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2009.02.17 (Tue)

大手マスコミにとっては漫画も不倫も文化だったりする?

「裏モノ日記」 2009年 02月 09日(月曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20090209114454.html

本日、手塚治虫の命日。
確か20年前のあの日は、K子と鬼怒川温泉だったかに旅行に行った
帰りの日で、小田急(当時参宮橋に住んでいた)の新宿駅の売店の
新聞の見出しでその死を知った。同じ日に、三年前三井物産マニラ支店長で
ゲリラに誘拐された若王子信行氏が死去し、多くの新聞ではそちらの
扱いの方が大きかった記憶がある。手塚氏が育てた日本マンガが
日本を代表する文化として大手マスコミに認められるには、
もう少々の時間が必要だった。


2ちゃんねるのスレでは、議論が長引いたネタ (Read More 参照) だけど……素朴な
疑問として、「日本を代表する文化として大手マスコミに認められるには、もう少々の
時間が必要だった」とは、どういう意味かと。

手塚治虫の死は、テレビや雑誌を含む「大手マスコミ」が大きく報じていた記憶がある
し、唐沢俊一自身、「平成元年3月1日青山斎場」での手塚の葬儀の様子を、以下の
ように「NEWパンチザウルス1989年4月6日号」に書いている。

『脳天気教養図鑑』 P.67

「あそこに 石ノ森章太郎が いるぞ」
「赤塚不二夫だ ちばてつやだ 藤子不二夫だ」
「阿部進も 小野耕世も 石上三登志も」
「大林宣彦がいるぞ 長谷川和彦かな あれは」
「なんかみんな ちっちゃいな あの世代の漫画家って」
「記者に囲まれると 見えなくなっちゃう のね」
「子供のころ 食料事情が 悪かったせいか」
「それにしても 行列長いぞ」
「ビデオウォークマン もってくれば よかった」


「見えなくなっちゃう」くらい大勢の記者に囲まれている、「あの世代の漫画家」たち。
その記者たちは皆、「大手マスコミ」以外の記者だったわけではあるまいに。

だいたい手塚治虫の漫画を連載・出版していた数々の出版社――講談社や小学館、
そして絶筆となった『ネオ・ファウスト』を連載していた朝日新聞社も含む――は、どれも
立派な「大手マスコミ」であり、手塚治虫のこともマンガのことも十分「認め」ていたと
思うが。

いや、「日本を代表する文化として」は認めていなかったという主張なのかとも思ったが、
手塚の生前から彼の全集が刊行されていたり、手塚治虫が死去した翌日に「天声人語」
に取り上げられたりしただけでは不足なんだろうか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/手塚治虫漫画全集
>1977年6月から1984年10月まで、毎月4冊ずつ各期100巻3期に分けて全300巻が
>刊行された。
>第1期 1977年6月 - 1979年8月
>第2期 1979年10月 - 1981年11月
>第3期 1982年2月 - 1984年10月


http://japan.cnet.com/blog/mugendai/2009/02/11/entry_27020218/
>実は、平成元年2月9日は手塚治虫が死去した日だった。翌日、朝日新聞の天声人語
>にこんな一節があった。
>「日本人は、なぜこんなにも漫画が好きなのか。電車の中で漫画週刊誌を読みふける
>姿は、外国人の目には異様に映るらしい。 しかし、さて私たちはなぜ漫画好きなの
>か、と思い悩む必要はなさそうなニュースが海外から聞こえてきた。マンガ日本経済
>入門」が西独で翻訳され、学生らに人気を呼んでいるという。米国では一足先に評判
>だ。なぜ、外国の人はこれまで漫画を読まずにいたのだろうか。
> 答えの一つは、彼らの国に手塚治虫がいなかったからだ。日本の戦後の漫画は、
>手塚治虫抜きにはありえない。ストーリー漫画とテレビアニメの創始者。少年マンガは
>むろんのこと、今日隆盛をきわめる少女漫画の主人公でも、あの長いまつ毛を持った
>美少年「アトム」の両性具有的なイメージに影響を受けていることは容易に推論できよ
>う。


「電車の中で漫画週刊誌を読みふける姿は、外国人の目には異様に映る」とかいうのは、
当時はごく普通の、ありふれたネタ振りだったけど、今は漫画を読む人って減ったよなあ
……というのはおいといて。

一方、手塚の死後、「もう少々の時間」を経た後で、何がどう変化して「大手マスコミに
認められる」ことになったと唐沢俊一が想定しているのかといえば、日記には何も書か
れていないので、わからない。

2ちゃんねるのスレでは、手塚が国民栄誉賞を逃したこととか話題になったけど、あれは
「大手マスコミ」が認めるかどうかで決まるものではないし。

http://ja.wikipedia.org/wiki/国民栄誉賞
>国民栄誉賞(こくみんえいよしょう)は、日本の内閣総理大臣表彰のひとつ。

それにしても、手塚治虫死亡より若王子信行死亡に大きく紙面が割かれていたという
こと自体首をひねる話 (自分の記憶もあまりあてになる代物ではないが、唐沢俊一の
いう「記憶している」は、もっと信用できない) が、まあ仮に本当だったとしたら、「文化と
して」「認められ」ていたかどうかの問題ではなく、社会面の記事が文化面の記事に
勝っただけという話のような気が。夏目雅子死去の記事より、三浦知良逮捕の記事の
方が大きかったというアレのようなもので。

その他参考 URL:
- http://www.chatran.net/dispfw.php?A=_manga/_tezuka

追記: 唐沢俊一検証blog さんの「続・そんなに手塚治虫が嫌いなのか。」に、
当日の新聞記事の扱いが詳細に比較されているので必見。

ついでに、何か唐沢俊一って、マジで手塚治虫に嫉妬しているんじゃないか
といってみるテスト。あれだけ大物だと、同業者でもなければ (同業者でも?)
なかなか嫉妬の対象にもしにくいのが普通じゃないかと思うけど、まあ唐沢だし。

More...

http://www.23ch.info/test/read.cgi/books/1233585180/
-------
679 :無名草子さん:2009/02/11(水) 23:29:41
2009.02.09 http://www.tobunken.com/diary/diary20090209114454.html

>本日、手塚治虫の命日。
>確か20年前のあの日は、K子と鬼怒川温泉だったかに旅行に行った
>帰りの日で、小田急(当時参宮橋に住んでいた)の新宿駅の売店の
>新聞の見出しでその死を知った。同じ日に、三年前三井物産マニラ支店長で
>ゲリラに誘拐された若王子信行氏が死去し、多くの新聞ではそちらの
>扱いの方が大きかった記憶がある。手塚氏が育てた日本マンガが
>日本を代表する文化として大手マスコミに認められるには、
>もう少々の時間が必要だった。

俺、手塚が亡くなった日の新聞を何紙か購入して未だに保管してあるが
手塚の死はトップ記事でデカデカと1面カラーで伝えられている。
マニラ支店長の若王子が亡くなった記事は過去を振り返る記事も付けられているが
そんなにでかく無いし、1面でもない。

1989年の段階で、手塚が三井物産元マニラ支店長よりビッグネームじゃないとか、
まだ日本漫画が大手マスコミに認められていないとか
この人は何を考えているんだろうか?
麻生太郎が竹下首相に「手塚治虫に国民栄誉賞を」と進言したという事も
ニュースで報じられていたんだが。

680 :無名草子さん:2009/02/11(水) 23:37:25
記憶の問題なんで許してあげて
記憶できないのその人

682 :無名草子さん:2009/02/11(水) 23:39:11
一応、漫画文化について詳しいって事で仕事をしていたのにねぇ

684 :無名草子さん:2009/02/11(水) 23:44:24
>>679
いや、俺も手塚治虫の記事が若王子のより小さかったと記憶している。
「手塚治虫も死亡」と、若王子のついでのように書かれていた。
俺の読んだのは朝日新聞だと思った。

685 :無名草子さん:2009/02/11(水) 23:45:26
この人の文章は、まず結論ありきで都合のよい事実だけを集めたり、またはその
結論に導くために事実を強引に脚色する傾向が強いようだ。

文章を書くうえで最初に結論を想定して書き出すことはあってもいいとは
思うが、傍証に引いてきた資料が仮説に合わず、結局資料を活かして結論の
ほうを修正するということは、唐沢にはないのだろうか。

普通、文章を書いていて苦しむのはそういうところなんだが。
それで、自分の仮説がその後の調査で覆ったり、書きながら間違いに気が
ついて最初から書き直してよりよい文章になることこそ、文章を書くことの
苦しさであり、喜びでもあると思うのだが。

689 :無名草子さん:2009/02/12(木) 00:20:19
>>679
論より証拠。

>俺、手塚が亡くなった日の新聞を何紙か購入して未だに保管してあるが
>手塚の死はトップ記事でデカデカと1面カラーで伝えられている。

保管してある複数紙の1面紙面を証拠としてどこかに上げればどうか?


690 :無名草子さん:2009/02/12(木) 00:45:28
http://www.youtube.com/watch?v=z3W1imJbzV8
http://www.youtube.com/watch?v=3FUZeRPYIxs
そんなモン張るまでもねえ、ワイドショーの手塚治虫追悼特集

691 :無名草子さん:2009/02/12(木) 00:58:12
死去当時の新聞の扱いはどうだったかという話。
ワイドショーを持ち出してきても唐沢回想の真偽判定には使えない。


692 :無名草子さん:2009/02/12(木) 01:01:08
>手塚氏が育てた日本マンガが
>日本を代表する文化として大手マスコミに認められるには、
>もう少々の時間が必要だった。

ってのがね、新聞うんぬんとは関係なく「そうか?」だが。

693 :無名草子さん:2009/02/12(木) 01:24:02
例の煽り体質炸裂だな

694 :無名草子さん:2009/02/12(木) 02:43:17
33 名前: ああっ名無しさまっ 投稿日: 2000/10/23(月) 00:16
確か三井物産(でしたっけ)の若王子さんの死亡日と重なっていました。
新聞によっては若王子さんの方が扱いが大きかったような・・・

695 :無名草子さん:2009/02/12(木) 04:10:24
扱いが大きいから小さいから、
だから何?って思うんだよなあ、そもそも。
単に意味もなく手塚ってそれほどじゃねえじゃ~ん、
と腐したいだけに思える。

696 :無名草子さん:2009/02/12(木) 06:40:26
まあ当時の新聞の縮刷版を見ればすぐに分かることなわけで

697 :無名草子さん:2009/02/12(木) 07:37:05
手塚治虫が国民栄誉賞獲れなかったのは、
やっぱり昭和天皇崩御直後でバタバタしていたっていうのが一番の原因じゃないのかな。
手塚が死んだ時はあまりにタイムリーだったから「昭和と共に去って行った」って言葉がピッタリ
という気がしたけど、漫画が見下されていたから扱いが小さかったり国民栄誉賞が貰えなかったわけじゃない。
手塚と国民栄誉賞の縁がなかったのは、あと美空ひばりもほどなくして死んだっていうのが大きかったような。
美空ひばりが死んだ時にはいわゆるヲタ層から「政府は歌には理解があるが漫画は無知だ」っていう
批判が巻き起こっていた。

それはともかく、記憶では新聞で手塚よりも若王子の訃報の方の扱いを大きくしていたのは、
たしか日経だけだったんじゃないかと記憶してるけど。うちは当時朝日と日経をとっていたからそんな記憶がある。

698 :無名草子さん:2009/02/12(木) 07:40:28
くだらねぇ

699 :無名草子さん:2009/02/12(木) 07:43:15
手塚が国民栄誉賞を取れなかった理由として「漫画なんかに」と言われていたが
長谷川町子は国民栄誉賞を受賞しているんだよね。
ウワサでは、手塚は赤旗に連載した事がある、という物もあったけど。


700 :無名草子さん:2009/02/12(木) 07:44:10
>>698
唐沢俊一についてあーだこーだ言う事のほうが
世間一般ではくだらないことですよw

701 :無名草子さん:2009/02/12(木) 07:51:59
>>699
3年の間にマンガの地位が上がったのだよ。

702 :無名草子さん:2009/02/12(木) 08:00:36
まあ今にして思うと昭和天皇が死んだ直後に手塚に国民栄誉賞やるのはヤバイだろJK。
好意的に考えれば殉死みたいだし、悪意を持って考えれば昭和天皇より漫画家の死の方を重く見る
みたいにとられかねないし。大喪の礼だってまだ終わってないのに。

美空ひばりの国民栄誉賞が話題になった時にワイドショーで賛成反対のアンケートとってたけど、
反対の回答の比較的上位に「手塚治虫が貰っていないのに」ってのがあった。

703 :無名草子さん:2009/02/12(木) 08:28:30
まあまあ、みんな唐沢先生に国民不名誉賞が授与されれば満足だろ?

704 :無名草子さん:2009/02/12(木) 08:51:04
国民栄誉賞の受賞を最終的に決めるのは首相だったよね。
実は手塚が死んだ時の首相はダイゴのじっちゃん竹下登で
1987年11月6日~1989年6月3日が任期。
この約2年間に国民栄誉賞は出ていない。

国民栄誉賞6号:衣笠祥雄  1987年6月22日

国民栄誉賞7号:美空ひばり 1989年7月6日

この竹下のじいさんは文化的な事には興味無い人とも言われていた。

705 :無名草子さん:2009/02/12(木) 09:07:11
この年は「現人神:昭和天皇」、「経営の神様:松下幸之助」「女王:美空ひばり」
「最後の相場師:是川銀蔵」「帝王:ヘルベルト・フォン・カラヤン」などその世界に
君臨していた人々が死んだ年だった。漫画の神様もしかり。

706 :無名草子さん:2009/02/12(木) 09:08:42
↑麻雀の神様もな。

707 :無名草子さん:2009/02/12(木) 09:26:02
夕刊紙(たしか夕刊フジ)では、若王子氏の訃報の方が大きく、手塚氏はついで扱い
だったと記憶している。
まあこれは、訃報が入った順序かもしれないけど。

708 :無名草子さん:2009/02/12(木) 09:27:01
給与明細に出演した際に「雑学の神様」と言われていた人も
早く逝かないのかなぁ

709 :無名草子さん:2009/02/12(木) 10:01:00
フムフム、ということは手塚のほうが扱いが小さかった記事はごく一部なのに
そこから自分勝手な結論に結び付けてしまったということかノ

710 :無名草子さん:2009/02/12(木) 10:14:27
速報的な記事の大きさや見出しは、
早版とか遅番、それに地方面とかで結構違ってくる部分はある。
縮刷版に載ってるのは最終版。
だから縮刷版だけ見てとやかく言うのも、ある意味誤解を招く元。

手塚の死に関しては、朝日はたしか社説か天声人語で論じていたな。

711 :無名草子さん:2009/02/12(木) 10:22:15
大きく取り上げられてるんだから

当時すでに日本マンガが日本を代表する文化として
大手マスコミに認められていた証左である。

という結び方のほうが自然だよな?

712 :無名草子さん:2009/02/12(木) 10:26:11
唐沢が言いたかったのは
手塚の死から20年経って、その時を今さら明確に覚えている人も少ないだろうので

>手塚氏が育てた日本マンガが 日本を代表する文化として大手マスコミに認められるには、
>もう少々の時間が必要だった。

として、自分がオタク業界の第一人者として走り続けてきた20年の間に
日本マンガが日本を代表する文化として大手マスコミに認められた。
って事なんじゃないかと。

手塚が亡くなった時、すでに日本マンガは世界に誇れる文化だったし
大友の「AKIRA」なんかが世界中で大ヒットしていたよ。

手塚が亡くなった1989年は、ちょうど宮崎事件が起こっている最中で
(この時は犯人の手紙・今田勇子の声明文が被害者宅に届けられていた時)
あの時代、まだオタクという単語は世間一般では浸透していなかったかも知れないが
オタク的要素は十二分に認識されつつある時代だったハズ。

713 :無名草子さん:2009/02/12(木) 10:28:17
推測はもういいから。

714 :無名草子さん:2009/02/12(木) 11:05:44
推測?
1989年の段階で日本マンガは大手マスコミに認められていなかったて事?

715 :無名草子さん:2009/02/12(木) 11:14:51
>>714
認められていたけどいわゆる権威的な地位は確保してなかったってことだね。
たぶん大手マスコミが漫画を権威に祭り上げたのは1997年の手塚治虫文化賞の設置が初だと思う。
大朝日が手塚治虫を認めたとか当時騒がれていたのを覚えてる。
まあ唐沢が言ってるのは時間的に間違ってはいないんだけど、その歴史年表と手塚文化賞の中に
唐沢の名前と座るべき椅子はないってことで。

716 :無名草子さん:2009/02/12(木) 11:33:05
亡くなってすぐ、朝日ジャーナルの臨時増刊「手塚治虫の世界」が出てるけどね。

717 :無名草子さん:2009/02/12(木) 11:48:35
朝日ジャーナルの末期だからなぁ。

718 :無名草子さん:2009/02/12(木) 11:55:21
マンガが「権威的な地位」を(日本政府によって)公的に与えられたとすれば、
それは2000年代に入ってからということになるだろう。
バブル崩壊後、文科省や経産省が「有力な日本の文化輸出産業」として
マンガ(そしてアニメ)を位置づけ、さかんにシンポジウムをおこなって
助成ファンドなどをたちあげ、公的支援を始めるようになった。

しかしお役人のやることは必ずツーテンポくらい遅れるのが通例だから、
「実質的には」マンガやアニメは、80年代には日本の文化産業の中心に
なっていた。マンガがもっとも売れていたのは80年代末から90年代初頭の
バブル期で、売り上げベースでは全出版物の3割を占めるようになったのも
この頃。ちょうど手塚が死んだ時期だ。

訃報記事が若王子さんより小さかった? それはたまたまニュースが飛び込んだ
順番がそうだったからだろう。実際には、それから数ヶ月間は朝日・読売をはじめ
多くの出版社から「追悼本」のラッシュが起こった。美空ひばりの死と比べても
遜色がない(出版に関していえば手塚のほうが量では多かった)。

若王子さんの追悼本なんて寡聞にして知らない。このことひとつとっても、
唐沢の「根拠の呈示」なるものが恐ろしく恣意的だということがわかる。
たぶん唐沢は、自分が見た新聞が「たまたま」若王子さんの訃報が大きかった
というだけで、瞬時に「マンガの地位が低いからだ」という自分に
都合のいい理屈を組み立て、以後、それを疑おうともしなかったんだと思う。
その翌日、朝日の社説で大きく手塚の追悼文が書かれたり、「アサヒグラフ」
「朝日ジャーナル」で手塚追悼の臨時増刊が出されたにも関わらず、
「マンガは地位が低い」という持論を変えることはなかったんだろう。



719 :無名草子さん:2009/02/12(木) 12:10:28
流石の唐沢さんも「マンガは地位が低い」ずっと低かったし、これまでも低いままだろう、
と書いている訳じゃないだろう?
っていうかー。唐沢の述べるマンガの社会的な地位なんて、もーどうだっていいんだ。
そんなことよりー。なに何事もなかったように、おまえが手塚治虫を追想してんだ?
おまえが「手塚」の名前を使ってマンガを語ると、それだけで不愉快だ、ってことだYO!

720 :無名草子さん:2009/02/12(木) 12:10:40
>>718
結論に意義は無いが、マンガの「地位」と「売上」を混同した論旨になっているのが気になる。
推敲の余地ありかな。

721 :無名草子さん:2009/02/12(木) 12:27:02
地位と売り上げはもちろんイコールではないが、相関関係にはあるんじゃないの?
マスコミやお役人がさかんにマンガを持ち上げるようになったのも、
マンガの売り上げが明らかに出版産業を支えるようになって以降だ。
もちろん、もうひとつ、マンガ読者が子供から大人へとシフトしていったこと
とも無縁ではないが。しかし、マンガ読者が大人に移行していったからこそ、
同時に売り上げも伸びていたわけだ。
売り上げと地位は、切り離せない関係にある。

722 :無名草子さん:2009/02/12(木) 12:57:19
>>712

> 大友の「AKIRA」なんかが世界中で大ヒットしていた

翻訳出版はされたが、残念ながら「大ヒット」はしていない。
一部のアーティストなどには賞賛されたが、ヒットではない。




723 :無名草子さん:2009/02/12(木) 13:01:41
>>715

> その歴史年表と手塚文化賞の中に唐沢の名前と座るべき椅子はない

同感だが、歴史的事実としては、唐沢は手塚治虫文化賞の初代選考委員の一人なのだよ。
もっとも、その席を用意してくれたのは「ともだち」木元氏で、かつ唐沢は手塚の
未亡人が列席する前で、例の「ぴあ」論争を持ち出し、手塚を論難、あまりの空気の
読めなさに一同引きまくったという形で歴史に残ってはいるけどな。

724 :無名草子さん:2009/02/12(木) 13:03:23
>>719
朝日ジャーナルって事なら
死去によって未完となった「ネオ・ファウスト」は朝日ジャーナル連載

734 :無名草子さん:2009/02/12(木) 14:38:14
>>726
確かに部数と売り上げで言えば96年がピークだね。
ただ問題だと思うのは、その翌年にジャンプをはじめとするマンガ雑誌の
部数が激減している。
96年に600万部を記録したジャンプが、1年間で300万部台にまで
なったはず。これを考えると、96年は蝋燭が燃え尽きる前の最後の輝き
だった可能性が高い。
要するに、94年から6年までの部数増は、相当無理して実現した
部数だったのではないかと。

735 :734:2009/02/12(木) 14:48:55
おっと間違った。ジャンプが653万部を記録したのは1995年の3-4号だ。
25号で「ドラゴンボール」が終了して、そこから部数減少に転じた。
97年に300万部台に現象したのはそれでいいみたい。

736 :無名草子さん:2009/02/12(木) 15:15:24
海外の「AKIRA」
http://www.ad2019.com/foreign/index.html
(略)
>AKIRA CLUB('95)によると、単行本はこのほかフランス、ドイツ、
>ブラジル、インドネシアで刊行され、契約した各国の単行本総部数は
>時で計約500万部に達するといわれている。ほか海賊版が数カ国確認
>されている。

737 :無名草子さん:2009/02/12(木) 15:18:48
>>734
その推測はさすがに厳しい。
90年代前半から半ばにかけて、新雑誌の創刊も続いたはずだし、
あなたの説明を元にすれば、90年代前半から半ばにかけてが、
マンガ業界の「バブル」だったということになる。
80年代末はそれを用意した時代ってことだと思う。

738 :737:2009/02/12(木) 15:21:48
おっと。
>94年から6年までの部数増
と時期を明確に区切っているのに気づいてなかった。
私が言ってるのは、90年代前半通しての話なので、
>>734の意見に異論はないっす。

739 :無名草子さん:2009/02/12(木) 15:23:53
カラサーのダメなところは、
このスレで交わされてる程度のことも確かめずに
文章を書いてしまうところだな。
2ちゃんねる以下って何w

740 :無名草子さん:2009/02/12(木) 15:37:01
泉麻人がおそ松くんについて書いた「シェーの時代」などでも
泉は、自分の勘違いした思いこみ、記憶違いがあった事を色々書いている。

アニメ版の「おそ松くん」が始まった時に、番組中に
《河野一郎もと建設相急死》のテロップが出た
という事を長年記憶していたハズだったのに、
本を書くためにチェックしたら、アニメ化の半年前に亡くなっていた
という事が判明して「何と勘違いして記憶していたんだろう」
という事を書いている。

唐沢にこの程度でいいから原稿を書いた後で確認するって事を覚えて欲しい。
唐沢は毎回日記で書くように「よいまとめが出来た」と満足して
原稿メールを送信しているみたいだけど、
まとまった事だけで満足しちゃダメだよ。


741 :無名草子さん:2009/02/12(木) 15:42:29
この先、カラサーがこのスレからの情報だけパクって8~90年代のマンガシーンに
ついて書いたりしたら笑うよね。『アキラ』海外版は累計500万部出版されていて、
海賊版も確認されているが、とか、「少年ジャンプ」発行部数のピークは、とかw

742 :無名草子さん:2009/02/12(木) 15:44:46
>>732

パリ講演の動画だと思って見てみたけど、日仏会館でやったやつなんだね。

743 :無名草子さん:2009/02/12(木) 15:51:45
>>722
海外で500万部(+海賊版)って大ヒットじゃないのかなぁ
世界的に見てマンガってのはどのくらい売れて大ヒットなんだろうか。


744 :無名草子さん:2009/02/12(木) 15:54:17
「約500万部に達すると『いわれている』」だからなあ。誰が言ってんだか。


745 :無名草子さん:2009/02/12(木) 16:00:08
アニメ「Akira」が全米1位、DVDソフト販売実績
2001年8月3日
http://www.nikkeibp.co.jp/archives/136/136836.html

>「2001年7月23日?日に最も売れたDVDタイトルは『Akira』だった」---。
>パイオニアの米国法人Pioneer Entertainmentが米国時間8月2日に、
>Sound Scan社の調査結果を引用するかたちで発表した。

>Akiraは1989年に初めてリリースされたセル画作成のアニメ映画。
>Pioneer Entertainment社は100万ドルの費用をかけてホーム・ビデオと
>DVDに再録し、7月24日に発売した。

>Akiraの売上高は最近の劇場用映画「Family Man」(Nicolas Cage主演)や
>「Sweet November」(Keanu Reeves主演)を上まわったという。
>「古典的カルト・アニメの驚異的な人気の高さを示している」
>(Pioneer社)。

>AkiraはSpecial Edition DVDが39ドル98セント、標準版DVDが24ドル
>98セント、VHS(ワイドスクリーン)が19ドル98セントで販売されている。

746 :無名草子さん:2009/02/12(木) 16:05:09
>>743
各国の、しかも「累計」であるところに注意。
海外版『アキラ』は、アメコミ流の少ないページ数の冊子形式でたくさん巻数が出た。
それを全部のべで計算してる。

747 :無名草子さん:2009/02/12(木) 16:09:00
>>744


748 :無名草子さん:2009/02/12(木) 17:12:21
>>742
あずまんのパリ講演ってこれか。伊藤剛もいる。
http://www.hirokiazuma.com/archives/000385.html


749 :無名草子さん:2009/02/12(木) 17:15:32
アメコミ版AKIRAは全38巻

単純計算で13万1579セットが売れた事になる。
で、アメコミなどの通常の売上げってどのくらいだ?

750 :無名草子さん:2009/02/12(木) 17:17:49
>>749
アメリカだけじゃないでしょ。
ドイツ、フランスなど全部の累計で500万部だ。
約13万セットとして、単純に五カ国で割ると約2万6000部。



751 :無名草子さん:2009/02/12(木) 17:20:56
今、アメリカで一番売れてる「NARUTO!」が一巻だけで累計約30万部。


>今、米国で最も人気がある日本の漫画は「NARUTO」だ。
>米国版の第1巻は昨年までに累計約29万4000冊を売り上げた。
>昨年の漫画単行本(アメリカンコミックや日本の漫画、韓国
>の漫画などを含む)の販売部数トップ20のうち11作をNARUTOが占める。


752 :無名草子さん:2009/02/12(木) 17:24:35
生前からこんなに内容について語られる日記がかつてあっただろうか

753 :無名草子さん:2009/02/12(木) 17:47:33
太宰や三島がブログやってたら炎上してたと思うよ

754 :無名草子さん:2009/02/12(木) 17:56:58
そりゃ、太宰や三島みたいにその都度、話題になる傑作を生み出し続ける作家が
自分の生活を奔放に書き綴ったら炎上していただろうね。

ところがですよ、我らが唐沢俊一という男は、これと言った作品を生み出さずに
竹の子生活のような文章書き生活を続け、普通の作家先生なら
余技のような片手間文章を毎日必死に書き、
そこから毎度のように爆笑を引き出しているワケですよ。
世間的には無名の唐沢先生なのに。

755 :無名草子さん:2009/02/12(木) 18:27:01
その敷居の低さが魅力というわけですな

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Comment

どうもです (_ _)。当時、唐沢俊一は何をしていたのだろうと、まとめwikiを見てみたのですけれど
http://www13.atwiki.jp/tondemo/pages/21.html
もっぱら弟と組んでの漫画原作のみですね。唐沢商会以外の仕事はしていない。
それで夏目房之介氏をスルーというのは確かにちょっと……まあ好意的に解釈すれば、角度の関係か何かで顔が見えにくかったとかあるかもしれませんが。
トンデモない一行知識 |  2009年02月17日(火) 08:59 |  URL |  【コメント編集】

わたしも真っ先に、あの『脳天気教養図鑑』の記事を思い出しました。
で、ちょっと気になったのは、

>「阿部進も 小野耕世も 石上三登志も」

という言葉。実は小野耕世の真後ろにわたしがいたのです。じゃなくて、小野耕世のとなりに夏目房之介がいたのです。二人で手塚氏の学歴詐称のことをコソコソはなしていたのをよく覚えています。わたしでさえ知っている夏目房之介の顔を、唐沢は知らなかったのでしょうか。
藤岡真 |  2009年02月17日(火) 08:16 |  URL |  【コメント編集】

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