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2012.01.08 (Sun)

傷だらけのヒーロー? だが、それがいい

『破壊された男』だったらアルフレッド・ベスター (← 市川森一とは関係ない)

の続き。

http://www.tobunken.com/news/news20120104054833.html

……とはいえ、子供番組を離れても、市川森一のヒーロー像破壊癖は
やまなかった。大谷竹次郎賞を受賞した大河ドラマ『黄金の日々』では、
同じ大河ドラマで13年前に国民的人気を博した『太閤記』のヒーロー
豊臣秀吉を、同じ緒形拳に演じさせ、晩年の、老耄した元・英雄の
人間的愚かさを徹底して描くという、いささか悪趣味なことをやって
いるし、ある種カルトとなっているドラマ『傷だらけの天使』は、
これ全編、タテマエとしてのヒーローのかっこよさをひたすら破壊
していく、市川本人曰くの
「壮大な実験作」
であった。一応探偵ものの主人公でありながら、最終回、相棒(水谷
豊)の死体をドラム缶に入れてゴミ捨て場に捨てにいく主人公(萩原
健一)の姿は、強烈な衝撃となって当時の視聴者の世代の記憶に
残っているはずである。

http://megalodon.jp/2012-0105-0236-55/www.tobunken.com/news/news20120104054833.html

×『黄金の日々』 ○『黄金の日日』
×壮大な実験作 ○壮大な実験劇
×ゴミ捨て場 ○ゴミ集積場 (夢の島)

「大谷竹次郎賞を受賞した大河ドラマ」というのも、それは違うということで (後述)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/太閤記_(NHK大河ドラマ)
>『太閤記』(たいこうき)は、1965年1月3日から12月26日にNHKで放送された3作目の
>大河ドラマ。原作は吉川英治の小説『新書太閤記』。主演には緒形拳が抜擢され、人
>気を博した。
〈略〉
>また、高橋幸治演じる織田信長にも人気が集まり、「信長を殺さないで」という投書が
>NHKに殺到し、本能寺の変の放送回が延期されたという逸話がある。
〈略〉
>(この「緒形秀吉」と「高橋信長」のコンビは13年後の大河ドラマ『黄金の日日』で復活
>した)。


http://ja.wikipedia.org/wiki/黄金の日日
>『黄金の日日』(おうごんのひび)は、1978年1月8日から12月24日に放送されたNHK
>大河ドラマ第16作。クレジット上での原作は城山三郎の同名の小説(1978年刊)、脚本
>は市川森一の書き下ろし(詳細は別途記述)。6代目 市川染五郎(現・松本幸四郎)
>主演。


何も考えないで「黄金の日々」でググったら、Wikipedia その他、「黄金の日日」というのが
ズラズラと……。念のために、YouTube にあるオープニングを見てみても、見覚えのある
黄金色の画面に「黄金の日日」の文字がデカデカと表示される。

http://www.youtube.com/watch?gl=JP&v=GN-ttLjTf9Y
>黄金の日日

で、当然ながら緒形拳の名前も確認できるのだけど、上の動画では「木下藤吉郎」役と
表示されているので、あれっ、あそうかと思った。唐沢俊一の書いた「晩年の、老耄した
元・英雄の」に、ついつい引きずられてしまったのだけど、「高橋幸治演じる織田信長」
――彼の存在は唐沢俊一には無視されているが――がいるのだから、秀吉が木下藤吉郎
だった頃からのドラマであるのが当然なのであって。

http://ja.wikipedia.org/wiki/黄金の日日
>なお本作では、1965年放送の大河ドラマ『太閤記』で特に人気が高かった豊臣秀吉役
>の緒形拳と織田信長役の高橋幸治を再び同じ役で配して、過去の作品との関連性を
>前面に打ち出している点も注目された。
〈略〉
>また日本史上の人物の中でも人気が高い豊臣秀吉を関白就任後は徹底した悪役に
>描いたり、逆に憎まれどころの石田三成を善意の人物に描くなど、それまでにはなかっ
>た意外性を活かした構成となった。これが功を奏して、平均視聴率も軒並み当時の上
>位につけ、歴代でも『赤穂浪士』の31.9%、『太閤記』31.2%に次ぐ25.9%を記録、最高視
>聴率も34.4%という高い数字を記録した。
〈略〉
>木下藤吉郎→羽柴秀吉→豊臣秀吉
> 演:緒形拳[2]
> 信長の配下時代から助左をかわいがり、助左が今井家から独立すると何かとバック
> アップするなど友好的だったが、天下をほぼ手中に収め権力を手に入れると支配者と
> して助左の前に立ちはだかる。堺の自治を認めず、目をかけるも要求を撥ね付け我
> が道を行く助左や、徳川に肩入れする宗薫ら堺商人たちと対立、徹底的な弾圧を加
> える。ドラマ前半部での人間的魅力に富んだ木下藤吉郎から権力欲の塊の天下人
> 秀吉へと変貌していく姿は今作の見所のひとつでもある。
〈略〉
>第27話  7月9日  信長死す  宮沢俊樹
〈略〉
>第30話 7月30日 大坂築城 宮沢俊樹
〈略〉
>第40話  10月8日  利休切腹  宮沢俊樹
〈略〉
>第47話  11月26日  助左衛門追放  宮沢俊樹


唐沢俊一のいう「豊臣秀吉を、同じ緒形拳に演じさせ」というのも、主語は市川森一なの
かなあ、と疑問に思うが、おいといて。

Wikipedia でいう「豊臣秀吉を関白就任後は徹底した悪役に描いたり」は、7 月末から
8 月あたりからはじまったということで、よいのかな。しかし、権力に固執し主人公に対立
する悪役になってから、唐沢俊一のいう「晩年の、老耄した元・英雄の人間的愚かさを
徹底して描く」までには、さらに回を重ねる必要があったはずで。利休切腹のあたりでは、
悪役にはなっていたかもしれないが、「晩年の、老耄した元・英雄」といえる歳にはまだ
なっていないと思うんだけど、唐沢俊一定義ではどうなっているか。

で、これはありえないだろうというのが、「大谷竹次郎賞を受賞した大河ドラマ『黄金の
日々』」。大谷竹次郎賞は、歌舞伎脚本を対象にするとのことなのだから。

http://www.shochiku.co.jp/shochiku-otani-toshokan/summary/about.html
>大谷竹次郎賞は、新作歌舞伎の脚本賞を設ける事を願っていた大谷竹次郎の遺志を
>継いで、昭和47(1972)年2月14日に設定されました。平成21年度で38回目を数え、延
>べ20名(複数回受賞者は1名と数える)の受賞者を出しています。この賞の特色は、作
>品の芸術的純正度のみに偏らない、特に娯楽性に富んだ歌舞伎脚本を対象としている
>ところにあり、当時の選考委員の一人であった作家の舟橋聖一氏は「舞台にではなく
>脚本に与えられるところが異色だ」と述べています。
>選考対象となる脚本は、毎年1月より12月までの公演で、松竹系に限らず、歌舞伎俳
>優によって上演された新作の歌舞伎及び舞踊の脚本です。


しかし、http://www.shochiku.co.jp/shochiku-otani-toshokan/img/summary_img06.jpg
の「大谷竹次郎賞 歴代授賞作品の台本」には「黄金の日日」と表紙に書かれた脚本も
ある。これは 1978 年の大河ドラマ『黄金の日日』の前年、1977 年の舞台『黄金の日日』
というのが存在していて、1979 年の受賞は舞台の戯曲が対象ということのようだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/市川森一
>1979年、舞台『黄金の日日』の戯曲により大谷竹次郎賞受賞。
〈略〉
>舞台
>・『黄金の日日』(1977年)



さて、唐沢俊一のいう「市川森一のヒーロー像破壊癖」とやらは、『黄金の日日』の豊臣
秀吉についてもどうかと思うが、『傷だらけの天使』となると意味不明になってきて……。
「タテマエとしてのヒーローのかっこよさ」というのがこれといって確立されていない新規の
ドラマが対象で、「ひたすら破壊」といわれてもピンとこないというか、そもそも主人公が
「ヒーロー」じゃなければいけないドラマだったのかという疑問が。当時、探偵物とかいう
んで、ジャンル的なお約束が成立していたというなら別かもしれないけど。

ざっと探してみたかぎりでは、『傷だらけの天使』は、「タテマエとしてのヒーローのかっこ
よさをひたすら破壊していく、市川本人曰くの『壮大な実験作』」とは、いわれてはいない。

だいたい、市川森一は、「壮大な実験作」ではなく「壮大な実験劇」と語っていたとのこと
だし、よく引用される言葉としては「13人の脚本家と監督による壮大な実験劇」。本当に
市川森一に「ヒーロー像破壊癖」があったとして、それが他の脚本家に縛りをあたえる
ものとは思いにくい。

http://ure.pia.co.jp/articles/-/1742
>一方、外国へ高飛びしようとしていた綾部は、修だけは連れていこうと偽造パスポート
>を用意する。それを受け取った修は亨を置いて一度は出ていくが、具合が悪そうだった
>亨が心配になり、戻ってくる。だが、その時、亨はすでに死んでいた。修は亨をドラム缶
>に詰め、リアカーに乗せてゴミ集積場に捨ていく。
>この最終回、じつは冒頭に日本を大地震と津波が襲うシーンが入っている。綾部が日
>本を捨てて出ていく象徴のように挿入されているが、今見るとその絶望がさらに身につ
>まされる。とにかく、弟のようにいつも一緒にいた亨を、ゴミ集積場に捨ていくことしかで
>きないこの最終回のラストシーンは、何度見ても衝撃的だ。
>のちに市川森一がこの『傷だらけの天使』のことを「壮大な実験劇」と語っているように、
>もうこんなドラマは作れないと思う。でも、過激で、優しくて、ファンタジーにあふれた大
>人向けのドラマを書ける人を失ったことが、今は何よりも残念で仕方がない。


http://kininarutantei.zzl.org/kizuten/
>社会の底辺に生きる2人の若者の怒りと挫折を描いた探偵ドラマ。
>裏社会の抗争から捨て子の親探しまでストーリーはバラエティに富んでおり、後に脚本
>を担当した市川森一は「13人の脚本家と監督による壮大な実験劇」と表している。


http://ja.wikipedia.org/wiki/傷だらけの天使
>『白い牙』に続く土曜夜10時の日テレアウトロー路線'[1]第二弾で、2人の若者の怒りと
>挫折を描いた探偵ドラマ。暴力団の抗争から捨て子の親探しまでストーリーはバラエ
>ティに富んでおり、後に脚本を担当した市川森一は「13人の脚本家と監督による壮大
>な実験劇」と表している。


http://kiyosegingateikoku.blog.so-net.ne.jp/2008-07-05
>70年代に放送された日本のドラマとにかくキャストが最高で勢いのあるドラマで、全話
>1話完結モノで、最低限のシリーズとしてのストーリー設定以外は毎回行き当たりばっ
>たりの適当な筋書きという印象が強く、実験的な色合いが濃い作品だと思う。
〈略〉
>原作者の市川森一さんは、当初このドラマの脚本を同性愛者の物語として書いたが制
>作サイドの反対に遭い、路線を変更している。

>有名なオープニングは井上堯之バンドのテーマ曲で始まる。
>ショーケンが皮ジャン、大きなヘッドフォンに水中眼鏡付けトマト、コンビーフ、ソーセー
>ジをガンガン食べ、瓶の牛乳の蓋を口で開けて飲む。

>このシーンはセックスを表現していて最後に射精で牛乳を吹き出すシーンだったらしい
>が、下品であるということと、食べ物を粗末にするなというスポンサーからのクレームで
>吐き出す寸前で画像をストップしている。
〈略〉
>修は行方不明の亨を捜し、オカマバーで働く亨を見つけ叱りつけるが、知り合いのバー
>のママから亨が貯めた金で修と修の一人息子の健太と一緒に、東京から離れた田舎
>で一緒に暮らす夢を聞かされる。
>亨は金持ちの土地成金の息子から金を巻き上げるための賭けゲームで負け、雪の降
>る中噴水に入り風邪をひく。
〈略〉
>広大な夢の島の中を、亨を入れたドラム缶を積んだリアカーを牽いて進む修。
>ドラム缶を降ろした修はリヤカーを牽き立ち去るシーンでドラマは終わる。
>その後、オマケとして短い撮影シーンがあり、死んだ亨も参加しての格闘シーン~撮影
>終了でロケバスに乗り遅れたショーケンがバスの後を追うところで番組は終了する。
〈略〉
>後に市川森一さんはこのドラマを「13人の脚本家と監督による壮大な実験劇」と表して
>いる。
>つまり、「傷だらけの天使」は、テレビ局に壮大な実験劇を行える度量があった良き時
>代の遺産だと思うのだ。


すぐ上に引用の文章にある同性愛的要素について、今回唐沢俊一は言及していない。
まあ、いくら唐沢俊一といっても (?)、同性愛ネタには必ず食いつかないとおかしいとまで
は思わないが、石堂淑郎に関してもあえて避けているのかというフシがあり、市川森一と
石堂淑郎については、その手のネタをあえて封印する方針なのかなあと思ってはいる
(石堂淑郎の話は別エントリーでやる予定)。

それはさておき、「ドラム缶に入れてゴミ捨て場に捨てにいく」と、昔は「ごみ処分場」で
あった夢の島のことを、「ゴミ捨て場」と書いているのには抵抗がある。近所の粗大ゴミ
捨て場に置いてきたという話とは違うのだから。

http://ja.wikipedia.org/wiki/夢の島
>1950年代、東京都内でごみが急増し始め、それに対応するため東京都は当地をごみ
>処分場として決定し、1957年(昭和32年)12月には埋め立てが開始された。それ以
>降、1967年(昭和42年)までこの地への埋め立ては続いた。



ついでに。市川森一とは直接関係なくてごめんなさいだけど、『傷だらけの天使』といえば
「井上堯之バンドによる軽快なタッチのオープニングテーマ曲」だよねえ、ということで。

http://ja.wikipedia.org/wiki/傷だらけの天使
>井上堯之バンドによる軽快なタッチのオープニングテーマ曲も有名で、いまだにテレビ
>CMなどで流用される。ただしCMなどでの演奏は大野克夫バンドによる。
〈略〉
>最終回のラストシーンでの使用が印象深い挿入歌は「一人」。歌うはゴールデン・カッ
>プスの元リーダー、デイヴ平尾。作詞・岸部一徳、作曲・井上堯之。のちに萩原健一の
>主演ドラマ「祭ばやしが聞こえる」でも挿入歌として使用、歌は柳ジョージが担当した。


http://www.youtube.com/watch?v=FSkWtme7af0
>【傷だらけの天使】 井上堯之バンド

http://www.youtube.com/watch?v=yvvMbJiqBSc
>一人 ディーブ・平尾(デイブ平尾)

http://www.youtube.com/watch?v=2xQy8E5kPuw
>柳ジョージ&レイニーウッド 一人~I Stand Alone~

http://www.youtube.com/watch?v=ng43bUxEAbM
>傷だらけの天使 オリジナルサウンドトラック主題曲集 井上堯之バンド47

柳ジョージの「一人」もよいけど、デイブ平尾の方もよいですね、と。


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Comment

>通りすがりさん
http://www.youtube.com/watch?v=a2X5wYlFpiI などを見ながら、当時の記憶を
掘り起こそうと試みましたが、秀吉ってあんな歌舞伎っぽいセリフ回ししていたっけ
とか、自分の記憶のあてにならなさだけがはっきりしてくる感じでした。^^;

ただ、私はそれまで『国取り物語』の火野正平はじめ、子ども向け漫画や読み物の
挿絵などを含め「猿っ!」と呼ばれるのが似合う秀吉ばかり見ていて、『黄金の日日』
の秀吉が、二の線の秀吉を見た最初だったと思います。そういう意味では、偶像
破壊と言われても、やはりピンとこないです。

>映画評論家もアニメ評論家も演芸評論家もドラマ評論家もぜんぶ兼ねたような
>高所から追悼記事

唐沢俊一が意識しているであろう『人間臨終図巻』 (by 山田風太郎) みたいなのを
目指すとするならば、幅広い知見や、ある程度“高所”からの視点も要求されてきそう
とは思っています。しかし、山田風太郎でさえ、俺は全方位評論家 (←勝手に命名)
だなんて顔をしようとはしていないと思いますし、唐沢俊一のように必死で自分語りや自分自慢を挿入しようとはしていません。結論としては、唐沢俊一は欲張り過ぎ、
とか?
トンデモない一行知識 |  2012年01月09日(月) 18:50 |  URL |  【コメント編集】

「黄金の日日」はリアルで観ていますが、青春ドラマの印象が強く、無名時代に育まれた友情が栄進につれて無残に変質していく「仁義なき戦い」風な味があったと思います。老いた秀吉がボタボタ鼻を垂らしっぱなしという描写がト書きで指定されていたのか演出なのかは判りませんが。
大河ドラマなどは再見しようと思うと丸1週間潰れます。「少女ものは殆ど観ていないが」という前提で荒木伸吾氏を追悼し、「音楽には門外漢だが」ケン・ラッセルに触れ、ということは一向に構わない。テそうした一面的な雑感というのもブログの良さだと思いますが、映画評論家もアニメ評論家も演芸評論家もドラマ評論家もぜんぶ兼ねたような高所から追悼記事を発し続けるのは、誰だって物理的に無理なのではないでしょうか。
通りすがり |  2012年01月09日(月) 00:38 |  URL |  【コメント編集】

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