はわかりませんが、本文としてアップするのは可能とは思います。ただ、気力の問題で、今すぐにはちょっと……ですが。

実は、このエントリーの本文には、『トンデモ一行知識の逆襲』の「あとがきにかえて」より、「青山のしゃれたカフェバー」で「女性をハントしようとしている私」の話も引用しようかとも考えたのですが、いろんな意味で疲れたため……挫折しました。


>猫遊軒猫八さん
紹介ありがとうございます。まずは『ワルチンの人間博物館〈1〉奇行・珍行の愉快な面々』から、はじめてみようかなと。

ググってみたら、こんなの↓もありました。

http://www.rakkousha.co.jp/books/ta_12.html
>『トンデモ本の世界V』著:と学会 (刊行日 2007/09/27)
〈略〉
>デヴィッド・ワルチンスキー他『ワルチン版大予言者』――予言は
>99パーセントはずれる!〈山本弘〉 34
トンデモない一行知識 |  2009年10月04日(日) 01:55 |  URL |  【コメント編集】

●お勧めの雑学本。

 異論はあるとおもいますがアメリカの著述家デビッド・ワルチンスキーの雑学本は出版社を変え、飛び飛びですが三十年近く邦訳版が出ています。オカルトから下の話まで幅広い雑学ネタが日常に全く役に立たないです、強いて言えば飲み屋で話のネタになるくらい。面白いですがワルチンスキーはユリ・ゲラーやテッド・シリアスを信じている人みたいで要注意ですが。
 朝日新聞社や読売新聞社の歴史本もどれもすごく面白いんですが唐沢さんは知らないのでしょうか。
猫遊軒猫八 |  2009年10月04日(日) 00:16 |  URL |  【コメント編集】

●語りの芸

>雑学というのは、落語や講談にも似た、一種の芸なのだ

 その実例が。『唐沢俊一の雑学王』のまえがきに書かれています。引用したいのですが、禁止キーワード満載ではねられると思うので。

 要は酒場で、女性に親爺の猥談を聞かせるという話です。
 そして、それを得意そうに書くのは「童●の後輩に、童●の先輩が話す女性攻略法」でしかありません。
 唐沢氏は童●貞なのでは? そう思うことがしばしばありますな。
 ドンファンの童●。
 ●=貞
藤岡真 |  2009年10月03日(土) 22:34 |  URL |  【コメント編集】

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