2012年02月 / 01月≪ 1234567891011121314151617181920212223242526272829≫02月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2012.02.18 (Sat)

「師匠の名を辱めていない」はちょっと何様な言い草の『新撰組血風録』

http://www.tobunken.com/news/news20120216162318.html

イベント
2012年2月16日投稿
存在感の人 【訃報 左右田一平】
〈略〉
札幌時代、小野栄一と広田信夫(後の左右田一平)とうちの
親父は、しょっちゅうつるんで遊んでいたそうだ。
〈略〉
代表作は何と言ってもテレビ『新撰組血風録』(1965)の
斎藤一だろうが、時代劇の代表作の役名が一(はじめ)なのに、現代劇の
方を見てみると、甚平だの源三だの留吉だのといったものが多いのが笑える。
どっちが時代劇だかわからない。要は、そういう顔、なのである。

もともとは自分も俳優になる気はなかったのだが、遊び仲間の
小野栄一に、人数が足りないからと素人劇団に引っ張り込まれた。
私の母(小野の妹)とも舞台に立ったという。
〈略〉
師匠の薄田は東映の時代劇俳優として戦後有名になるが、弟子の
彼も、代表作が東映/NET制作の『新撰組血風録』であるところ、
師匠の名を辱めていない。

http://megalodon.jp/2012-0218-0951-36/www.tobunken.com/news/news20120216162318.html

×新撰組血風録 ○新選組血風録

小ネタだけど、報道でも Wikipedia でも「新撰組血風録」ではなく「新選組血風録」。

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/entertainment/351012.html
>俳優の左右田一平さん死去 時代劇などで活躍(02/15 18:41)
> 左右田 一平氏(そうだ・いっぺい=俳優、本名広田信夫=ひろた・のぶお)10日
>午後0時10分、S状結腸がんのため東京都内の病院で死去、81歳。北海道出身。
>葬儀・告別式は近親者で済ませた。喪主は長男広田圭一朗(ひろた・けいいちろう)氏。
> 映画「お葬式」や、テレビ時代劇「新選組血風録」「燃えよ剣」などに出演。味のある
>演技で脇役として活躍した。殺虫剤のCM出演でも知られた。


http://ja.wikipedia.org/wiki/左右田一平
>新選組血風録(1965年 - 1966年、NET / 東映) - 三番隊組長・斎藤一

http://ja.wikipedia.org/wiki/新選組血風録_(テレビドラマ)
>『新選組血風録』(しんせんぐみけっぷうろく)は、司馬遼太郎の同名の短編小説集を
>原作とした連続テレビドラマ。
〈略〉
>NET(日本教育テレビ、現テレビ朝日)系で、1965年7月11日から1966年1月2日まで放>送された、全26話のモノクロ作品。放送時間(日本時間)は毎週日曜21:30 - 22:30。
>非常に高い完成度の作品と評価され、根強いファンが多く、1960年代のモノクロ作品で
>あるにもかかわらず全話ビデオソフト化され、またDVD化もされている。俳優は東映所
>属の俳優だけではなく、劇団くるみ座や東京芸術座などから起用している。特に、土方
>歳三を演じた栗塚旭と沖田総司を演じた島田順司と斉藤一を演じた左右田一平は文
>字通りのはまり役になった。


原作小説も、1965 年のテレビドラマを収録した DVD も「新選組血風録」。

http://www.amazon.co.jp/dp/4041290074
>新選組血風録 (角川文庫) [文庫]

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000228U44/
>新選組血風録 VOL.1 [DVD]

まあ、「新選組」単独なら、「新撰組」と表記しても間違いとはいえないようだけど……。

http://ja.wikipedia.org/wiki/新選組
>なお、「選」の字は「撰」とも表記されることが多く、実際「新撰組」と表記された史料も
>多くある。局長の近藤勇自身、表記には両方の字を用いている。



で、「私の母(小野の妹)とも舞台に立ったという」という記述に、へえ、唐沢俊一の母も
演劇をやっていたとは初耳かも……と思ったら、2ちゃんねるのスレでは、唐沢俊一の
母親は東京育ちという設定ではなかったっけとか盛り上がり中 (Read More 参照)。

確かに、自分も、唐沢俊一の父は北海道生まれ北海道育ちで、唐沢俊一の母が東京の
人だと思っていたが……今回の文章では、札幌を舞台に、唐沢俊一の父と小野栄一、
その妹 (後の唐沢俊一母) が「しょっちゅうつるんで遊んで」いたようにしか読めない気が。

これについては後でじっくり整理してみるのがよいかも。とりあえず、小野栄一は、北海道
生まれの北海道育ちというのは、2ちゃんねるのスレで指摘されている通り。

http://ja.wikipedia.org/wiki/小野栄一
>1930年(昭和5年)2月5日、北海道に生まれる。新制・北海道立札幌第二高等学校(現
>在の北海道札幌西高等学校)では映画評論家の品田雄吉と同期、俳優の左右田一平
>は一期下であった[1]。同校卒業後、北海道大学に進学するも、中途退学する。


で、これもスレで紹介されているが、「私たちは東京生まれよ!」なんて唐沢俊一の母が
言っているかのように、裏モノ日記では紹介されている。

裏モノ日記 2001年 06月 14日(木曜日)
http://www.tobunken.com/diary/diary20010614000000.html

私のおふくろというのがまた、こういう酔っぱらいというのが大嫌いなタチで、
よく親父が酔っぱらったときにも“恥ずかしい、なによその酔い方は”などと
説教していた。今回も、最初は“あら、嫌だ、恥ずかしいわねえ”とか言って
いたが、叔父の酔い方が尋常一様でなくなってきたのを見て、とうとうたまり
かねて
「あなた、ちょっとそこへおすわりなさい、今日はどういう席だと思ってんの」
 と談判しだす。いくら談判されても相手は酔っぱらいなのだからさっぱり
要領を得ない。
「ねっちゃん、何を言うとるんじゃ」
「ねっちゃんとはなによ、どこの言葉よ、私たちは東京生まれよ!」
 というようなアリサマで、見ていて大笑いした。


うーん、ずっと東京に住んでいる母方の親戚がいるみたいだから、そこから母親は東京の
人という混同というか妄想が出てきた、とか?
スポンサーサイト

テーマ : 感想 - ジャンル : 本・雑誌

10:52  |  その他の雑学本 間違い探し編 (324) +  |  TB(38)  |  CM(5)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |  NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。