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2009.06.06 (Sat)

1970 年カラサワシュンイチ 12 歳

「裏モノ日記」 2003年 02月 02日 (日曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20030202000000.html

忘れもしない1970年11月25日、なをきが盲腸で入院した病院のロビー
で月刊少年マガジンを読んでいた小学校5年生の私は、その誌上で、赤塚
不二夫の、妙に“時代に迎合したような”ギャグ漫画『鬼警部』、池上遼一の、
妙に“現代的に屈折した”ヒーローもの『スパイダーマン』を読んで、
「ああ、60年代はよかったなあ」
 とため息をついたものだった。笑いも、正義も、単純さを失い、混沌の中に
溶け込んでパワーを失ってしまう、そんな時代がやってきたことを、12歳に
して早くも悟り、これからは懐古の中に生きていくんだな、自分は、とぼん
やり考えていたものであった。そのとき、二階の病室から降りてきた母が、
一緒に帰りましょう、一人だと怖いわ、と言った。その病院は私たちの家から
歩いて三分の場所だったのだから、いくら夜道だって怖いことはないよと言う
と、母は眉をひそめて、
「だって、テレビのニュースを見てごらんなさい。三島由紀夫が割腹自殺した
のよ」
 と答えた。……うちの弟と三島由紀夫は、同じ日に腹を切ったのであった。
自分でというのと、第三者によって、という違いはあったが。

http://s01.megalodon.jp/2009-0606-2002-04/www.tobunken.com/diary/diary20030202000000.html

「忘れもしない1970年」の時点では、「月刊少年マガジン」というのは『月刊別冊少年
マガジン』または『別冊少年マガジン』じゃなかったのかなあ、表紙の画像では「月刊」
より「別冊」の文字の方が大きく印刷されているようだけど――というのは、おいといて。

http://ja.wikipedia.org/wiki/月刊少年マガジン
>『月刊少年マガジン』(げっかんしょうねんマガジン)は、講談社が発行する日本の月刊
>少年漫画雑誌。『別冊少年マガジン』として1964年以前に創刊。1969年に季刊から月
>刊へと刊行頻度を変え『月刊別冊少年マガジン』に改称。休刊期間を経た後、1974年
>に復刊し、1975年に現誌名に変更した。 毎月6日発売。略称は 「月マガ」など。


http://www.suikoudou.co.jp/sub5.htm
>別冊少年マガジンS45/3月号 〈略〉池上遼一/スパイダーマン  100P連載

http://ja.wikipedia.org/wiki/赤塚不二夫
>鬼警部 (1970年、別冊少年マガジン) - 原作:滝沢解

繰り返しプロフィール等に 1958 年生まれであると書いている唐沢俊一が、どうして三島
由紀夫の自決した 1970 年 11 月 25 日に自分が「小学校5年生」だったと書いている
のかは謎。単なる入力間違いや計算間違いにしては、『昭和ニッポン怪人伝』の方にも
「小学校5年生だった私」などと書いているのが解せないし。

http://d.hatena.ne.jp/kensyouhan/20090525/1243226959 から孫引用
> そのとき、ロビーで読んでいた『少年マガジン』には、ジョージ秋山の漫画『アシュラ』
>が連載されていた。平安朝(らしき)時代の飢饉の中で生まれた子供・アシュラが、他
>人を殺し、時にはその肉を食らって生き延びていく凄惨きわまる物語であり、あまりの
>残酷描写に掲載誌が回収される騒ぎまで起こった作品であった。
> それは、うわべの繁栄に踊る日本と日本人に対する、作者の徹底した批判のまなざ
>しが生み出した作品だった。小学校5年生だった私はふと、この作品と三島の自殺の
>あいだには、共通点があるのではないか、と感じた。それはあながち外れてもいな
>かったようだ。


で、「小学校5年生の私」だけだったら、自分が何年に何年生だったかの計算も怪しい
のかよっ、という突っ込みとともに「×小学校5年生 ○小学校6年生」と書いて終わりに
できたんだけど……日記には「12歳にして早くも悟り」とも書いてあるのでややこしい。

2ちゃんねるのスレ (Read More 参照) では、小学生のときにダブったせいじゃないかと
いう書き込みが目立っていたりした。そう断言するだけの材料はもちろんないが、単なる
ボケで、小学 6 年生だったのを小学 5 年生と書いてしまった (これはこれで凄い話だ) と
言いきれるだけの材料も今のところはない。

……ということで、このネタは、間違い探し編ではなく、とりあえず資料編のカテゴリーに
突っ込んでおくことにする。

実は、小学校ダブり説を採用し、さらに大学に入る前の浪人期間を 2 年と仮定すれば、
唐沢俊一の自分語りに含まれる様々な謎のいくつかに、説明がつけやすくなるかなと
思ったりしている。3 年後に生まれた弟と同時に上京ということになれば、一人暮らしの
期間はどうしていたか不明な『奇人怪人偏愛記』の記述も納得しやすくなるし、「80年代、
札幌 の喫茶店で僕らは」とか書いていたのは、実は間違いではなかったことになる
のだ。

結局何歳のときに白衣に黒のブリーフでボディビルしてたんですか唐沢俊一先生
時空も歪ますトンデモ 80 年代で論破したんだと

まあ、「店に流れる雨やどり」とか「ピンクレディ』とか、他のいろいろなことまで辻褄を
あわせることはできないので、唐沢俊一が「時空も歪ますトンデモ 80 年代」について
書いたという事実は、変わりはないのだけど。

ついでに、かなり不自然だと思うのは、唐沢俊一が小学生のときに、「ああ、60年代は
よかったなあ」などと考えたということ。そりゃ、小学生でも、「最近の漫画は……」とか
「昔はよかった」とかいう感想をもつこと自体はありうるが、1970 年になったばかりの頃、
当時の小学生が「60年代はよかった」などと、西暦で○○年代という区切りで思考する
ものかと。




More...

http://www.23ch.info/test/read.cgi/books/1243031882/
-------
602 :無名草子さん:2009/05/25(月) 19:03:43
http://d.hatena.ne.jp/kensyouhan/20090525#c1243233340
>>小学校5年生だった私はふと、この作品と三島の自殺のあいだには、共通点があるのではないか、と感じた。それはあながち外れてもいなかったようだ。
>
>三島由紀夫の自決は1970年11月25日、1958年5月22日生まれの唐沢はこの時12歳、小学校6年生のはずでは?


ダブッてるってこと?

603 :無名草子さん:2009/05/25(月) 19:04:26
計算ができないだけだと思う

604 :無名草子さん:2009/05/25(月) 19:06:09
隔離されてた

607 :無名草子さん:2009/05/25(月) 19:44:14
「裏モノ日記」2003年02月02日(日曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20030202000000.html
>忘れもしない1970年11月25日、なをきが盲腸で入院した病院の
>ロビーで月刊少年マガジンを読んでいた小学校5年生の私は、
(略)
>笑いも、正義も、単純さを失い、混沌の中に溶け込んでパワーを失って
>しまう、そんな時代がやってきたことを、12歳にして早くも悟り、
>これからは懐古の中に生きていくんだな、自分は、とぼんやり考えて
>いたものであった。そのとき、二階の病室から降りてきた母が、一緒に
>帰りましょう、一人だと怖いわ、と言った。その病院は私たちの家から
>歩いて三分の場所だったのだから、いくら夜道だって怖いことはないよと
>言うと、母は眉をひそめて、
>「だって、テレビのニュースを見てごらんなさい。三島由紀夫が割腹自殺
>したのよ」
> と答えた。……うちの弟と三島由紀夫は、同じ日に腹を切ったので
>あった。自分でというのと、第三者によって、という違いはあったが。

608 :無名草子さん:2009/05/25(月) 19:46:10
そんなのよく見つけてくるねw

609 :無名草子さん:2009/05/25(月) 19:46:12
小学5年で、しかも月刊マガジン!

610 :無名草子さん:2009/05/25(月) 19:50:47
>忘れもしない1970年11月25日

>小学校5年生の私は、

>12歳にして早くも

611 :無名草子さん:2009/05/25(月) 19:52:07
小学校でWって大学は浪人、さらに老人ぶりっ子
そりゃ自分でもわけわかんなくなるわ

612 :無名草子さん:2009/05/25(月) 19:57:39
大学二回も入って中退だしね

616 :無名草子さん:2009/05/25(月) 20:38:00
>>607
>笑いも、正義も、単純さを失い、混沌の中に溶け込んでパワーを失って
>しまう、そんな時代がやってきたことを、12歳にして早くも悟り、
>これからは懐古の中に生きていくんだな、自分は、とぼんやり考えて
>いたものであった。



気持ち悪い子供だな。
2003年にそれを気持ち悪いと思わずに書いてる大人は
もっと気持ち悪いが。

621 :無名草子さん:2009/05/25(月) 21:09:33
>>616
今思い返して若気の至り、と感じないあたりが特に気持ち悪い

623 :無名草子さん:2009/05/25(月) 21:15:06
>>621
若気の至りもなにも、思慮深い天才少年の俺様像を
オッサンになってから捏造してるだけですから

625 :無名草子さん:2009/05/25(月) 21:36:00
>>611
>>612

学校大好き俊一くん

626 :無名草子さん:2009/05/25(月) 21:40:19
だけど大学からお声がかからないから不思議だ

627 :無名草子さん:2009/05/25(月) 21:42:43
だから自分で学校を作ったんですね「文筆サバイバル塾」という。

628 :無名草子さん:2009/05/25(月) 21:48:11
あとマチャアキ校長の「世界一受けたい授業」とか。

631 :無名草子さん:2009/05/25(月) 21:54:51
まともな学生生活送ってないから自分が先生になってみたかったのかー

632 :無名草子さん:2009/05/25(月) 22:06:36
学生時代の友人の話があまり出て来ないな
ヤマト・ポルノのときの「小説家になれや」と言った、信憑性のうっすーいアホみたいな作り話ぐらい?

633 :無名草子さん:2009/05/25(月) 22:16:49
>>629
それは後日のことじゃなくてその日のうちの出来事なんじゃねえの?
mixiを見てどうのこうのとかいう箇所

>>632
母校に講演に行った時、ジャイアン&スネオみたいな同窓生と再会
その二人の関係が昔のままだったので笑ったとかいうようなことを日記で書いてた
あと、社会派くんでも同じことを喋ってたような気がする

654 :無名草子さん:2009/05/26(火) 02:53:51
>>610

ルサンチの源はここか
クラスで虐められたんだろうな

655 :無名草子さん:2009/05/26(火) 04:53:23
>>654
子供は残酷だからな

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テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

22:33  |  資料編 (14) +  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●私本人がガセでした。

ご教示ありがとうございました。
いや知りませんでした、俺のバカ。
りびけん |  2009年06月12日(金) 20:43 |  URL |  【コメント編集】

うーん、世紀の変わり目問題とは別に考えた方がよいんじゃないかと思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/1970%e5%b9%b4%e4%bb%a3
>1970年代は1970年から1979年までの10年間を指す。

世紀の変わり目問題の方は、こちら↓
http://tondemonai2.web.fc2.com/545.html
http://tondemonai2.web.fc2.com/550.html
トンデモない一行知識 |  2009年06月10日(水) 22:48 |  URL |  【コメント編集】

●どなたかが書かれていることとは思いますが。

そも1970年は1960年代なんじゃないか(西暦0年はありませんから)。1970年代は1971年から。
りびけん |  2009年06月10日(水) 21:22 |  URL |  【コメント編集】

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