2009.10.10 (Sat)
16 世紀の宮廷人も白の喪服を着ることがあったとか
・イスラム教で喪をあらわす色は「白」である。
「イスラム教の喪の色は白にしろと誰が言い出したかは不明」で取り上げた一行知識。
エントリーの題名にしたように、どこから出てきたものかよくわからなかったのだけど、
あの『超辞苑』には、このような記述があった。
『超辞苑』 P.145
>相対性 中国では1970年から1978年まで、相対性理論は「反動的で観念的かつ
>形而上学的な世界観」であるとして公式に否定されていた。ちなみに、中国では白が
>哀悼の色である。
「中国」が「イスラム教」にって、まさかとは思うけど、でも……唐沢俊一だし。
さすがに、『超辞苑』のいう「中国では白が哀悼の色である」というのは本当のようで、
もし唐沢俊一が、イスラム教ではなく、「中国で喪をあらわす色は『白』である。」と
書いていたなら、ガセビアにはならなかった。中国では喪服も白であるとのこと。
http://www.shwalker.com/category/category_detail/3238
>先月に引き続き、京劇の艶やかな衣装についてお話します。
〈略〉
>また衣装の色についても、黄色は皇帝だけが身につけられる高貴な色、赤はおめで
>たい場面、白は哀悼を表す場面で使われるなど、それぞれの色が意味を持っている
>のです。
http://www.k2.dion.ne.jp/~koreanya/01shi1/shiron1-0412SettonColor.htm
>じつは、中国や朝鮮半島の喪服もまた白である。(厳密にいうと、この白は「素色」と
>いって染色をしない前の糸の色、生成りの色である)。それはもちろん死者への哀悼と
>慎みを表しているのだろうが、ニホンの白装束とはどうも違う「色のあり方」をしている
>ような気がしてならない。だいいち、ニホンでは死に出で立つひとは白装束だが、送る
>ひとは黒を身につける・・・。
http://www.miyagawa.com/dictionary.php?topic=010075
>死に関連する象徴的表現を容易に一般化するのは危険である。たとえば日本の喪服
>は黒だが、中国では白である。日本でも、喪服が黒くなったのはそう古いことではない
>らしく、地方によっては白いところもあるし、喪服がとくにきまっていないところもある。
2009.10.09 (Fri)
河童も鬼も人形も似たようなもん(?)
例えば、知識の無用性の極致としては、こんな一行知識があった。
河童の腕は抜けやすいので、河童と相撲をとったときは腕をつかんで
振り回すとよい。
(名古屋市 米田茂さん)
これを読んで、“なるほど、今度河童と出会ったら……”と考えてメモする
人はいやしない。覚えていたところで、まったく何の役にも立たない知識の
極限みたいなものだが、なんとなく、民話の世界をかいまみたような、ほの
ぼのしたメルヘンを感じられる、いい一行知識である。
「唐沢俊一先生の本を使うと知識の伝播というより電波の伝播になっちゃいます」の
エントリーに引用してからこっち、少し気になっていた河童の件について。
唐沢俊一には、「覚えていたところで、まったく何の役にも立たない知識の極限みたい
なもの」であり、「なんとなく、民話の世界をかいまみたような、ほのぼのしたメルヘンを
感じられる」というだけのことと片づけられてしまっているけど、以下に引用するように、
こういうことを真面目に研究しているところも当然のように存在していて……。
http://homepage1.nifty.com/miuras-tiger/sub2-h.html
>(『「知」の世界へどうぞ-千葉大学研究紹介・2』 千葉大学 1998.2)
〈略〉
>面白いと思うのは、なぜカッパが川に棲むようになったかという起源神話の共通性で
>す。川に棲む妖怪をメドチと呼ぶ東北にも、ヒョウズベと呼ぶ九州にも伝えられている
>のですが、カッパはもとは人形だったというのです。ある有名な大工(たとえば左甚五
>郎)が宮殿を建てる時、人夫が不足して約束の期日に遅れそうになり、木を組み合わ
>せてたくさんの人形を作り、魂を吹き込んで人足にして働かせ、無事に建物は完成し
>た。そして、必要のなくなった人形たちを川に棄てたところ、カッパになった。だから、
>棄てられたカッパは人を恨んで馬や子どもを川に引きずり込んで殺すのだというのが
>カッパの起源神話です。
〈略〉
> もういちどカッパに話題をもどしますが、よく知られているように、カッパの弱点は頭
>の皿で、皿に水がないと力を出せません。そしてもうひとつ、カッパには重大な弱点が
>あります。それは、腕が抜けやすいことです。カッパは人間に相撲を挑んでくるのです
>が、その時には、腕をもって強く引っ張るのがいいのだそうです。
> では、なぜカッパの腕は抜けやすいのだと思いますか。 ………そうです。カッパは
>木を組み合わせた人形だったからです。胴体に木の腕が付けられているので強く引く
>と抜けてしまうというのです。相撲をして腕を抜いた男のもとにカッパが来て、腕を返し
>てくれたら秘薬を授けるというので腕を返してやると、手足が抜けたり捻挫した患部に
>塗るとたちどころに治るという膏薬の作り方を教えてくれます。それを「河童膏薬」と名
>付けて売ったという接骨院や薬屋が全国にあります。今いうところの湿布薬のCMです。
> この腕の抜けやすいというカッパの弱点は、アイヌのカッパも同様です。アイヌ語で
>カッパは、ミンツチと言います。おそらく、東北地方の方言メドチと繋がり、古代語のミ
>ツチとも関連があると考えられるのですが、このミンツチの弱点も腕が抜けやすいこと
>で、それは彼らがヨモギ(蓬)の茎を組み合わせて作った人形だからだと伝えていま
>す。村を守る神オキクルミカムイが海の向こうから疱瘡神が攻めてくるのを知り、ヨモ
>ギで人形を作って戦わせ、その奮戦の結果、恐ろしい流行病の神を退散させることが
>できた。その時の勇敢なヨモギの兵隊たちが傷つき死んでミンツチになったというわけ
>です。
>
> このようにカッパに関わる伝承を眺めていくと、ばらばらにあるように見える古代も現
>代も、日本列島の各地もアイヌも、いろんな形でつながり合っているのだということが
>わかってきます。あるいはまた、日本人の考え方や行動原理を見出すこともできます。
> 私の研究室で今年卒業論文を書いている学生たちは、ヘビや龍や継子いじめや英
>雄や夢や異郷訪問などの伝承と格闘し、なぜ、なぜと問い続けながら、日本文化の
>根源にある何かを見つけようと必死です。そしてそれは、私たちはどのような存在で、
>どのように生きていけばいいのかということを考える上で、とても大切なことだと思って
>います。
まあ、門外漢は、「伝承と格闘し、なぜ、なぜと問い続けながら、日本文化の根源にある
何かを見つけようと必死」になり、「私たちはどのような存在で、どのように生きていけば
いいのかということを考える」まではそうそういかないとしても、せっかくの学問の成果を
「一行知識」の収集を充実させる方向に活用しようとしない唐沢俊一の淡白さは、何かと
もったいない気がする。
何かの工事のために、人形を人足にして使い、用が済んだら川に捨てたものが河童の
起源――という話は聞いたことがあったものの、それを河童の腕が抜けやすいという話と
つなげて考えたことはなかったので、「カッパは木を組み合わせた人形だったからです。
胴体に木の腕が付けられているので強く引くと抜けてしまうというのです。」には、素直に
「へぇ~」ボタンを押したくなった。
それと、「塗るとたちどころに治るという膏薬」の話って、そういえばどういうのだっけと
気になったのでググってみたり。
http://www.geocities.jp/bane2161/kaxtupa.html
>昔むかし、現原の殿様が領地の見まわりを終えて屋敷に帰る途中、梶無川かじなし
>がわの橋を渡っていると馬が動かなくなってしまいました。
>ふりかえると子どもくらいの怪物が、馬のしっぽをつかんで川にひっぱり込もうとしてい
>るではありませんか。殿様は「村人を困らせている河童だな。こらしめてやろう」と刀で
>斬りつけました。
>河童は悲鳴を上げて川の中に姿を消しました。お屋敷に戻ると馬のしっぽには河童の
>手がぶら下ったままでした。
>その晩のこと、河童がしょんぼりとやって来て「私は梶無川の河童です。腕がないと泳
>げないし魚もとれません。どうぞ腕を返してください。」と頼むのです。
>かわいそうに思った殿様が返してやりますと、「私どもには妙薬があり腕をつなぐくらい
>わけありません」と言って薬を傷口にぬり、ひょいと腕をくっつけました。
>殿様が驚いていると「お礼にこの薬の作り方を教えます。それにこれから毎日魚を差し
>上げます。もし魚が届かぬ時は、私が死んだと思って下さい」と言って帰っていきました。
以下の 2 つも同じような話。
- http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/07/11.htm
- http://jurin.i-ra.jp/e93366.html
これ↓は……何かちょっと違って、河童の腕に噛み付いている。
- http://www.totsukawa-nara.ed.jp/bridge/guide/folktale/ft_0252.htm
膏薬の話には、腕が抜けたのではなく、切り落とされたという話となっているものもある。
http://www.tcct.zaq.ne.jp/ohgosho/th/th10/k-arm.txt
>■ 地域(都道府県名) 群馬県
>■ 要約 医者が往診の帰り、山道の途中の川橋で馬が動かなくなり、暗闇の中で医
>者は刀を振り、切り落としたものを家で見ると河童の腕だった。夜河童が訪れ、腕を返
>すとお礼に膏薬の作り方を教えてくれた。
切られた腕を返してくれというのは、鬼みたいな奴だなとも思うが、さすがに鬼が相手の
場合は、膏薬だの川魚の土産だのは、からんでこない模様。安倍晴明は出てきたりする
けど。
http://ibaragidoujide.gozaru.jp/ken.html
>さて綱は廻廊より跳り下りて、もとどりに附きたる鬼が手を取りて見れば、雪の貌は引
>替へて、黒き事限りなし。 白毛隙なく生ひ繁り銀の針を立てたるが如くなり。
>これを持ちて参りたりければ、頼光大きに驚き給ひ、不思議の事なりと思ひ給ふ。
>「晴明を召せ」
>とて、播磨守安倍晴明を召して、
>「如何あるべき」
>と問ひければ、
>「綱は七日の暇を賜ひて慎むべし。鬼が手をば能く能く封じ置き給ふべし。祈祷には
>仁王経を講読せらるべし」
>と申しければ、そのままにぞ行なはれける。
〈略〉
>綱、答へて曰く、
>「安き事にて侯へども、固く封じて侍れば、七日過ぎでは叶ふまじ、明日暮れて侯へば
>見参に入れ侯ふべし」
>母の曰く、
>「よしよし、さては見ずとても事の欠くべき事ならず。我は又この暁は夜をこめて下るべし」
>と恨み顔に見えければ、封じたりつる鬼の手を取り出だし、養母の前にぞ置きたりける。
>母、打返し打返しこれを見て、
>「あな怖しや。鬼の手といふ物はかかる物にてありけるや」
>と言ひてさし置く様にて、立ちざまに 「これは我が手なれば取るぞよ」
>と言ふままに恐ろしげなる鬼になりて、空に上りて破風の下を蹴破つて虚に光りて失せ
>にけり、それよりして渡辺党の屋造りには破風を立てず、東屋作りにするとかや。
>綱は鬼に手を取返されて、七日の斎破るといへども、仁王経の力に依て別の子細なか
>りけり。
上の引用は、「『完訳日本の古典 平家物語』(小学館)の巻末のおまけ』からだそうだ
けど、『今昔百鬼拾遺 雨之巻』にも同じような話が収録されている。
- http://park.org/Japan/CSK/hyakki/zukan/jyuui/ame/rajomon.html
河童と相撲をとって、相手の腕を「力いっぱい振り回した」ら、河童の腕が抜けてしまった
という話の方にも、様々なバリエーションがある。
http://www.d-b.ne.jp/siga/panora/kamiura/takikouen2.html
>やがて、田の草取りは済み約束どおり地蔵さんの前の広場こ集まった。六兵衛は相
>撲の礼式をして両手をついて頭を下げ尻を上げることを教えた。それは、カッパは頭
>の皿に水がなければ三つ子に等しいからだ。六兵衛はカッパをかたっぼしから投げ倒
>し、最後に残った大将にも相撲の礼式をさせ、立ち上がるやいなや相手の右腕をとっ
>て力いっぱい振り回した。カッパの腕はスポッと音をたてて抜けた。
>カッパどもは尻を抜ききらず、大将の腕はもぎとらて、ほうほうの体で引き揚げていった。
〈略〉
>ところがその後、毎夜のことカッパは川魚を持って六兵衛の家に現れ、「大将の腕を
>返してくれえ」と哀願した。そして六日目の晩、うとうとしている六兵衛の枕元に三匹の
>カッパが現れ、「七日過ぎると腕が元どおりにくっつかんので、明日の晩までにぜひ返
>してほしい。そのかわり、じいの言うことは何でも聞くから」と哀願した。
七日過ぎると時間切れなので、六日目の晩に腕を取り戻しにあらわれるというのが、
渡辺綱の鬼の話と少し似ているかなというのが、何か面白いと思った。
同じ大分の話でも、以下に引用するように、「郵便配達の途中」と時代が比較的新しい
ものも存在する。こちらは「七日目の晩」に河童は腕を戻してもらっている。また、こちら
には、尻こだまをとる前に「尻をなでる」パターンの河童も登場。
http://www.naokawa.jp/new/mukasi/note03.html
>ある時、ヨシおいさんが郵便配達の途中に淵の上を通りかかると急にお腹が痛 くなり
>川原の竹藪の中で用を済ませ、あいにく紙がなかったので、川の中で洗っていると
>何か「ヌルッ」としたものが尻をなでた。「しもうたここは弓取ん淵じゃった。河童が俺
>ん尻のこを取りにきよった」いやらしい色をした河童の手が尻のこにかかっていた。
>ヨシ おいさんは河童の手をつかむと、思いっきり振り回した。すると河童の腕がちぎれ
>た。〈略〉七日目の晩、河童は 「今晩中に返してくれんと腕がつながらんごつなる」と
>泣き出した。ヨシおいさんは河童 がかわいそうになり、腕を返すかわりに弓取ん淵に
>ある岩が腐るまで人間の尻のこは取ら んと約束させ返したそうな。
その他、河童の腕については、「腕は伸縮自在」とか、「左右通して1本になって」いて、
片腕を引っ込めて、もう片方の腕を長く伸ばすという話もある。この話については、正直、
知らんかった。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1110969341
>はい。片腕がずるずるって引っ込んで反対側の腕が伸び、馬や牛を抱え込むように
>水の中に引きずり込むという言い伝えがあります。
>追記 :
>伸縮自在な腕については四国・九州に多く伝えられているようです。全国の河童伝説
>を集めた柳田国男の「河童駒引」では、杵築(きつき)に伝わる話として紹介。
http://www.tcct.zaq.ne.jp/ohgosho/th/th10/k-arm.txt
>形は童児に似て、頭頂に水を湛えた皿があり、髪はオカッパ、腕は伸縮自在だとか、
>左右通して1本になっている、などという。
じゃあ、その「左右通して1本になって」いるという腕を、両腕がつながっている状態で、
うまいこと引っこ抜けるのかどうかについては不明。
関連
・あちこちに穴が三つの河童かな
・河童には日本酒がよく似合う
2009.04.18 (Sat)
柴又帝釈天周辺は東京都しゃれ街条例にもとづく景観重点地区
・『男はつらいよ』のタコ社長の名前は「梅太郎」。
「男はつらいよ」松竹公式サイトによると、以下の通り。
http://www.tora-san.jp/about/cast_takosyatyo.html
>桂梅太郎 (太宰久雄)
>車家の裏手で朝日印刷を経営。寅次郎から“タコ社長”と呼ばれ、いつしか愛称と
>なった。
「梅太郎」なのは間違いないからガセではないとして、どうして「桂梅太郎」ではなく
「梅太郎」とだけ書いているのだろうと何となく不思議に思っていたら、Wikipedia で、
以下のような記述を発見。
http://ja.wikipedia.org/wiki/男はつらいよ
>博が勤務する印刷会社「朝日印刷(第一作、第二作のみ共栄印刷)」の社長で
>寅次郎の幼馴染・タコ社長こと桂梅太郎(第六作のみ堤梅太郎)
「第六作のみ堤梅太郎」に言及する方が、よっぽどトリビアっぽいのに……とはいえ、
Wikipedia の記述だけでは今ひとつ意味がよくわからないなと思ってググってみたら、
第六作には「堤梅太郎」というフルネームがセリフの中に出てきて、脚本も「堤梅太郎」
だけど、他の寅さんシリーズの脚本では「桂梅太郎」になっているという話らしい。
http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/6saku.htm
>社長「あんたを男と見込んで堤梅太郎…」
>
>(後に監督の設定変更で桂梅太郎に
>なるが、桂はついに本編では使われなかった。)
>
>第6作の脚本でも『堤梅太郎』と、なっている。
>『共栄印刷』やとらやのニ階ともども初期作品の、不具合である。
>
>★映画(本編)の中だけを見る限りでは
> 社長のフルネームが出てくるのはこの第6作の堤梅太郎のみ。
> 後の作品では「梅太郎」としてしか出てこない。
>
> それとはべつにその後、脚本や関連書物などで
> 桂姓を松竹やスタッフたちが広めていったので今や
> 世間一般の認知としては桂梅太郎になってしまっている。
>
> という事になっている(^^;)。
理由は、「初期作品の、不具合である」と。まあ、ややこしい事情とかあっての変遷では
なさそうだし、単純ミスでの取り違えだったんだろう。
ちなみに、松竹公式サイトでは、第六作でも「桂梅太郎」だったことにしている。
http://www.tora-san.jp/toranomaki/movie06/people.html
>第6作 男はつらいよ 純情篇
>朝日印刷社長・桂梅太郎の妻/水木涼子
「桂梅太郎」が使われていないなら「堤梅太郎」で通してもよかっただろうに――とも思った
けど、太宰久雄のプロフィールに記入する役名の都合とかあったのかも。推測でしかない
し、役名が「梅太郎」とだけなっているものもあったりするけれど。
http://www.jtnews.jp/cgi-bin/person.cgi?PERSON_NO=4814&TYPE=0&REL_KBN=1
>男はつらいよ・浪花の恋の寅次郎 (1981年) 梅太郎
もっと謎なのは、タコ社長の印刷会社が、シリーズ途中で共栄印刷から朝日印刷に変更
になった理由。
http://mcberry-web.hp.infoseek.co.jp/103/103.htm#SEC7
>あさひいんさつ【朝日印刷】第1作では社屋の壁に“共栄印刷”と下手な字で書かれて
>いる。もともと別の会社をタコ社長が買い取ったものか.
http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/5saku.htm
>★このシーンからタコ社長の工場は「朝日印刷」に変わりました。(^^;)第1作から
>第4作までは「共栄印刷」
共栄印刷という会社が実在したせいかなとも思ったけど、朝日印刷だって実在している
し。これも単に「初期作品の、不具合である」と考えるべきか。
共栄印刷:
- http://www.kyoei-p.co.jp/
- http://www.kyoei-printing.co.jp/
- http://www.kyoeiprinting.jp/
- http://www.kyoeiprinting.com/
朝日印刷:
- http://www.asahi-pp.co.jp/
- http://www.asahi-p.co.jp/ (これは朝日印刷工業)
- http://www.ap-inc.co.jp/
- http://www.asa21.co.jp/
- http://www.asahiprint.jp/home.html
それとも、他の地域にある会社はともかく、東京都葛飾区柴又に共栄印刷が実在して
いるかどうかが問題だったのかも。
http://www.hotfrog.jp/Companies/共栄印刷_88432
>共栄印刷
>東京都 東京都葛飾区柴又7丁目18?8?102 Japanp: 03-5612-9225
>ウェブサイト- 提供されていません
http://blog.goo.ne.jp/kantop/e/d42e44929defe238d16bd408bb8644ec
>私が思う日本で一番有名な印刷会社を教えましょう、ちょっと古いですが、松竹映画の
>「フーテンの寅さん」シリーズに登場する太宰久雄さんが社長役を演じる「あさひ印刷」
>がそれです。(公開当初は共栄印刷だったんですが・・・)渥美清さん演じる主人公 車
>寅次郎 が葛飾柴又の実家に帰ってくると裏庭から必ず茶の間に顔を出すあの「タコ
>社長」の会社です、シリーズ第1作から登場し、後に工場長になる寅さんの義理の弟
>前田吟さん演じる諏訪博が勤める印刷会社は当時、日本一有名な印刷会社だったで
>しょう。
>第1作公開の昭和44年から劇中にチラッと登場する「あさひ印刷」の工場のシーンは
>その後の印刷技術の進捗を反映して公開毎に新しい機械が導入されていきます、
>その中のひとつ、昭和60(1985)年8月3日公開のシリーズ第35作「寅次郎恋愛塾」で
>は、マドンナ役の樋口可南子さんが「写植オペレーター」として入社します、(写植につ
>いてはまた今度紹介しますね)当時、印刷関連の業界団体だったか機材メーカーだっ
>たか忘れましたが、松竹と山田洋次監督に「印刷業界発展のために是非に」と当時と
>しては最新鋭の写植機を登場させ、またまた「あさひ印刷」は有名に?!なったのでし
>た。
だんご屋の名称もシリーズ途中で変更。こちらは何となく事情が想像できるような。
http://www.asahi-net.or.jp/%7EVD3T-SMZ/eiga/dokuson6.html
>帝釈天参道にはだんご屋をはじめ、民芸品のみやげ屋さん、うなぎ屋さん、煎餅屋
>さんなどのお店が並んでいる。 だんご屋には「高木屋」さんやその他何軒かのお店が
>ある。 「高木屋」さんは映画の柴又ロケで積極的に協力をし、お店のニ階を俳優さん
>達の着替えやスタッフの休憩所として 貸してくれたり、奥さんが手料理を振る舞ってく
>れるなどスタッフにとって柴又ロケにはなくてはならない撮影本部 だったそうである。
〈略〉
>このだんご屋の店の名前についてであるが、映画の設定では第1作から39作まで
>「とらや」となっている。 しかし40作目から突然「くるまや(くるま菓子舗)」に変更され
>ている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/男はつらいよ
>・映画の舞台に使用した柴又にあった団子屋が「とらや」と名称を変更してしまった
> 「とらや」の屋号は、第40作から「くるまや」に変わる。
その他参考 URL:
- http://www.shibamata.jp/
- http://www.tcvb.or.jp/jp/couse/cousePDF/Storasan.pdf
- http://web.mac.com/hayashik/Katsusikakankou/matinami.html
2009.02.13 (Fri)
旧ブログの『トンデモ一行知識の逆襲』派生トリビア編
『トンデモ一行知識の逆襲』派生トリビア編 (14)
163. 若い層の野口五郎の知名度は?
165. 台湾の玉山の標高は測定時によって違う?
188. どこからなりともイースターの卵
198. 「素敵ニ高ク見エル、アルプススタンドダ」
356. 一万円の顔が聖徳太子だった時代もあったんだなあ
400. 華麗にスルーしないでほしいカレイ
403. 同じ作詞家の人がスターリンの名を削りソ連の名を削り
425. タルカスと違って、アルマジロは火をふきません
480. 「封水」が辞書で引けなかったのは意外
617. あちこちに穴が三つの河童かな
784. はかない命?――いいえ七つの墓をもつ男
796. 期待はずれについての話を読むのが期待以上に面白かったり
823. 『トンデモ一行知識の逆襲』で眠田直のイラストは 9 ページ
827. しまいには生まれ変わって病院で再会? <ジャクリーン姉妹