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2009.11.30 (Mon)

『プロ並みに撮る写真術III』――『トンデモ本の世界R』編

『トンデモ本の世界R』 P.236

 しかし、前記二冊に続いて新たに『III』を書き下ろすにあたり、著者の心
には、ある疑惑が芽生えていたのである。それは、“自分はねらわれて
いるのではないか”という疑惑なのであった。
 最初にそれに気がついたのは、著者が所有しているアンティーク・カメラ
で撮影した写真に、ピンボケが発生しているのを発見したときである。著者
はピントあわせには自信があり、視力にも衰えを感じていない。にもかかわ
らず、撮った写真の中にアトランダムにピンボケが発生する。入念にカメラ
を分解・調査してみると、その原因はミラー位置の不安定とフィルム圧板の
力量が不足しているためであることがわかったという。
 ところが、そのようなメカニズムの不備だけではこのピンボケ多発現象は
解明できないのだ。なぜかというと、ある撮影場所で、特にある方向にカメラ
を向けたときに、ピンボケが多発するように著者には“感じられた”からで
ある。ここでこの著者は一気に、

  やはり何かの妨害電波が原因なのだろうか?(六ページ)

 と、トンデモの世界にアッシャー・インしてしまうのである。


×入念にカメラを分解・調査してみると、 ○いろいろと試写して解明を試みると、

「前記二冊」とは、日沖宗弘著『プロ並みに撮る写真術I』と『プロ並みに撮る写真術II』、
『III』とのみ書いているのは、『プロ並みに撮る写真術III』 (以下、このエントリーでは
『写真術III』と表記) のこと。

「入念にカメラを分解・調査してみると」というのは唐沢俊一が勝手に書いていることで、
『写真術III』で「主な原因はミラー位置の不安定とフィルム圧板の力量不足だった」と
記述している箇所には、「カメラを分解・調査」したなんてことは、書かれていない。

『写真術III』 P.2 ~ P.4
> さて中古・アンティークカメラに起きつつある異変の話に戻ろう。実はこの二、三年、
>私が入手し使用した中古・アンティークカメラたちの間に不思議な故障が起きている
>のだ。
> 中古のマニュアルフォーカス、一眼レフで撮影したネガをルーペで点検していた私
>は、ある日大量のピンボケを発見した。小学生の頃から一眼レフを弄くりまわしていた
>小生はピント合わせには自信があり、静止した被写体ならば大口径レンズで百発百
>中の自信がある。幸いなことに今でも視力は衰えておらず、眼鏡というものは生まれ
>てこのかた使ったことがない。フィルム面の浮動があるのは事実だが、今までひと目
>見てわかるピンボケなどつくったことはないのだ 〔写真1〕。
> これはいたい何だ?
> よく見れば全てのコマがピンボケになっているわけではなくアット・ランダムであり、
>さらに細かく点検してみると使用したレンズの絞りにも関係しているらしいことが判っ
>た。
> 自分でいろいろと試写して解明を試みたが、主な原因はミラー位置の不安定とフィ
>ルム圧板の力量不足だった。そしてこの故障はたいへん狡猾で、一般にどんな交換
>レンズを用いても絞り開放から一段か二段絞るとレンズの深度に入って目立たなくな
>るのである。
> こういうときは、販売店やメーカーに修理してもらえばいい。但し、修理後のテスト撮
>影は忘れないこと。一度の修理では治らぬことがあるからだ。

(「これはいたい何だ?」は原文ママ)。

著者が「レンズマウントを外して」みたりしはじめるのは、『写真術III』 P.18 以降のこと
なのだが、唐沢俊一は、著者が最初から「入念にカメラを分解・調査」していたという
電波でも受け取っていたのか。

電波といえば、唐沢俊一によると、「特にある方向にカメラを向けたときに、ピンボケが
多発するように著者には“感じられた”から」、「この著者は一気に」、「やはり何かの妨害
電波が原因なのだろうか?」と、「トンデモの世界にアッシャー・インしてしまう」ということ
になっている。

該当する『写真術III』での記述は以下の通り。

『写真術III』 P.5
> それからもうひとつ、これはまだ調査の段階なのだが、このオートフォーカス一眼レフ
>は、ある撮影地で、特にある方向にカメラを向けるとピンボケが増えるように感じられ
>た。日本は違法な電波が多く飛びかっていると聞くが、カメラのオートフォーカス機能
>は大丈夫なのだろうか。


『写真術III』 P.5 ~ P.6
> それからこれはテストしたほとんど全てのオートフォーカスコンパクトカメラに共通の
>現象なのだが、やはりある特定の撮影地である特定の方向を向くと極端にピンボケに
>なる事実が確認された。やはり何かの妨害電波が原因なのだろうか?
> また、この特定の地点(といっても、普通の住宅地の中である)に来ると内蔵の露光
>機能が大きく狂うことが何度もあった。そして高級機種においてはマニュアルフォーカ
>ス・モードにも異常をきたしたようだ。一応注意が必要である。


何も、オートフォーカス一眼レフ (中古) が「ある撮影地で、特にある方向にカメラを向け
るとピンボケが増えるように感じられた」ので、「日本は違法な電波が多く飛びかっている
と聞くが、カメラのオートフォーカス機能は大丈夫なのだろうか」と書いてある部分と、
オートフォーカスコンパクトカメラ (「新品・中古品あわせて十台以上」とのこと) で試して
みたら「やはりある特定の撮影地である特定の方向を向くと極端にピンボケになる事実
が確認された。やはり何かの妨害電波が原因なのだろうか?」と書いてある部分を、
わざわざ悪意をもってつなげあわせなくとも、よさそうなものであると思う。

で、自分はメカに弱いからよくわからないけど、上のようなケースで妨害電波を疑うと、
「トンデモの世界にアッシャー・イン」ということになるのだろうかという疑問が。『写真術
III』の著者は電波のせいだと断言しているわけでさえないのに。オートフォーカス機能や
露光機能が電波の影響を受けると考えるだけでトンデモという話なら、唐沢俊一はその
理屈を読者に説明すればよかっただけの話であり、セコい捏造なんかする必要はなかっ
ただろうに――とも思う。

『トンデモ本の世界R』 P.240

   『写真術I』刊行以来、外食をするとどうもあとで目まいがする。
  そしてその頃から私の腹部には赤い斑点が出はじめたのである
  (一六ページ)

 その腹部の斑点の写真もちゃんと掲載されているが、どういうオチャメか、
腹の部分は猫の写真にコラージュされていて、しかもヘソのところにはグル
グルの渦巻きが描かれていて、あまり緊迫感は伝わってこない。


『写真術III』では「出はじめたのである。」が、唐沢俊一の引用では「出はじめたのであ
る」になっているのは、『トンデモ本の世界R』の原文ママ。この箇所だけでなく、唐沢
俊一は『写真術III』の文章を、なぜか最後の「。」を省略して引用しているため、あちこち
微妙に読みにくくなっているのが少しイヤw。全部省略で統一しているのではなく、2 箇
所ほど「。」をつけたまま残していたりする。引用が数行にわたっているのに「」で囲んで
いる箇所があったり、字下げで引用を示している箇所もページを明記していたりいなかっ
たり、何か全体的に杜撰で、レベル低いって感じ。

それはさておき、唐沢俊一の文章のみを読んでいた時点では、肝心の「腹の部分」を
「猫の写真にコラージュ」したら意味がないのではないか、よくわからないと思っていた
が、実際の写真 (『写真術III』 P.40) は、腹部は著者と思われる人間の写真 (「ヘソの
ところにはグルグルの渦巻きが描かれていて」は、本当) で、頭から胸と、腹から足の
部分は、仰向けになってごろんと寝ている様子の猫の写真だった。

……まあ、確かに「あまり緊迫感は伝わってこない」かなあ。猫はかなり可愛いし。唐沢
俊一が省略した「赤い斑点が出はじめたのである」以降には一応、「知人の医者に相談
したところ異物ないしは食品添加物過剰摂取によるアレルギー反応の疑いがあるとい
う。」という記述もあるのだけれど。

『トンデモ本の世界R』 P.240

 さあ、江戸っ子の著者はここでキレた。

   ラーメンやコーヒーに一服盛られたくらいで怖じ気づくと思ったら
  大きな間 (ち) 違 (げ) いだ。だいたい、命が惜しくて写真が撮れる
  かってんだ(二六ページ)


×間 (ち) 違 (げ) い ○間違 (ちげ) い

これも『トンデモ本の世界R』しか見ていないときにはよくわからなかったけど、「大きな
間違い」の「間」の横に「ち」、「違」の横に「げ」というルビがふられている箇所について。
つまり、「大きな間違い」を「おおきなちげい」と読めということだろう。

しかし、『写真術III』の P.26 では「違」の横に「チゲ」とルビがふられているので、本当は
「おおきなまちげい」だったというオチ。

まあ、唐沢俊一が「江戸っ子」とかいいだすとロクなことにならないというのは、ここ
ここここここここここここを参照のこと。


で、この『写真術III』という本は、トンデモ本として紹介するのが結構難しい本なのでは
ないかと、今思っている。

この本がトンデモ本なのは間違いない――その点で、『ドナルド・ダックを読む』の件
『表徴の帝国』の件とは異なる――し、それは 1999年 12月 19日の裏モノ日記に引用
されている、「最近日本には素人のスパイが増え過ぎた。そしてそれは青少年を侵食
する勢いである」、「尾行者は電車一車輛に二十人に達することもある」等々の記述から
あきらかであると断言してしまってよいだろう。

しかし、唐沢俊一のいう「トンデモの世界にアッシャー・イン」の境界をどこに置くかと考え
はじめると、けっこう難しい話になる。カメラについての専門的な記述については、素人
にはどこからがトンデモなのか判断しにくいし、「悪人の自宅への侵入」というのも、世の
中に空き巣というものが存在するかぎり、侵入自体なかっただろうとは断言できないし。
筆者夫婦は野良や半野良の猫を可愛がっていたようだけど、近所には猫に毒をやる人
もいたようで、ご近所とのトラブルや嫌がらせもいろいろあったのではないかとか考えは
じめると、どこからをありえないことと切り捨ててよいのか、ちょっとわからなくなる。

別にわからなくても、あきらかにトンデモな部分にしぼって笑えばよいとも思うが、何しろ
これをトンデモ本として紹介しているのが電波体質の唐沢俊一なので、なかなかそうも
いかない。

『トンデモ本の世界R』 P.241

   どうだまいったか極悪非道の食堂・ラーメン屋・喫茶店よ! この
  くらいのことで私は死なぬ。手を下した者は不幸だ。生まれなかった
  方が、その者のためによかった(三九ページ)

 ……著者が具体的にこれらの店に何をしたのかは記載がないが、他の
客への警告、ハリガミ等による糾弾、警察への通報、告訴の手続きなどは
行われたのではあるまいか。


上で引用されている『写真術III』の文章は、筆者の腹部と猫とのコラージュ写真の説明
文である。この猫写真 (?) につけた説明文は確かになかなかのインパクトがあるが、
唐沢俊一がどこから「他の客への警告、ハリガミ等による糾弾、警察への通報、告訴の
手続きなど」というのをもってきたかは謎である。

「著者が具体的にこれらの店に何をしたのかは記載がない」というのはその通りであり、
「ハリガミ」や「告訴」をにおわせる記述は、『写真術III』のどこにもないのだが。(「警察
への通報」はまあ、飲食店関係の話とは別に、自宅の「二階の配電盤」に残されていた
指紋を「近所の巡査の方」に「検出・確認していただいた」とかいう話が P.47 にある)。

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